ヒノトが目を覚めると、そこには一帯のジャングルが広がっていた。
「な、なんだ…………? 夢……じゃないよな……。でも、部屋で寝たことは覚えてるんだけど…………」
そのすぐ横の茂みで、ガサッと音が響く。
「だ、誰だ!? 獣か!?」
ヒノトがいつの間にか手にした剣を構えると、茂みからはゆっくりと人の影が現れる。
「僕だよ、ヒノト・グレイマン…………」
「お前…………キル・ドラゴレオ…………! こ、ここはどこだ!? なんで、こんなところに……!?」
「はぁ……。僕だって分からない。今さっき目が覚めて、少し彷徨いていたら、君の姿が見えたんだ……」
「俺と同じ状況……ってことか……。あ、てか貴族院学寮でも二年の先輩か……。す、すみません、キル先輩……」
「いや、いいよ。兄さんとも、倭国遠征で仲良くなったんでしょ? 僕、そういう年齢がどうとか、正直苦手なタイプだから、タメ口でいい」
「そ、そうか…………」
「ヒノトくん、君、昨晩の記憶は?」
「部屋で寝たってのが、最後の記憶かな……」
「僕も同じだ。闘技場から帰宅して、いつも通りの生活をして、いつも通り寝た。だから……」
そう言うと、懐からガンナーの魔力銃を取り出す。
「武器を用意した記憶はないんだ。しかも、これは僕がオーダーメイドした武器だ。僕以外、触れない」
「そ、そうか……。だから、この剣…………」
「考えられる可能性は、『幻覚』又は、『転移』だ。しかし、このどちらにも、おかしな点がある」
「と、言うと……?」
「幻覚であれば、僕たちがこうして、鮮明に会話できていることがおかしい。仮に、君が僕の幻覚として現れたのなら、君は幻覚者の見せるヒノト・グレイマンであるはずだが、人間の意識を丸々コピーすることは不可能だ」
「なるほど……。幻覚であれば、会話させる相手のことを熟知しておく必要があるのか……。確かに、カナリア先輩の洗脳魔法も、姿をコピーするだけで、会話とかはできてなかったもんな……」
「そして次に、転移だとおかしい点は、僕たちの持っている武器だ。転移はあくまで僕たちの身体のみを移動させるわけで、特定の武器を転移させることはできない」
「た、確かに……! キルって頭いいな!」
そんなヒノトの言葉に、キルは露骨な溜息を零す。
「はぁ……。兄さんの方がまともに見えるだなんて、君は根っからの猪突猛進タイプなんだな……」
ヒノトがぷくっと頬を膨らませ、むくれて言い返そうとした瞬間、二人はズキリと頭が痛くなる。
そして、とある声が二人に流れ込んだ。
『やあやあ、キルロンド生の諸君。やっと最後の一人が目覚めたから、ゲームの説明を始めよう』
「この声は…………!」
ヒノトもキルも、事の緊急性に目を見開いた。
「魔族軍四天王 セノ=リューク…………!!」
そして、倭国で告げられた言葉を思い出した。
「ここは…………もしかしてエルフ王国か…………?」
「いやでも……エルフの国は地下都市だぞ……? こんな緑に溢れた場所ではなかった……!」
「だから、エルフ “王国” の方なんだ! ”帝国” じゃなくて!!」
その時、別の声がまた脳裏に響く。
『これに向けて話せばいいのか?』
(誰だ…………?)
