◆新たな任務は“孤独”と共に始まる
月のない砂漠は、視界の半分が闇だった。
砂丘の稜線が揺れるたび、
俺はAK74を強く握りしめる。
今回の任務は単独潜入。
支援なし、救援なし。
任務内容は「反政府武装勢力の通信拠点の破壊」。
ひとりで動くのは慣れている。
けれど、最近はマリアと騒がしくやっていたせいか――
孤独が、やけに胸に重い。
「…行くか。」
俺はナイトビジョンを下ろし、前へ進んだ。
◆通信拠点・激戦開始
拠点は砂漠の中にぽつんと建つ石造りの施設だった。
見張り三名、内部に四名。
静かにやるつもりだった。
だが――
**乾いた砂を踏んだ瞬間、銃口が俺に向いた。**
「チッ……バレたか!」
瞬間、木箱の影に飛び込む。
同時に重い銃声が響き、壁が砂のように崩れた。
「くそっ……!」
俺はAK74を構え、姿勢を低くして撃ち返す。
銃声が夜空にこだまし、火花が闇に散った。
敵は多い。
弾幕は濃い。
数分で、状況は最悪へと変わった。
「…このままじゃ、持たねぇ!」
俺は火炎瓶を握り、タイミングを見計らう。
一瞬の隙で投げた火炎瓶が爆ぜ、敵が混乱する。
その一瞬で中へ突入。
手榴弾を投げ入れ、爆ぜた瞬間に駆ける。
胸が焼けるほどの緊迫感。
肺が鉄みたいに重い。
だが――
俺は生きている。
俺はまだ、走れる。
◆“奴”が現れた
通信機器を破壊し、外へ戻ろうとした瞬間。
背後に影が立った。
「…動くな、Mrs 陽菜。」
英語にアラビア語が混ざる、聞き慣れた声。
だがそいつは、そいつではなかった。
振り返ると、
黒いフード、顔は覆面、片目に傷。
**新たな賞金稼ぎ。**
「お前に懸賞金が出ている。
俺はそれをもらいに来た。」
言葉と同時に銃声。
間一髪で避けたが、肩をかすめる。
「うっ……!」
AK74を構えるが、
敵は砂煙に紛れ異様な速さで近づいてくる。
近い。
近すぎる。
――ナイフ。
敵は俺の腹を狙って刃を振り下ろす。
防いでも防いでも押し込まれていく。
力が強い。
訓練されている。
ついに足を払われ、俺は地面に叩きつけられた。
刃が俺の喉もとに迫る。
「死ね。」
やばい。
ここまでか――
そう思った瞬間。
**シュッ……!**
砂を裂くような一条の影が飛び込んできた。
◆ジャッカル(情報屋)登場
「……Mrs 陽菜。
またお前か。死にかける癖でもあるのか。」
アフガンストール、黒い装備、銀のデザートイーグル。
情報屋――
ジャッカルだ。
賞金稼ぎはナイフを拾い、情報屋に向き直る。
「邪魔をするな。てめぇ誰だ。」
情報屋は低く笑った。
「邪魔をしているのはお前だ。
そいつは俺の“情報源”。勝手に壊すな。」
言い終える前に、二人は走り出していた。
◆激しいナイフバトル
その戦いは――
俺の目にも、ほとんど見えなかった。
刃と刃が砂漠の闇で火花を散らす。
音もなく踏み込み、
音もなく斬り返し、
音もなくかわす。
賞金稼ぎの動きは獣じみていた。
でも情報屋は――
もっと静かで、もっと速かった。
まるで“風”みたいに動く。
相手の手首を弾き、
刃を滑らせ、
足を絡めとり、
砂を蹴り上げて視界を奪う。
賞金稼ぎの額に、一筋の切り傷が走った。
「化け物が。」
「俺はジャッカルだ。化け物とは違う。」
情報屋が低く呟き、刃が閃いた。
◆決着
賞金稼ぎが突き出したナイフを情報屋は受け止め、
その腕を捻り上げ、一瞬の隙に踏み込んだ。
そして、
情報屋のナイフが相手の頭部に深く突き入れられた。
――完全な沈黙。
賞金稼ぎの身体が崩れ落ちる。
俺は思わず息を呑んだ。
情報屋は血の付いた刃を軽く払った。
「Mrs 陽菜。立てるか?」
「…あぁ…何とか、な。」
情報屋は俺の肩を軽く支える。
「よく生きた。
お前は死なない。死なせない。」
その声は、不思議なほど落ち着いていて、
俺の心を少し温めた。
◆再び、命を救われる
情報屋は俺の肩の傷をざっと見て、
応急処置をしながら言った。
「…お前、また狙われているぞ。
懸賞金が上がった。」
「マジかよ…」
「しばらくは俺が見ている。
――死んだら困るからな。」
照れも冗談もなく、情報屋は淡々とそれを言った。
俺は苦笑した。
「ありがとな。
本当に…お前に借りばっかだな。」
「気にするな。俺は仕事をしているだけだ。」
その言葉が、
どうしてか少しだけ温かかった。
砂漠に風が吹いた。
俺の血の匂いと、戦いの硝煙を遠くへ運んでいく。
俺はまだ、生きている。
「砂漠の狙撃交差点(クロスライン)」
◆暗殺予告の始まり
夜明け前の冷たい空気を切り裂くように、
一発の銃弾が俺の足元の砂を跳ねた。
次の瞬間――
砂丘から聞こえる。
乾いた、けれど重い、あの音。
**ボルトアクションの装填音。**
「……狙撃かよ。
また、面倒なのが来たな……」
依頼達成の帰路。
護衛も支援もない。
俺はひとり。
そして、狙われている。
◆新たな強敵「女傭兵スナイパー」
