「いらっしゃいませ!」
あの明るい声がまた店内に響いた。いつものカフェ、いつもの光景、いつものウェイトレス。しかし、違和感が漂っていた。
僕はいつもの席に座りながら、カウンターに目をやる。彼女、あの明るくて無邪気なウェイトレスが、何かを背負っているのを感じ取った。普段の笑顔は健在だが、その奥に隠された影が見えるような気がする。
「お客さん、いつものですか?」彼女が注文を取るために近づいてきた。
「…いつものを頼むよ。」僕はできるだけ自然な声で答えたが、視線は彼女の微かな変化を捉えようとしていた。
彼女が去り、カウンターに戻ると、店内は再び静寂に包まれた。しかし、その静けさの中に、不気味な「気配」が漂っている。僕は肩越しに周囲を確認したが、店内の他の客たちは、そんな気配には全く気づいていない様子だった。
──何かがおかしい。
カフェラテがテーブルに置かれた瞬間、彼女がふと僕の耳元で囁いた。
「……あなた、気づいてるわよね?」
その言葉に、一瞬で全身が硬直した。だが、僕は表情を崩さないように努めながら答える。
「何のことだい?」
彼女は微笑みながら、何事もなかったかのようにメモ帳を閉じた。その瞬間、僕の目にはっきりと見えた。彼女の後ろに浮かぶ”それ”の姿が。
──巨大な鬼のような影。漆黒の体に燃えるような赤い目、鋭い牙をむき出しにし、こちらをじっと見つめている。
「あれは…?」僕は思わず声を漏らした。
彼女はくるりと振り向き、いつもの明るい笑顔を浮かべながら答える。
「これ?私は『般若』よ。私の”鬼”。まあ、手のかかるペットみたいなものね。」
その言葉に、僕は内心の驚きを隠せなかった。彼女が能力者だと気づいてしまったからだ。しかも、その力は「使役魔獣」──他者を圧倒する力を持つ能力。
「どうしてそんなものを…?」僕は思わず問いかけた。
彼女は小さく肩をすくめ、まるで雑談のように軽い口調で答える。
「あなた、狩り手でしょ?お互い正体がバレたんだから、隠す必要もないわよね。」
その瞬間、空気が一気に張り詰めた。彼女の背後の鬼が微かに唸り声をあげ、店内の温度が下がるような感覚に襲われる。
「でも、ここは戦場じゃない。」彼女は微笑んだまま続けた。「今日はただのウェイトレスとして接客してるだけ。だから、あなたが先に手を出さない限り、私は何もしないわ。」
その言葉に、僕は手を強く握りしめた。狩り手として、能力者を見逃すわけにはいかない。しかし、ここで手を出せば、店内の客たちを巻き込む可能性が高い。
「どうする?」彼女が問いかける。その声は、普段の明るいトーンのままだが、その裏には冷徹な鋭さが感じられた。
「今日は見逃す。」僕はそう答えるしかなかった。
彼女は満足そうに頷き、「ごゆっくりどうぞ」と言い残して去っていった。その後ろ姿からは、もういつもの無邪気なウェイトレスの雰囲気は消えていた。
──あいつは危険だ。でも、戦うべき相手なのか?
カフェラテの温かさが、冷えた心を少しだけ癒してくれる気がした。僕は静かに目を閉じ、次の手を考える。
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