『やあ、キルロンドの諸君。私はエルフ族長、ロード=セニョーラ。先に言っておくが、私は君たちの力を信用していない。何をとち狂ったか、魔王の実娘を国に入れ、魔族と契約した子供や、帝国から魔族の力を授かってしまった者さえ居る。まっこと穢らわしい所業である。だが、これからの戦いで戦力になる者もいるかも知れない。だからこの度、癪なことではあるが、魔族の小僧の口車に乗ってやることにした』
「エルフ族長だって…………? セノの口車に乗った……と言うことか…………?」
エルフ族長、ロードの話は続く。
『君たちは今、エルフ族が創造した特殊空間に散り散りになっている。その空間内には、森林地帯、砂漠地帯、火山地帯、水没地帯の四つのエリアで分けられている。その中には、君たちキルロンド生の他に、君たちと同じ年くらいのエルフ族も数名混ざっている。君たちに課すのは、先程のセノ=リュークの配下を三名倒すことだ。三名倒せた者のみ、その空間から脱出させてやろう』
「つ、つまりどう言うことだ……?」
「要するに、僕たちは同年齢のエルフ族と協力し、セノの配下である魔族を三名倒せ、と言うことだろう……。うまく利用されたな。エルフ族長がセノの口車に乗った大きな理由はここだろう。『自分の国の若き兵も強化することができ、我々の力を利用して憎き魔族も葬れる』ということだ。セノは、自分の配下を好きにしていい代わりに、このサバイバル戦のような計画に乗らせたんだ……」
「自分の配下を見捨ててまで…………?」
「そこは分からない……。セノの思惑が見えない。これではまるで、本当にこちらへの完全支援と同義だ。もしかしたら、僕たちの力を利用する間もなく、目障りな僕たちとエルフ族の若き兵を一度に殺す算段も拭い切れない……」
その言葉に、再びヒノトは汗を滲ませる。
「ただの試験……と捉えるには、重みが違うな……」
『この空間内では、飢えというものは存在しない。そのため、餓死の心配はない。だが、時間は刻一刻と経過する。制限時間があることも忘れるな。制限時間内に魔族を三名倒せなかった者は、全ての記憶を消してキルロンドへ帰すが、戦士になるのは諦めることだ』
最後にそう告げると、頭の痺れが消え去った。
ヒノトとキルは、同時に目を見合わせる。
ヒノトはキルを見てニヤニヤ笑みを浮かべ、キルは不安な顔で汗を滲ませた。
「はぁ……。協力するしかない……だろうな……。こんなことなら、せめて兄さんと共になりたかったが……」
「お前っ……! いちいち勘に触ること言うよな! 俺はこれでも、キラにだって認められてんだぜ!?」
「それは、お前が運良く、 “灰人” の力を得ていて、兄さんと似たような性格だからだろ。お前が一つの属性でその辺の剣士なら、兄さんの足下にも及ばない」
「灰人の力が……運良くだと……? 魔法が使えないことがどれだけ苦しかったか、知らないくせに!!」
協力しなければ生き残れないことは二人とも理解していたが、それでも、互いの発言が互いの琴線に触れ、二人は一触即発の空気感を醸し出していた。
「はぁ〜あ、こんなところでも喧嘩をしているだなんて、キルロンド学寮も貴族院学寮も、その程度なのかしら」
二人の空気を制したのは、青髪ショートで気の強いフレア三姉妹の次女、ルル・フレアだった。
「お前……魔法学寮の前衛メイジ……」
「お前じゃない。私は “ルル” よ!」
「お、おぉ……。ルル、だな……」
「それで、さっきのエルフ族長からの話だけど、アンタたちは何か策でも考えたのかしら?」
ルルの問いに、キルは無表情で受け応えた。
「さっきのエルフ族長の話では、ここは森林地帯で、魔族がどこかにいる……と言うことなら、君と早い段階でこうして出会えたことは高貴と言える。君は水属性、僕も水属性だ。であれば、 “水共鳴” が使える。三人で魔族に対抗できる戦い方を考えるには十分な力だ」
その話の中で、二人の視線はヒノトへ移る。
「お、俺か……?」
「問題は君だ。灰人の力は、兄さんから聞いた。でも、実際に見たわけではない。今いるのは、僕、水のガンナーと、ルルさん、水のメイジだ。兄さんの話では、風と炎、岩の属性を扱っていたと聞いた。風ならば拡散、炎ならば蒸発、岩ならば結晶反応が狙える。そこで……」
そして、睨み付けるように目を細めた。
「君には、何が出来るんだ?」
その眼光が、ズキリとヒノトの心を突き刺した。