砂丘の影、風の隙間。
ごく僅かな揺れに俺は目を細める。
スコープの反射。
敵の位置は1,100mほどか。
風切り音。
砂の舞い。
全てが俺に「強敵」を告げていた。
次の弾丸が砂の壁を削り、
俺の頬に熱を残す。
「精度が…異常だな。」
敵は――
常軌を逸した狙撃技術を持つ女傭兵だ。
長い黒髪、
砂漠色のBDU、
手には黒く塗られた**AXMC .338**。
賞金稼ぎの中でもトップクラスの狙撃手。
通称は**“サイレント・アイ”**。
俺の場所も、呼吸も、癖も――
完全に読み切って撃ってくる。
◆撃ち返す俺
俺は砂に身を埋めるように伏せ、
AK74を構えた。
距離は完全にスナイパー有利。
でも知らねぇよ。
俺は撃つしかねえ。
「……来いよ。」
反動の小さいセミオートに切り替え、
砂丘へ向けて連射。
砂煙で視界を潰すための牽制だ。
返ってきたのは、
“正確に砂煙の縁を撃ち抜く”狙撃。
「クソッ……化け物みてぇな精度だな!」
一発撃つたびに位置を変える。
しかし――
奴はその度に撃ち返してきた。
完全に追われている。
◆更なる地獄
砂丘の裏に回り込もうとしたとき、
耳元を切り裂く水平の弾道。
**ヒュッ——ッ!**
砂塵が舞い、
俺の背中を掠める。
「……読まれてる!?」
位置取りもルートも、
全部予測されている。
この“読み”はプロ中のプロ。
狙撃手として化け物クラス。
――完全に狩られているのは俺だ。
◆膠着
俺は転がり、
岩陰に身を潜める。
だが、動けば撃たれる。
止まれば詰む。
膠着状態。
「……弾、あと…少ねぇな。」
マガジンは残り1本。
しかも半分切ってる。
対して相手は、
冷静、無傷、そして高地で待ち構えている。
状況は最悪。
でも、ここで死ぬわけにはいかねぇ。
「来いよ……サイレント・アイ。」
俺は呼吸を殺し、
砂に耳を当てる。
風の音。
砂の揺れ。
遠くの金属音。
相手がボルトを引いた。
その瞬間――俺は身体を横へ投げた。
**パァンッ!!**
岩が粉々に砕ける。
「……やべぇ……」
心臓が跳ねる。
冷や汗が頬を伝う。
攻撃の精度はさらに上がってきている。
本気で殺しに来てる。
◆敵の声
砂丘の向こうから、
女の声が風に乗って届いた。
「陽菜。
あなたはしぶといわね。」
声が澄んでいる。
余裕すら感じる。
「でも、もうすぐ終わる。
あなたの弾が尽きる頃よ。」
……見えてるのか、俺の状況が。
この距離で会話してくる狙撃手なんて、
化け物だろ。
「それじゃ終われねぇんだよ、悪いけどなぁ!」
俺は叫び返し、
別方向へ駆けた。
すぐに弾丸が飛んできて、
俺の背後で砂柱が上がる。
死ぬ。
次で確実に仕留められる。
俺は――追い詰められていた。
◆弾切れ寸前
「マガジン……あと、数発……」
心臓が暴れる。
呼吸が浅くなる。
相手の位置はわかる。
でも距離が遠すぎる。
撃っても届かない。
届いても当たらない。
俺のAKじゃ勝負にならねぇ。
どうする。
どう動く。
どう生き残る。
答えは――まだ見えない。
砂丘の上、女傭兵スナイパーが
冷たい目でスコープを覗いている。
彼女の声がまた、
風に乗って届いた。
「終わりよ、陽菜。」
**銃声。**
俺は――
◆見えない死の弾道
乾いた破裂音。
空気の層が剥がれ落ちるような鋭い風切り。
**ドッ——!**
肩に鈍い衝撃が走った。
「ッ……ぐ……!」
熱い痛みとともに腕の力が抜ける。
俺は反射的に岩陰へ飛び込んだ。
息を整える余裕はない。
この女傭兵スナイパー――**サイレント・アイ**は、
完全に俺の動きと癖を読んでいる。
逃げ場はない。
◆逃走中の第二射
岩陰から体を半分だけ出し、
次の遮蔽物までの距離を測る。
遠くの丘で、銀色の反射が一瞬だけ光る。
「……ッ来る!」
駆け出した瞬間、
背中の空気が削られる感覚。
**パアン――!**
次の瞬間、
太腿に強い打撃を受け、膝が折れた。
「うあっ……!」
地面に叩きつけられ、砂埃が舞う。
呼吸が乱れ、視界が白く弾けた。
立てない。
逃げても撃たれる。
止まっても撃たれる。
そんな現実が、
じわじわと首を絞めてくる。
◆四肢を奪われていく恐怖
次の射撃は、狙っているのが分かった。
急所じゃない。
“動きを奪うためだけに”撃っている。
そして――
**タッ。**
新しい衝撃が腕を弾いた。
「ッあああ……!」
痛みというより、
身体がどんどん“自分のものじゃなくなる”感覚に襲われた。
呼吸だけが異常に早くなり、
心臓の音が耳の奥に響く。
もう走れない。
もう立てない。
俺は地面を掴むようにして身体を引きずった。
ザッ……ザッ……
砂と汗で手のひらが滑る。
「……くそ……まだ……まだ生きて……」
声が震える。
だが、サイレント・アイはもう理解しているはずだ。
俺が戦闘不能であることを。
◆極限の身体反応
痛みと恐怖が混ざり、
身体が勝手に震え始めた。
「……ッ……は、ぁ……」
