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2年3組 メイド、執事喫茶。
そんな札が掛かった扉がゆっくり開かれる。
少し時間を要したけれど、扉を開けた人を理解して恥ずかしさと嬉しさが込み上げてきた。
「…かわいい、白亜さん、ほんとに」
「っあー…はいおかえりなさいませ晴くん!」
ヤケクソでお決まりの科白を言えば、嬉しそうに笑った彼は周りを気にせず僕にぎゅっと抱きついた。
「ねーシワになるー、似合う?メイド服。」
「まじ最高可愛い大好き……」
「タイツ履いた方が良かった?」
くすり、と軽く揶揄ってやったら、じとりとした目をしながら 似合うけどダメです!と止められてしまった。
メニューを見せたら目に入ったのか直ぐにチェキ!と言われた。
「晴くんさあ…他にもあるよ?」
「えー、オムライス?やってくれますかおまじない」
「まあ、お仕事ですからね…」
オムライスとチェキ一丁!と巫山戯てキッチンに叫ぶと あいよー!と返事が返ってきてふたりでくすくす笑って、それから彼を席に案内したところですでにオムライスが完成したようで、直ぐに運ばれてきた。
「あ、来たわー、どうぞ召し上がれ」
「えぇ、思ってたのと違うんすけど…なんか書いてくださいよお……」
机に備え付けてあるケチャップで大きくハートマークを描いてあげると、満足したように笑ってくれた。
その顔が見たかったんだ。
ふふ、と思わず笑い声を漏らすと、何ですかぁ〜と甘えたような声で言ってくれるものだから可愛くて仕方がない。
ああもう、本当に愛しいなあ。
なんて思いながら撮影係のクラスメイトにカメラを手渡して、さあ撮るぞという時、不意に腕を引かれて唇を重ねられた。
ちゅ、と軽いリップ音が鳴って離れていく。
同時にシャッター音が鳴り、見事バッチリ収まったようだった。
「ちょ、なにして、」
「ご褒美♡」
じゃ、また後で!と言って足早に立ち去る彼の後ろ姿を呆然と眺めていると、クラスメイトが駆け寄ってきた。
「今の彼氏!?やばすぎない!?」
「…そう、大変だよ。可愛いけど。」
ふふん、と自慢げに笑うと、きゃー!と黄色い歓声が上がった。…………
文化祭も終わり、後夜祭が始まった頃。
僕はと言うと片付けを終えて体育館の裏口付近で待機していた。
そろそろかな、と思いつつ待っていると、案外早く来てくれた。
こちらの姿を見つけた途端、ぱあっと笑顔になって走り寄る姿がとても愛らしい。
ぎゅーっと抱きしめると、同じくらいの力で抱き締め返してくれるところが好きだ。
暫く抱き合ったまま動かずにいると、彼がおもむろに話し出した。
今日一日楽しかったこと、クラスの出し物が大成功したこと、友達のこと、他クラスの出し物のこと。
ひとつひとつの話を聞いているだけで、すごく幸せな気持ちになれた。
話が切れた所で、一番聞きたいことを尋ねる。
「ねえ、僕とのキスは嫌じゃなかったですよね?」
すると彼はきょとんとして、すぐに微笑んで言った。
「えー、もちろん嫌じゃないよ」
それどころか好きかも。
そんなことを言うものだから、今度はこっちが照れてしまう番だ。
「えへへ、晴くん真っ赤だねえ」
「うるさい……」
意地悪そうな顔をして覗き込んでくる彼にムッとしてみせると、突然視界いっぱいに広がる綺麗な瞳。
それが瞼に隠れて見えなくなったと思ったら、柔らかい感触が唇に触れた。
驚いて固まっていると、ゆっくりと離れて再び現れる美しい双眼。
悪戯っぽく細められたそれに吸い込まれそうになる。
やっぱり、この人のことが好きだ。
心の底からそう思った。
「あ、花火、上がったよ!」
色とりどりの光が空一面に輝くと同時に、ドンっという音と共に大きな花が咲いた。
その光に照らされた彼の横顔はとても美しくて、思わず見惚れてしまった。
ふいに目が合って、どちらからともなく指先を繋ぐ。
手汗大丈夫かなとか余計なことを考えるけれど、きっとそれはお互い様だから気にしないことにした。
秋の少し冷たい風が吹き抜ける中、繋いだ手の温もりだけが熱かった。
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