「ん……?」
「あ、起きた?」
私の目が覚めた時、目の前に奇縁ちゃんがいた。それだけで驚いたが、私が話そうとした時、口にガムテープが貼られていて話すことができなかった。なによりそれに驚いたし、怖かった。
「睡眠薬っていうの?もっと強い薬だったけどね。お姉さんに薬のことがバレないようにマシュマロ入れたんだから。お姉さん疲れてたみたいだし凄い効いたね。
そんなことより…お姉さん、駄目だよ」
私が驚いている時に奇縁ちゃんはそう言ってきた。少しの怒りを混ぜて、静かな顔で。
「美輝ちゃんのこと、襲ったら」
私は息が詰まった。
誰にも言っていないのに、どうして奇縁ちゃんに知られたんだろう。
そんなことを淡々と考えている中、奇縁ちゃんが持っているものを見て、驚きがのこっていた私の感情にはもう、恐怖しかなくなった。
包丁を、持っている。奇縁ちゃんが右手で包丁を持っている。私に刺すためのものなのかはわからないけれど、刃物を持っているだけで恐怖を感じる。自分が殺されるかもしれないという不安を抱えるものなんだから。
「お姉さんは自分の勝手な都合で美輝ちゃんを襲おうとした。それは許されないことなんだよ」
奇縁ちゃんは顔色ひとつ変えずに言った。
私の勝手な都合で美輝ちゃんを襲う?そんなはずはない。だって私は美輝ちゃんのことが好きだから。勝手な都合というより、私の恋、私の愛が運命として、美輝ちゃんと赤い糸が結ばれたんだから。
なのに、奇縁ちゃんは何を言っているんだろう。私が美輝ちゃんのことを、好きでもなんでもないとでも言うんだろうか。
「…わかってないの?」
奇縁ちゃんは顔と声色を少しの怒りのこもったものに変えた。
「お姉さんにヒントを与えても何も分からないなら、もう私が答えを言ってあげる」
奇縁ちゃんはそう言い終わると口を閉じた。かと思いきや、もう一度口をゆっくりと開けてこう言った。
「お姉さんは承認欲求満たしのためだけに美輝ちゃんを襲おうとしたんだよ」
意味がわからない。
頭が真っ白になる。
外の音も、何もかも聞こえない。
ぼんやりと視界が端からゆっくりと段々白くなっていく気がする。
視野が狭まっているんだ。
ダメージを受けているそんな私を他所に奇縁ちゃんは続ける。
「お姉さんは美輝ちゃんが襲われてるのを漫画の材料にしようとした。簡単に言えば自分の承認欲求を満たすために美輝ちゃんを利用したみたいなものだよ」
最後まで全部言われた。全部全部。
私は絶句した。承認欲求満たしのためだけに私は美輝ちゃんを利用した?
確かに漫画の材料にしようという思いはあったかもしれない。だけど、私が美輝ちゃんを好きじゃないとまではいかないはずだ。
私は反論したくても口を動かせないため、喉から声を押し出してなんとか伝えようとした。
「…騒いだら殺すから」
奇縁ちゃんはさらっとそんな怖いことを言って私の口に貼ってあるガムテープを剥がしてくれた。
「…私は確かに漫画の参考にしようとはしたよ。でも、私は本当に美輝ちゃんのことが好きで…」
「まだ分からないの?」
私の必死の弁解を遮って奇縁ちゃんは怒りに怒ったように言った。
その赤い瞳に、私は映ってなんかいない。
「お姉さんは材料になるならなんでも良かったんでしょ?美輝ちゃんを好きになったのも承認欲求を満たしてくれたから。そうなんでしょ?」
奇縁ちゃんは淡々と言った。
その通りかもしれないと瞬時に思った。
だって、もし私の漫画をすごいと言ってくれたのが美輝ちゃんじゃなくて、奇縁ちゃんや知らない子供でも、私は好きになっていたかもしれない。
小さな子供だったら誰でも良かったのかもしれない。だって今奇縁ちゃんに認められたら、きっと美輝ちゃんより奇縁ちゃんを好きになっていると思う。
いいや、好きとか、恋愛的なものじゃないんだ。
ただ認めてもらいたかっただけだ。ただ褒めてくれれば良かったんだ。それだけだったんだ。
それだけのために私は、小さな女の子の純粋な心をどろどろに穢れた、歪んだ心に変えてしまうところだったんだ。
「…承認欲求は誰かに認めて貰えればいいだけ。でも、小さな子供の純粋は二度と帰ってこないんだよ。お姉さんは二度と帰らないものを無理矢理連れ出そうとした。
それに、行き過ぎたらレイプになってお姉さん捕まるかもしれないよ?まあ家族って言えばいいのかなあ?」
その通りだ。二度と戻らないものを私だけのものにしようとしていたんだ。だけどその前とその後はみんなの…いいや、奇縁ちゃんだけのものに戻った訳だ。
奇縁ちゃんの言う通りだ。私は後戻り出来ない場所に足を踏み込むところだったんだ。
「ごめん…ごめんね、奇縁ちゃん…私…わたしっ…」
私は申し訳なさと不甲斐なさで涙が出てきた。
「言わなくていいよ。もい美輝ちゃんのこと諦めて近付かないなら許すけど…」
奇縁ちゃんはそこで話を途切れさせたかと思いきや、包丁を床に置いて、私に対して驚くようなことを言ってきた。
「お姉さんの過去のこと、聞かせてよ」
「……え?」
私は驚いた。なんで私なんかの昔話を聞きたがるんだろうと。
「お姉さん、なんかあったからこんなんなったんでしょ?単純に気になるし。美輝ちゃんを襲おうとしないでしょ普通は。なんか悩みあるんじゃないの?お姉さん」
奇縁ちゃんにはバレバレだった。私が辛い過去を持っていることもバレているんだろう。
「…わかった。言うよ、私の過去」
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