呼吸がうまくできず、
視界の端が暗くなる。
そして――
緊張の糸が切れた瞬間
俺は自分が制御できない身体の反応に気付いた。
地面、ズボンは濡れている…。
羞恥が襲った。
悔しさで胸が詰まる。
「……チクショウ……!」
だが今は、
そんなことを気にしている余裕すらない。
とにかく“生きる”ことだけを考える。
◆スナイパーの足音
砂丘の上。
逆光の中でシルエットとなった女が、
こちらに向かって歩いて来るのが見えた。
逃げる必要はもうない、
――そう確信している足取り。
「陽菜。
戦い方は悪くなかったわ。
でも私の射線からは、逃げきれない。」
静かな声が、砂漠の風と混ざって届く。
俺は歯を食いしばりながら、
腕で地面を掻き、
必死に距離を取ろうとした。
だが身体は思うように動かない。
「最後まで諦めないのね。
その粘りは、評価してあげる。」
サイレント・アイの影が、すぐそこまで迫っていた。
銃口の影の中で
立ち止まった彼女の影が、
俺の身体に重なる。
スナイパーライフルがゆっくり降ろされ、
黒い銃口が地面に倒れた俺の額へと向けられる。
その動きは淡々としていて、
迷いも興奮もない。
ただ、
“処理するだけ”。
「終わりにしましょう、陽菜。」
風が止まる。
世界が狭まる。
引き金にかかる細い指が見えた。
――ここまでか。
俺は目を閉じかけた。
◆砂に埋もれる呼吸
砂漠の斜面を転がり落ち、
俺は地面に手をつきながら必死に呼吸を整えた。
肩は撃ち抜かれ、
足はもう力が入らない。
銃も……弾切れだ。
「くそ……っ……!」
身体をひきずり、岩陰へ入る。
だがそれは、ほとんど意味のない“抵抗”に過ぎなかった。
——狙われてる。
皮膚が針で刺されるような緊張が、背後から迫ってくる。
風が止まり、
砂が音を失い、
世界が固まったようだった。
その静寂の中で、
高台に立つ “女傭兵スナイパー” が姿を現す。
俺を追い続けている、賞金稼ぎ。
サイレント・アイ。
容赦のない殺し屋。
その顔には笑みも怒りもない。
ただ、獲物を狩る者の冷たい目。
◆トドメの構え
サイレント・アイは砂丘の上に立ち、
バイポッドを砂に突き立てる。
まっすぐ俺にライフルを向けたまま、
余裕の声で告げた。
「いい狙いだったよ、陽菜。
でも……私のほうが一枚上ね。」
引き金にかかる指。
スコープ越しの視線が、
まっすぐ俺の死を確定させている。
動けない。
逃げられない。
俺は喉が震え、
心臓が潰れそうになりながら、
ただ空を睨んだ。
「ここまで……かよ……」
足元の砂が、じわりと赤く染まっていく。
サイレント・アイはスコープを覗き込み——
俺の顔に照準が合わせられた。
◆“沈黙の狙撃”
その瞬間だった。
―― **ピシッ。**
小さすぎて、
風の音と区別できないような“裂ける音”がした。
次の瞬間――
**パリンッ!!**
サイレント・アイのスコープが粉々に砕けた。
「……っ!?」
彼女の右目から、
細く赤い線が流れる。
鮮血・・・。
スコープを割った弾丸の破片か、
跳弾か、
あるいは——
**スコープの奥の“眼球そのもの”を貫いたか。**
サイレント・アイは声を上げる間もなく、
砂の上に倒れた。
音はなかった。
銃声は、一切聞こえなかった。
ただの“沈黙”の狙撃。
——距離は、2.5キロ以上。
ありえない。
常識では説明できないレベルの距離だ。
◆影が歩いてくる
陽炎の揺れる砂丘から、
一つの影が近づいてくる。
ゆっくりと、
迷いなく、
砂を踏みしめながら。
アフガンストールで顔の半分を覆い、
眼光だけが鋭く光っている。
――“情報屋”。
コードネーム:ジャッカル。
賞金首の追跡、
武器の斡旋、
殺しすら請け負う謎の男。
以前、俺を救ってから突然姿を消したあの男だ。
サイレント・アイの死体の横に立ち、
砕けたスコープを無言で拾う。
「……2.5キロ。
風速、いい感じだったな。」
ぼそりと呟く声は、
まるでただの仕事の“確認”。
そして俺の方へ視線を向ける。
「Mrs 陽菜、動けるか?」
その呼び方に、思わず苦笑しそうになる。
「……Mrsってまだ
その・・・呼び方・・・」
言おうとしたが、声は出なかった。
血の気が引き、視界が暗くなる。
ジャッカルは歩み寄り、
俺の腕を掴んで、軽々と抱き上げた。
「よく生き残った。
……死ぬなよ、Mrs 陽菜。」
その声は淡々としているのに、
どこか温度を持っていた。
◆救いの腕の中で
ジャッカルの腕は驚くほど安定していて、
揺れをほとんど感じない。
砂漠の風が頬を撫で、
遠くの空には熱が滲んでいる。
俺は、かすれる声で聞いた。
「……お前……ずっと……見てたのか……?」
ジャッカルは答えない。
ただ前を向いたまま歩く。
代わりに、低く短い声だけが返る。
「Mrs 陽菜。
助けられる価値があると判断しただけだ。」
その言葉に、
なぜか胸が少しだけ熱くなる。
「ジャッカル……」
