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真衣香の頬に触れていた坪井の手は、いつの間にか離れ。かわりに彼の膝の上できつく拳が作られていた。小刻みに震えるその手にそっと触れることしかできない。冷たい手の甲の感触に、熱く込み上げてくるものがあった。
「だから勝手に、そうゆうの全部ひっくるめて”女”に向けてたよね。恨む対象みたいなの? ほんと勝手だよ、手のひらで転がしてコントロールしてるのが最高に気持ちよかった」
坪井に触れていた真衣香の手にポタポタと涙がこぼれ落ちてきた。誰の涙だろう? なんて悩む素振りをしてみても、目の前の坪井は固く瞳を閉じているだけで涙など流していない。
ならば、と。真衣香は自分が泣いていることに気がついた。
「でも、俺は結構初めからお前のことが好きでさ、自分の思うようにできないって気づいてたんだろうな、どっかで。すっげぇ怖かったよ、お前のことが、怖くてたまらなかった」
言いながら目を開けた坪井は、すぐにそっと流れる真衣香の涙に触れ、拭う。今の今まで見ていなかったのに、まるで既に真衣香が流す涙の存在を知っていたかのように優しく触れて。
「俺は好きになった女との、その先を知らないし」
「その先……?」
坪井は真衣香に顔を近づけ、こつん、と額を合わせた。流れ落ちる涙にキスをしながらも、その優しさとはまるで重なり合わない……痛みを堪えるような声で話し続ける。
「お前を……好きな女を、大切にしたいって考えてさ。思い浮かぶのって残像みたいなリスカ痕だし」
「つ、坪井くん……」
「そこから逃げ出した俺が、都合よくお前を大切にできるわけもないし……」
涙を流す真衣香の頬にキスを繰り返して、優しく、触れることすらも躊躇うように扱うのに。大切にできるわけがないと、吐き捨てるように言う。
その矛盾に、気が付いてはいないのだろうか?
「考え出したら止まらなくなるからさ、俺、お前のこと遠ざけたかったんだ」
「……と、おざけたい?」
カタコトのように聞き返したなら「うん」と項垂れるように坪井は答えて、キスを繰り返していた唇が離れていく。
「でも……自分からお前のこと切れそうになくて。遠回しに小野原さんとか咲山さんとか使ってどうにかしようとしてた。でも、お前は逃げ出したりしなくてさ」
頭の中に二人の顔が浮かんで、それぞれとのやり取りを思い返す。
今ならば気付くことが、あったから。
少なくとも咲山は坪井の中に潜む本音に気づいていた部分があったのではないだろうか?
”好きって言われたことある?”
それは、言わない坪井を知った上で、それでも一緒にいた彼女だから発することのできた言葉だ。対して”信じる”と口先ばかりだった自分がどうしようもなく恥ずかしくなった。
「それで、あの夜な。二択だったわけ、お前を好きだって気持ちに従うのか、悲壮な声出してる過去の自分に従うのか……で、後者だった。ごめん」
坪井が深く真衣香に対し頭を下げた。そしてもう一度。
「ごめん。俺の勝手な事情で、傷つけて。ほんとにごめん」
「そんな……」
「俺、二度も間違えようとしてたんだ。ごめん、立花」
掠れた、重苦しい声で何度も”ごめん”を繰り返した。
真衣香は何度か口をパクパクと動かしては、閉じてしまう。何を言葉にすればいいのかを考えると、怖くなった。
どれも間違っていそうだから。
(でも、そんなの……話してくれた坪井くんの方が怖いに決まってる)
懸命に過去と向き合ってくれている坪井。それに対し、正解か不正解かを悩んで何も返せないなんて。真衣香は自らの心を奮い立たせた。
(知りたいって言ったんだから、私が、他の誰でもない坪井くんのことを知りたいって)
生まれてくる情動に従うように身体を動かす。
ソファに乗り上がり、自分よりも大きな身体を力の限りに抱きしめた。
すぐ近く。坪井が息を呑んだのがわかった。何を思っているのだろう、わからない。それでも抱きしめ続けた。そう、したかったから。
「た、立花……?」
坪井の困惑した声が聞こえる。その声に被せるようにして真衣香は大きな声を出していた。
「好きになったその先なんて私も知らないよ……!」
「え?」
「だって、そ、そんなの、私と坪井くんが今から二人で一緒に見つけていくものなんじゃないの!?」
突然の大きな声に、ぽかん、と呆気に取られたような声が返ってくる。
ドクン、ドクン、と心臓が大きく高鳴り緊張を全身に伝えていた。まるで身体全体が脈打っているように激しい動揺だ。
(違うかもしれない)
坪井が望む言葉など送れないかもしれない。
いつだったか。坪井が真衣香の不安や焦りを掬い取ってくれた時のようには、できないのかもしれない。
でも、いくら悩んだって真衣香は坪井でないのだから。
真衣香は真衣香でしかないのだから。
だったら、思うままに声にしてみるしかないんだ。
真衣香自身の言葉で。