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僕の我儘を聞いてくれたのは、昔からラズールだけ。僕が我儘を言えるのもラズールだけなんだ。
しかし僕は、トラビスの手に触れて小さく頷いた。
「うん…なるべくそうするよ」
「ありがとうございます。では少し出かけてきます。帰って来ましたら、すぐにこちらに寄ります」
「来るのは夜になってからでいいよ」
「かしこまりました」
トラビスがようやく僕の肩から手を離し、頭を下げて出ていく。しかも笑顔まで見せて。
子供の頃は、いつも憎々しげな目で僕を見ていたのに。城を追い出されて逃げた僕を、隣国まで追ってきて殺そうとしたくせに。
それなのに最近のトラビスは、僕に好意的だ。僕とリアムのことを協力してくれたりする。
トラビスにどういう心境の変化があったのか知らないけど、身近に彼みたいな人がいることは心強い。
ラズールは僕の味方だけど、リアムとのことは反対みたいだ。だからいつかリアムが迎えに来てくれた時に、トラビスに協力してもらおうと思ってる。
今から僕がしようと考えていることも、トラビスに協力してもらえば簡単になせるだろう。でも彼は、この国の軍隊長だから、王都にいてもらわないと困る。
そう…今から僕は、変装をしてラズールの部下の兵に紛れて、目的の村までついて行くのだ。
ラズールの深刻な顔を見て、何かが起こっていることはわかった。その何かが気になって仕方がない。勉強にだって身が入らない。
実際に自分の目で見て、解決策を考えたい。今の僕には何もできないかもしれないけど。
僕は急いで棚の中の、濃い青色の軍服を取り出した。僕用に仕立てられたものだ。黒いシャツとズボンを脱いで軍服に着替える。そして小部屋の鏡の前で長い髪を三つ編みにして結い上げると、茶色のカツラをかぶった。
「うん、似合ってるんじゃない?大きさもちょうどいいし。下っ端の少年兵に見える」
カツラを微調整しながら正面から見たり横を向いたりして頷く。
このカツラは母上の部屋にあったものだ。母上は、たまに銀髪を隠して視察に出かけたりしていたらしい。めったに会うこともなく会話もなかったから、そんなことをしてたなんて知らなかった。母上の形見の品として、僕はこのカツラと手鏡をもらったのだ。
小部屋から部屋に戻り軍服のベルトに剣を差すと、デネス大国でリアムが買ってくれた白いストールを手に取った。バイロン国に忘れてきたこれを、リアムが持ってきてくれたのだ。リアムが帰った後に、トラビスから受け取った。それを首に巻こうとしたが、白だと目立ってラズールに気付かれるもしれない。仕方なく白のストールを棚に戻し、代わりに隣に置いてある黒のストールを首に巻いた。それで口と鼻を隠して黒のマントをはおる。
扉に耳を寄せて様子をうかがい、誰もいないことを確認する。僕は素早く部屋を出ると、軍の待機場所へと急いだ。
軍の待機場所に着き辺りを見回す。ラズールに同行する騎士が十数人ほど集まっていた。
結構な人数で行くのだなと驚いていると、身体の大きな騎士達から少し離れた場所に、一人の小柄な騎士がいた。
僕は彼に近づき声をかける。
「やあ。君もラズール……様に同行するの?」
「…え?」
彼の馬なのだろう。美しい栗毛の馬を撫でていた手を止めて、こちらを見た。
遠くからでも幼く見えたが、近くで顔を見るともっと幼い。それに都合よく茶色の髪をしている。
僕は彼に顔を寄せて、彼だけに聞こえる声で話す。
「君、視察とか初めて行くんじゃない?視察って楽に思えるけど、途中に通る森の中で魔獣に出会うこともあるし危険だよ?大丈夫?」
「あ…、お、俺っ、本当は行く予定じゃなかったんです。ラズール様に同行する人はいつも決まってて…。その内の一人が訓練中に怪我をしてしまって、代わりに俺が行くことになったんです。でも俺…軍隊に入ったばかりで…。それに今、母さんが病で寝込んでるから王都を離れたくない…。あ、こんな情けないことを言ってしまってすいませんっ」
興奮したのか声が大きい。
僕は彼の口を慌てて塞いで、怖がらせないように目を細めて頷いた。
驚いて見開いた彼の目が青色だけど、大丈夫だろう。
「静かに。他の人に聞こえちゃう。大丈夫、情けなくないよ。家族を心配するのは当たり前だ。君はここに残っていいよ。代わりに僕が行くから」
「えっ、でも…」
「実はラズール…様と一緒に視察に行きたいんだ。だからお願い。代わってください」
僕は小さく頭を下げた。
彼が慌てて僕の肩を掴み「いいの?」と覗き込んでくる。いいも何も、こちらは嘘をついて代わろうとしているのだ。素直な彼の反応に、少し心が痛む。
「代わってくれるの?ありがとう。ところで君、何歳なの?」
「俺は十六です。あなたは?」
「へぇ、同じ歳だね。嬉しいな。これからもよろしくね」
「あ、そうなのですね。どちらの隊にいるのですか?」
「……トラビス隊」
「えっ?超エリートじゃないですか!」
「……」
そうだったんだ。まあそうか。トラビスといえば軍隊長だもんな。トラビスの名前しか思いつかなかったから咄嗟に言っちゃったけど、まあいいか。
なんだか目をキラキラとさせてこちらを見つめる彼に、もう一つ頼んでみる。
「君は急にお腹が痛くなったと言っておくから。あとこの馬も貸してくれないかな?大事に乗ると約束する」
「わかりました。いいですよ。この馬は優しいので扱いやすいと思います」
「ありがとう。ところで君の名はなんというの?」
「ネロと言います。あなたは?」
「僕は…」
言いかけたその時、集合の合図がかかった。
僕は栗毛の馬の手綱を持つと、ネロの背中を押した。
「早く中に入って。また帰ってきたら教えるね」
「あ、はい。お気をつけて」
僕が小さく手を振るのを見て、ネロは建物の中へと消えた。