呼ぼうとした瞬間、
意識が急激に遠のく。
頬を砂漠の冷気が撫で、
彼の声が最後に落ちてきた。
「眠れ。
ここからは俺が運ぶ。」
視界が暗く沈む中、
俺はただその声に身を預けた。
◆目覚めた場所
意識が戻った瞬間、
まず感じたのは、薬品の匂いだった。
深い砂漠の中に、こんな匂いがある場所は一つしかない。
情報屋——ジャッカルの秘密拠点。
重いまぶたを開くと、
天井に吊るされたランプが揺れている。
麻酔の影響で身体がまったく動かない。
ただ、ぼんやりと声だけが聞こえる。
「陽菜! 陽菜、大丈夫!? 私よ、私!!」
……声がデカすぎる。
「……マリア……か……?」
震える声で返すと、
目の前に飛び込んできたのは、
砂のついたビキニの上着を羽織ったままのマリアだった。
「陽菜っ! あんた……本当に……うわああん!」
泣いてる。
マリアが泣いてるなんて、珍しいどころの話じゃない。
——というか、なんでビキニなんだよ。
◆マリア、情報屋の“神業狙撃”を見ていた
マリアは涙を拭き、急に真剣な顔になった。
「陽菜……聞いて。
あの賞金稼ぎの女スナイパー……倒れたでしょ?
私、あの瞬間……見てたの。」
「見てた…?」
「ええ。砂丘の影から……。
あれは…化け物級の狙撃よ。
2.5キロ以上あるのに、音がしなかった…。
正直、私でも無理。」
ジャッカルの話になると、
マリアの声は小さく、震えていた。
「陽菜が狙われてて……私、走った。でも間に合わなかった……。
そしたら……スコープが粉々に。何が起きたか分からなかった……。」
その声には、
あのマリアらしからぬ恐怖さえ混じっている。
◆情報屋、無言で乱入
金属トレーの音。
「まだ騒ぐな、乳のデカイ女。」
突然後ろから冷たい低音が落ちた。
マリアの顔が一瞬で真っ赤になる。
「ち、乳のデカイ女って言うなぁ!!
私にはマリアって名前があるの!」
ジャッカルは完全に無視して医療器具を並べていく。
その動きは、迷いがなく、滑らかで、そして異様に早い。
マリアも思わず黙り込んだ。
「俺……の状態…」
なんとか聞くと、
ジャッカルは短く答えた。
「死にはしない。
だがこのままでは腕も脚も腐る。」
淡々と告げる声が逆に恐ろしい。
◆“緊急手術”宣言
ジャッカルはマリアを見た。
「おい、乳のデカイ女。
手術を手伝え。」
「手術!? 医者いないじゃない!!
適当な処置したら陽菜が——」
「……俺がやる。」
ジャッカルの言葉で、盗賊の巣穴みたいな拠点が
一瞬で“手術室”のような空気に変わる。
マリアは目を丸くする。
「はぁ!? あんた医者じゃないでしょう!?
人を撃つことしか出来ない刺客のくせに!!」
ジャッカルは手袋をはめ、
血のついた陽菜の服を切り始めた。
「俺の前職は、医者だ。
その後、衛生兵。
……で、いまは情報屋だ。」
「えっ……」
マリアが固まる。
「は……? 医者……?
え、衛生兵……?
あなた、そんな経歴持ってたの??」
「質問が多い。」
完全にスルーして手術器具を消毒し始めた。
◆マリア、惚れなおす(情報屋は完全無視)
マリアの頬がみるみる赤くなる。
「……あ……あんた……
銃も撃てて、格闘もできて、
狙撃も化け物みたいで……
医者で、衛生兵で……
な、なんなのよ…」
ジャッカルはマリアを横目で一瞥し、
全く興味なさそうに言った。
「手伝え。
乳のデカイ女は手が器用だろ。」
「はぁ!? な、なんで胸の話になるの!?
でも……手伝うわよ……っ!」
完全に惚れた声だった。
ジャッカルは当然のように無視。
◆沈黙の手術開始
俺は麻酔で意識が薄れながら聞いていた。
金属が触れ合う音。
消毒薬の匂い。
ジャッカルの低い指示。
マリアの震える手の動き。
ジャッカルの声は静かで、冷たくて、
でも異様に安定していた。
「止血鉗子。
縫合糸。
次。
はい。」
マリアは動揺しながらも必死に手伝う。
「す、すごい……本当に医者みたい……
って、医者だったのよね……!」
「黙れ。集中しろ。」
「は、はい!!」
俺の意識が完全に沈む前、
ジャッカルの声が最後に落ちてきた。
「Mrs 陽菜……。
生きろ。」
意識が途切れた。
静かな目覚め
まぶたがゆっくりと開く。
ぼんやりした視界の向こうで、
マリアがイスから飛び上がるようにして立った。
「陽菜っ!! 目を覚ましたの!? 本当に……良かったぁ……!」
大粒の涙をぽろぽろ流しながら、
俺の手をぎゅっと握る。
「マリア……落ち着け……苦しい……」
「う、うん……でも……っ、よかった……本当に…!」
そんな二人には目もくれず、
ジャッカルは部屋の隅で、
ひたすらリンゴ——真紅のリンゴ——を凝視していた。
いや、凝視どころか、完全に“睨みつけている”。
◆マリア、ついに質問する
マリアは涙を拭き、
ジャッカルの奇行に気付き、眉をひそめる。
「ねぇ、ジャッカル……
なんであんたは、いつもリンゴばっかり見てんの?
