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第四十九章
青龍の絶望
―失われた居場所―
「うふふ。青龍の巫女ちゃんと遊べるの、楽しみにしていましたわ♡」
赫夜は楽しそうに笑いながら、蒼紫を見つめていた。
対して蒼紫は、心底嫌そうな顔を浮かべる。
「そう……私は楽しみになんてしていないけど……むしろ迷惑でしかないわ」
蒼紫は扇を構えた。
「……ね。この間の大技。素敵でしたわね」
赫夜の口元が楽しげに歪む。
「とても美しかった……あなたの纏う空気のように、凛としていましたわ」
「なに?」
蒼紫の目が細められる。
「また、アレを受けたいのかしら?」
蒼紫が扇を開く。
瞬間、周囲の空気が渦を巻いた。
青黒い短めのウルフカットが風に揺れる。
次の瞬間――。
蒼紫は一気に赫夜との距離を詰めた。
「……風、ですか」
赫夜は少し考えるように蒼紫を見つめる。
「……」
「ま、こんな安い挑発に乗るようでは、面白くありませんわね」
小さくため息をつく。
そして、何かを思いついたように微笑んだ。
「確認したいので……水、使ってもらいましょうか」
「え?」
蒼紫が眉を寄せた。
「……っ!」
一瞬だった。
眼前に赫夜が現れる。
「――!!」
にっこりと笑った赫夜が、蒼紫の腹部へ重い蹴りを叩き込んだ。
「……ぐっ!」
蒼紫の身体が大きく吹き飛ぶ。
地面を転がり、肺から一気に空気が抜けた。
「……っ、は……」
蒼紫は腹部を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。
赫夜は、そんな蒼紫を楽しそうに見つめていた。
「時間はたっぷりあります」
その声には、焦りも怒りもない。
ただ、楽しんでいる。
「退屈させないでくださいね? 青龍の巫女ちゃん♡」
「……悪いけど」
蒼紫は小さく息を吐き、口元を拭う。
そして、再び扇を構え直した。
「私には、あなたと遊んでいる時間なんてないの」
「……」
蒼紫は赫夜を見据える。
「……強い」
先ほどの一撃だけで分かった。
「やっぱり……普通に戦うだけじゃ勝てない」
蒼紫は扇を握り直した。
そして――祝詞を唱え始める。
♢ ♢ ♢
「あはは。楽しいわね、青龍の巫女ちゃん♡」
赫夜の楽しそうな笑い声が響く。
「ほら、鬼さんこちら♪ 手の鳴る方へ」
パン、パン、と赫夜は手を叩いた。
蒼紫は何度も祝詞を唱え、水を操り、攻撃を繰り返した。
どれほど時間が経ったのか分からない。
ただ――。
蒼紫の呼吸は乱れ、額には汗が滲んでいた。
「はぁ……っ、はぁ……」
焦りが、その表情に浮かぶ。
「……もう……っ、ほとんど見えない……」
ぼんやりと、人影が分かる程度。
それでも蒼紫は扇を握り続けた。
「これが……私の……」
声が震える。
――代償。
力を使うたびに、失われていくもの。
蒼紫の視界から、少しずつ世界が消えていく。
「うふふ……」
赫夜の声が近づいてくる。
「惨めねぇ、巫女ちゃん」
蒼紫は膝をついた。
「地べたに這いつくばって……そんな姿になってまで……」
声は、すぐ近くから聞こえていた。
「ねぇ……何がしたいの? あなた達」
「……え?」
突然、自分の顎に手が触れる。
「……っ!」
すぐ近くに赫夜がいる。
それだけは分かった。
けれど――。
蒼紫は、もう何も見えていなかった。
「……な、に……?」
「へぇ……」
赫夜は蒼紫の顎に手を添え、自分の方へ顔を向けさせる。
「美しい蒼ね……」
楽しそうな声。
「こんなに真近にいるのに……見えてないのね」
蒼紫は何も答えられない。
ただ、赫夜の声だけを頼りに、その存在を感じ取っていた。
「……」
しばらく蒼紫を眺めていた赫夜は、突然手を離した。
「……やーめーた」
軽く身体を伸ばしながら、蒼紫から離れていく。
「……っ! まだ決着は着いてない」
蒼紫が立ち上がろうとする。
「もういいわ」
赫夜は振り返った。
「飽きてしまいました」
「……!」
「それに、巫女ちゃん。見えてないでしょ?」
「……」
「最初は、それでも少し楽しかったのだけれど……もう飽きました」
赫夜は近くの木の幹を、コンコンと叩いた。
すると――。
周囲を覆っていた結界が、ゆっくりと消え始める。
「待て!」
蒼紫は声のした方向へ扇を振り、風を放った。
「ばいばい。青龍の巫女ちゃん」
赫夜の声だけが響く。
「あ! じゃなくて……」
「……!」
「蒼紫ちゃん。あなた、青龍の巫女ではなくなるものね」
「……何を、っ」
蒼紫の表情が強張る。
「何を言って……」
「え? 戦うつもりでしたの?」
赫夜は楽しそうに笑う。
「あはは。何を考えているのかしら?」
「……」
「見えないあなたが、どうやって戦うというの?」
その言葉が、蒼紫の胸に突き刺さる。
「足手まといにしかならないわ」
「……っ」
「じゃーね。蒼紫ちゃん」
赫夜の気配が遠ざかっていく。
そして――完全に消えた。
「……足手まとい……」
蒼紫は、その場に立ち尽くしていた。
「もう……青龍の巫女ではない……?」
何も見えない。
何も分からない。
ただ、胸の奥だけがざわついていた。
「じゃ……わた、しは……」
全身から力が抜ける。
カラン――。
青龍の扇が蒼紫の手から離れ、地面に落ちた。
その音だけが、静まり返った空間に虚しく響く。
蒼紫は――。
その扇を拾うことができなかった。
コメント
1件
うわっ…第69話、これめちゃくちゃきました 蒼紫、もうほとんど見えてないのに戦い続けてたんだね。赫夜の「飽きた」の軽さが逆に怖くて、最後に扇を拾えなかった描写が本当に胸に刺さった 「足手まとい」って言葉を蒼紫がどう飲み込んだのか考えるだけで苦しい… でも、こんなに丁寧に"視力を失う代償"を描いてくれる輪廻さんがすごく好きです。次が気になる…😢