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午後。教室。
「今日、午後どこだっけ?」
「階段裏。三年の連中、今いない」
「鍵? 要らねぇよ。抑えときゃ静かになるし」
そう言って笑ったのは、午前に“保健室”で遥を押し込んだ男子だった。
彼の手には、またICレコーダーがある。録る気はない。ただの小道具。脅しと遊びのための。
「おーい、主役様。立てよ」
誰かが遥の机を蹴った。
反応がないと見るや、髪をつかまれて無理やり引きずり起こされる。
「サボり癖ついた? 休んでたじゃん、この前」
「“罰”足りなかったかな」
冗談交じりの笑い。
でも、手は遠慮がない。わき腹を殴られ、脚の内側を蹴られる。
遥は呻く声も飲み込んだ。
吐き気があった。
でも、それより、目の前にいる連中が、楽しそうであることの方が怖かった。
「……立つよ」
かすれた声で言うと、ひとりが手を叩いた。
「おお〜意識ある!」
「いいね、反応。やっぱ休ませると違うな〜」
「どーする? 手順変える? 飽きてきたし」
「じゃ、さっき録ったやつ流しながらやってみる? “二重再生”」
「えっぐ。やば、テンション上がるわ」
誰ひとり、“やりすぎ”だなんて思っていない。
遥の腕をひねって鞄に突っ込み、スマホを確認。
日下部からの通知は、すでに入っていた。
《終わったら来い。いつものとこ》
それを見た瞬間、遥の中で何かが崩れる音がした。
──終わったら、って何が?
──どこまでが、“前座”なんだ?
そのまま、二人が両腕をつかんで階段裏へ引きずっていく。
すれ違いざま、日下部が教室のドアに寄りかかり、何食わぬ顔で遥を見る。
「おつかれ」
一言だけ。冷たい冗談みたいに。
でも、その一言にさえ、誰よりも“情報の上位にいる”という残酷さが滲む。
遥は、誰にも頼らなかった。
頼れる相手など、はじめからいない。
でも──
心のどこかで、“日下部だけは見てる”と錯覚していた。
その錯覚が、ただの嗜虐の延長でしかなかったことに、今さら気づいて、身体が冷えた。
階段裏。足元に蹴りが入る。
うずくまる身体に水をぶっかけられ、制服が重くなる。
「こいつ、乾かないまま帰ったら風邪ひくんじゃね?」
「そしたらまた休んでくれるね、イベント続きで助かるわ〜」
「ほんっと、主役だよな。泣かねーし」
「泣かねーって言って泣くやつより、よっぽど面白いわ」
拳が顔をかすめる。視界が揺れる。
「……楽しい?」
遥が呟いた。
問いではなかった。
でも、ひとりがその言葉に反応した。
「ん? 聞こえなかった」
耳元に顔を寄せる。
「楽しいのかって。……オレがこうやってるの、見てて、やってて」
「当たり前じゃん。義務でやってるとでも?」
笑い声が爆ぜる。
「そうじゃなきゃ、こんな時間、使わねーよ」
「おまえ、俺らの“娯楽”なんだよ」
耳を裂くような笑いの中で、遥は静かに、地面に手をついた。
──逃げられない。
──どこにも、逃げられない。
誰かが、スマホを持ったまま「次行こっか」と言った。