ずっとよ。初めて会った時からずっと。」
ジャッカルは完全無視。
ピクリとも動かない。
「こら!! 無視すんな!!
答えなさいよ、ジャッカル!!
リンゴになんの恨みがあるのよ!?」
やっぱり無視。
◆陽菜、素直に聞いてみる
マリアがキレているのを横目に、
俺はゆっくりと体を起こしながら言う。
「……ジャッカル。
リンゴ、そんなに見てどうするんだ?」
すると——
ジャッカルの肩が、わずかに揺れた。
マリアは「あっ! 陽菜の言葉には反応するのね!?」と怒り爆発。
ジャッカルは溜息のような息をつき、
ようやく口を開いた。
◆ジャッカルの“リンゴの記憶”
「……リンゴを見ると、思い出すことがある。」
その声は、いつもの皮肉や無表情とは違い、
何かを抑え込むような、低い響きだった。
「俺がまだ医者だったころ……
戦場の野戦病院に勤めていた。」
マリアは驚いて黙る。
「弾が飛び交う前線の、一番近い場所だった。
血と泥と、叫び声と……
そして、死体ばかりの場所だ。」
ジャッカルはリンゴを見る目を少しだけ細める。
「そこに、一人の少年兵がいた。
怯えながら、手に小さな紙袋を持っていた。」
俺とマリアは息を呑む。
「袋の中には……
リンゴが一つだけ入っていた。」
静かな沈黙。
「少年は言った。
“母さんがくれたんだ。これを持っていれば、帰ってこられる”
……そう言ってな。」
ジャッカルはほんの一瞬だけ目を閉じた。
「……だがその少年は、
次の日、爆撃で死んだ。」
重い空気が部屋を満たす。
「俺が拾った紙袋の中には……
つぶれて半分欠けたリンゴが残っていた。」
リンゴの赤が奇妙に鮮烈に見えた。
「それ以来だ。
リンゴを見ると、あの日の匂いが蘇る。」
◆マリア、言葉を失う
マリアは普段の騒がしさが嘘のように黙っていた。
「……あんた……
そんな過去……」
ジャッカルはマリアの言葉を遮るように言った。
「だから俺はリンゴを食わない。
見ているだけで十分だ。」
「食べないの……?」
「食えるか。思い出すだけで胸が焼ける。」
◆陽菜、静かに礼を言う
俺はゆっくり体を起こしながら言った。
「ジャッカル……
助けてくれて、ありがとう。」
ジャッカルはそっぽを向いたまま答える。
「勝手に死なれると困る。
Mrs陽菜の
借金帳簿がややこしくなるからな。」
マリアが怒鳴る。
「なにが借金帳簿よ! 素直に“心配した”って言いなさいよ!」
ジャッカルは無視。
本当に無視。
◆マリア、泣きながら笑う
「ジャッカルって……ほんっと……
変な人……!」
マリアは涙を拭きつつ笑った。
「でも……あんたが、陽菜を助けてくれたこと……
本当に感謝してる。」
ジャッカルはまたリンゴに視線を戻し、
わずかに呟いた。
「…助けたのは俺じゃない。
陽菜が勝手に生きたんだ。」
◆陽菜、回復へ
秘密拠点の医療室。
包帯に覆われた肩と脚はまだ痛むが、もう自力で歩けるようになった。
マリアが嬉しそうに笑う。
「陽菜、動けるようになってほんっと良かったぁー!
もうあの賞金稼ぎ女スナイパーのこと思い出すたびに心臓キュッてしてたんだから!」
「……お前の心臓は丈夫そうだけどな。」
「なによそれ!」
そんな他愛ない会話をしながら歩いていくと——
外から
**ドンッ! ドンッ! ドンッ!**
という銃声が聞こえた。
マリアが耳をピクッと動かす。
「……また、ジャッカルの射撃練習じゃない?」
「……確かめにいくか。」
俺たちは拠点の裏手に回った。
そこには——
砂漠の光を反射して輝くシルバーのデザートイーグル。
あの巨体のハンドガンを、まるで軽い玩具のように片手で構えるジャッカルがいた。
ターゲットは50メートル先の木製シルエット標的。
目線は淡々としている。
息を吸うでも、溜めるでもなく。
ただ、自然体。
ジャッカルは引き金に触れた。
乾いた銃声が連続して響く。
**ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ。**
撃ち切り。
標的は——
**全部ど真ん中の貫通穴**が綺麗に一列。
マリアが絶句した。
「……いや……無理でしょ……あんな反動あるのに……
なんで全部、真ん中……?」
俺も言葉を失っていた。
ジャッカルはデザートイーグルをホルスターに戻し、
スコープ付きの長距離狙撃銃を手にする。
◆狙撃の亡霊
狙撃ポイントは丘の上。
そこには千メートル先に置かれた金属プレートが風に揺れている。
ジャッカルは伏せる。
指がトリガーに触れたのと同時に風が変わる。
だが調整もせず撃った。
**キィィィィン!!**
金属が高音で鳴った。
プレート中央に、
**ぴったりくり抜いたような円形の弾痕**がひとつ。
マリアは感嘆の息を漏らす。
「……ねぇ……陽菜……
あれって……狙ってたのよね……?」
「……風、完全に無視してたな。」
「化け物じゃない……?」
ジャッカルは次に、ナイフを三本取り出す。
◆投げナイフ
ターゲットは近くの木材の板。
ジャッカルは振りかぶらず、
ただ“投げた”。
**カッ! カッ! カッ!**
三本のナイフは——
**すべてターゲットの中心に刺さった。**
マリアの口が開いたまま閉じない。
「……は?
ちょ、何……え?
全部真ん中? あんた人間? 恐怖。惚れる。え、怖いけど惚れる……!」
俺はその隣で、ただ呆然と頷くしかなかった。
◆ジャッカル、マリア完全無視
ジャッカルはこちらに気付く。
だが最初に口を開いた相手は——マリアではなく俺だった。
「Mrs陽菜。
肩の可動域、痛みはどうだ。」
「だいぶ動く。お前のおかげだ。」
ジャッカルはほんの少しだけ、安心したように頷く。
その横でマリアが必死にアピールする。
「あ、あのさジャッカル! 今の凄かったよ! いや、ほんと惚れ直すレベルで! ていうか、惚れてるんだけどね私!!」
ジャッカルは完全無視。
空気のように扱うどころか、
存在すら感知していないレベル。
マリアが泣きそうな声で俺の肩を揺さぶる。
「陽菜ぁぁぁ!! 私、また無視されてるぅぅ!!」
「泣くな。前より扱い良くなった気がするぞ。」
「どこがぁぁ!!」
ジャッカルは淡々と装備を片付けながら言った。
「Mrs陽菜。リハビリ兼ねて、あとで歩行訓練に付き合え。」
マリアは叫ぶ。
「陽菜ばっかり気遣って!!
私にも気遣いなさいよ!!
いや、惚れてるからなんでもいいけど!!」
ジャッカルは——やっぱり無視。
◆陽菜とマリア、ただ呆然
ジャッカルが去ったあと、
砂煙が風で薄れていく中でマリアが呟いた。
「ねぇ陽菜。
あの男、戦ったら人類の側じゃないでしょ。」
「ああ。あれは“兵士”じゃない。
“戦争の亡霊”だ。」
マリアは、ナイフが刺さった標的を見つめながら、
真っ赤な顔で言った。
「……でも……あんな亡霊に惚れちゃったんだから…
私どうしたらいいのよ」
俺は苦笑した。
「…知らん。」
◆静まり返った拠点
陽菜のリハビリも進み、拠点の空気は久しぶりに静かだった。
マリアはジャッカルの作ってくれたアップルパイを食べながら、
「ジャッカルは今日も私に無視攻撃……」と凹んでいる。
俺はストレッチをしながら、
ジャッカルが外で木材を削り、ナイフの手入れをしている音を聞いていた。
その時だった。
砂漠の風に紛れて、
**足音がひとつ。**
ジャッカルがピタリと動きを止める。
そして、拠点の入口の影に—
長い旅塵をまとい、背中にL96A1、FAL
を背負った男が現れた。
陽菜の心臓が強く跳ねた。
**黒崎健太。
さすらいの武器商人。
俺の——父。**
◆父の沈黙
黒崎は無言のまま拠点に入ってきた。
ジャッカルが立ち上がり、珍しく柔らかい表情になり、
深い敬意を込めて頭を下げる。
「先生。」
黒崎はジャッカルを見て、
短く、しかし温度のある声を落とした。
「……立派になったな。」
ジャッカルがわずかに照れたように目線をそらす。
その微妙な空気に、マリアは完全に置いていかれた顔をする。
「え、なに。
ジャッカル、武器商人と知り合いだったの?
しかも“先生”って……え……えぇ……?」
だが陽菜は、黒崎から目を離せなかった。
震える声が喉から漏れる。
「……なぁ……父さん。
なんで母さん残して、借金まで背負わせて……
俺を置いて出ていったんだよ……?」
拠点の空気が止まった。
ジャッカルも、マリアも息をのむ。
黒崎は、陽菜の目をじっと見た。
その瞳には迷いも怒りもない。
ただ、深い静寂と、何かを抱えた影だけ。
しかし——
彼は何も言わなかった。
ただ沈黙を貫く。
陽菜の胸が裂けるように痛んだ。
「なんで言わない……?
答えてくれよ……
母さんが……どれだけ……苦しんだか……
なぁ、父さん……!」
マリアが陽菜の肩をそっと支える。
「陽菜……」
黒崎はゆっくりと陽菜の前に歩み寄る。
そして、声ひとつ発さず——
陽菜の頭に手を置いた。
幼い頃、父がよくしていた撫で方。
陽菜の全身から力が抜ける。
「……くそ……」
陽菜の目から涙がこぼれた。
ジャッカルと黒崎の会話
陽菜が涙を拭っている間、
ジャッカルは静かに黒崎の隣に立った。
「……先生。
俺は……あなたから教わった全てを、まだ使いこなせていません。」
「いや。
お前は俺を超えつつある。」
その言葉に、マリアが叫ぶ。
「ええぇぇ!?
ジャッカルってあの黒崎健太の弟子!?
砂漠の死神の!?
ってことは……あの変態的な狙撃とCQBは……そういうこと!?」
ジャッカルは当然のようにマリアを無視した。
黒崎がわずかにジャッカルの肩に触れる。
「技術は教えたが……
生き方まで真似する必要はない。」
ジャッカルは黙って頷く。
◆陽菜、父と向き合う
陽菜は涙を拭い、震える声で再び聞く。
「父さん。……せめて……ひと言でいい。
母さんを置いて……
俺を置いて……
消えた理由を……教えてくれ。」
黒崎は陽菜に向き直り、
短い沈黙の後——
ただ一言だけ言った。
「……すまん。」
陽菜の胸に突き刺さる、たった一言。
それで余計に涙がこぼれ落ちた。
答えではない。
理由でもない。
だが、心の奥に沈んでいた何かが
少しだけ、解けた気がした。
◆黒崎、再び砂漠へ
黒崎は踵を返す。
ジャッカルが呼び止める。
「先生……どこへ?」
黒崎は振り返らずに言った。
「陽菜の周囲が……騒がしくなっている。
俺が近くにいれば、余計に危険だ。」
陽菜が叫ぶ。
「待てよ! まだ何も聞いてないんだよ!」
黒崎は振り返らない。
ただ——
「陽菜。
お前は……強くなった。
母さんに、よく似ている。」
その言葉だけ残して、
砂漠に溶けるように去っていった。
◆残された三人
陽菜は拳を握りしめる。
「……あいつ、いつも勝手だ……
でも……父さんらしい……」
マリアが陽菜の背中を優しく叩く。
「泣きたいなら泣きなよ。
陽菜も人間なんだから。」
言われるまでもなく、俺の目から涙がこぼれた。
ジャッカルは俺のそばに立ち、
静かに言った。
「Mrs陽菜。
……あなたの父は、弱い男ではない。
ただ……人を守る時、背負いすぎるだけだ。」
俺はその言葉に、ただ頷くしかなかった。
――父と子の距離は、まだ遠い。
だが確かに、一歩だけ近づいた。
砂漠の夜風が静かに吹いた。
完全に治ったわけじゃねぇ。
肩も足も、まだ鈍い痛みが残ってる。
けど休んでる暇はない。
情報屋(ジャッカル)にもマリアにも、これ以上心配かけたくなかった。
司令部からの新任務は、
**“灰色の峡谷を拠点にする武装集団の乱数通信装置の破壊”**。
簡単に聞こえるが実際は地獄だ。
峡谷は迷路のように入り組み、上から撃ち下ろされる地形。
敵の狙撃手がいると、十秒も持たない。
AK-74のボルトを引き、弾倉を叩き込む。
「よし……行くぞ」
■峡谷への侵入
灰色の峡谷は、風が唸るほど狭く、岩肌が刃物みたいに尖っている。
昼間でも影が濃い。
敵にとっては最高の狩場だ。
俺は岩陰に身を合わせて進む。
靴底の砂がわずかに音を立てた瞬間――
**パスッ**
砂の壁に弾痕が走った。
「……クソ、やっぱり狙撃手かよ」
敵の初弾は外れた。
つまり、位置が特定できる。
俺は峡谷の斜面を転がるように降り、近くの岩に飛び込む。
**パスン**
次の弾丸が、さっき俺がいた場所を砕いた。
スコープ越しに俺の動きを追ってる。
(奴の位置は……あそこか)
岩の向こう、古びた見張り台。
距離はざっと200m。
向こうが優位だが、俺も黙って撃たれる気はねぇ。
AKを岩の上にそっと置き、覗き込む。
**ダダダッ!**
反動を殺しながら三連射。
見張り台の木材が砕け散る。
狙撃手が飛び出した瞬間、俺はもう一度引き金を引いた。
**——倒れた。**
「よし、一人」
だが、ここからが本番だ。
■峡谷内部 ――伏兵の巣窟
峡谷を進むごとに、敵の気配が濃くなる。
岩陰、窪み、頭上…どこからでも狙われる。
俺は手榴弾のピンを抜き、ぎりぎりまで保持した。
「3……2……1……!」
**投擲――**
爆発と同時に飛び出す。
敵二名が吹き飛び、さらに奥から悲鳴が上がる。
そこへ俺はAKで一気に弾幕を張る。
**ダダダダッ!!**
砂塵の向こうで、敵が次々と倒れていく。
呼吸が荒くなる。
だが止まらない。
峡谷の曲がり角を曲がると――
**重機関銃が待ち伏せしていた。**
「チッ、最悪だ…!」
岩陰に飛び込む。
重機関銃の弾が岩を粉砕し、砂が雨のように降る。
こいつ相手に正面突破は無理。
なら――
火炎瓶の出番だ。
布に火をつけた瞬間、熱が手にまで伝わる。
こいつは一発勝負。
俺は深く息を吸い、走り出した。
銃弾が足元に突き刺さり砂が跳ねる。
視界の端で、敵の銃手が驚いたように動いた。
俺は全力で投げた。
**火炎瓶、直撃。**
瞬く間に炎が機関銃手と銃座に燃え広がった。
敵が悲鳴を上げて転げ回る。
「っは……助かった……」
けど、まだ終わりじゃない。
■通信基地
峡谷の最深部。
そこにボロいが厄介な通信基地があった。
アンテナ、電波塔、室内には乱数通信機。
敵が五人。
だが俺はもう迷わない。
岩陰から飛び出し、AKで最初の二人を撃ち抜く。
三人目が反撃してくるが、俺は転がりながらM9に切り替えた。
**パンッ、パンッ!**
二発で制圧。
残る二人は建物に逃げ込む。
だが逃がすか。
俺は手榴弾を握り、建物の入口へ放り込む。
**――轟音。**
扉が吹き飛び、通信機材が破片となって吹き散らばる。
砂煙が収まり、施設は沈黙した。
「任務……完了だ」
俺は壁にもたれ、息を整える。
肩の傷がうずく。
足も痛い。
それでも、俺は立っている。
■帰路――嫌な気配
峡谷を出ようとすると、風が止んだ。
空気がぴりつく。
背筋が冷たくなる。
誰かが見ている。
(…またか? 賞金稼ぎか?)
銃をゆっくり構える。
峡谷の入口に、ひとつの影。
アフガンストールの男が、リンゴを片手に立っていた。
情報屋(ジャッカル)だった。
「……任務ご苦労さん、Mrs陽菜」
「お前…またつけてきたのかよ…」
「別に。
死にかけるのが目に見えるからな」
「帰るぞ。
Mrs 陽菜の歩き方、また痛めたな」
「……うるせぇよ」
だが情報屋(ジャッカル)の横を歩くと、不思議と安心するんだ。
それが癪だけどよ。
夜風が吹き抜ける峡谷を、俺たちは無言で歩き続ける。
任務は終わった。
次がまた来る。
だが俺は――まだ戦える。
砂漠の風が、スコープ越しの視界を揺らしていた。
今回の任務はただひとつ。
**“峡谷に巣食う敵狙撃手を排除せよ”**
ただ、それだけ。
ただ、それだけのはずなのに――胸の奥に、嫌な予感があった。
「……ふぅ、落ち着け、私」
TAC-338 のボルトを静かに引き、薬室に弾を送る。
金属音が響くたび、心が研ぎ澄まされていくのを感じる。
砂丘の尾根を越えた瞬間――
スコープの端に光が走った。
(今の……反射?)
伏せた瞬間、砂の山が砕け散った。
**ズドォンッ!!**
「……っ、来たわね……!」
弾速、角度、衝撃。
あれは間違いなく **.338ラプアマグナム級**。
私と同クラスの武装。つまり――
**敵もプロの狙撃手。**
胸の高鳴りが、恐怖か興奮か分からなくなる。
私は体を砂の中に半分埋めるように潜ませる。
風向き、距離、温度、揺らぎ――
すべて頭の中で計算する。
(距離は……約1,400m。
スコープの反射位置、岩棚の上。)
先に撃ったら負ける。
向こうは私が動くのを待っている。
スモークを投げても、熟練の狙撃手には意味がない。
煙の揺らぎだけで射線を読む連中だ。
(……さて、どう料理しようかしら)
私は腹ばいのまま、砂に肘を沈めた。
風速4m。
湿度は低い。
温度差による砂の揺らぎを読めば、必ず “見える”。
じわり、とスコープを覗き込む。
砂の粒子が漂う動き。
熱でゆらめき歪む空気。
その奥で、一瞬だけ……影が動いた。
「――そこ」
**パンッ!**
撃った瞬間、敵の弾が私の頬を掠めた。
耳鳴り。
砂が舞う。
ほぼ同時発射。
お互いわずかに外した。
「ふふ……やるじゃないの」
頬についた血を指で拭う。
こんなので怯むかっての。
■敵が本気を出す
次の瞬間、敵は射線を変えて撃ってきた。
まるで “私が移動するタイミングを読んだかのように。
(読み合いね)
私はスモークを一本だけ、あえて“遅れて”投げる。
煙が広がる直前、私は横へ大きく転がった。
そこへ敵弾。
**ズガァッ!!**
さっきまで私がいた地点が深く抉れる。
「読んでたわね……でも」
私は、真正面へは動いていない。
敵はスモークの広がりを追ってくる。
そこへ、私のTAC-338の照準がピタリと整った。
スコープの先。
岩棚の上――
黒い布が *ひるがえる。*
(いた…!)
神業狙撃 —— 一瞬の決着
風速、温度、目標の頭の位置。
全部が “揃った”。
引き金に指を置く。
心臓の鼓動が静かになる。
(いける…今なら、確実に落とせる)
「――さようなら」
**ズドンッ!!**
TAC-338が唸り、反動が肩を打つ。
弾丸は一直線に伸びていく。
風が止んだように感じた。
一秒後――
**敵のスコープが粉々に砕け、
その後ろの影が、岩棚から崩れ落ちた。**
沈黙。
砂漠の風が戻る。
「……ふぅっ、終わった……」
汗が背中を流れる。
胸が高鳴り続けていた。
■現場確認
私は敵が落ちた地点まで慎重に向かう。
岩の下に転がったのは、まだ若い男の狙撃手だった。
手には高性能の .338 狙撃銃。
スコープには私の弾の貫通跡。
私はそっと目を閉じた。
「…あなたの腕は見事だった。
だけど、私の方が少し上だったわ」
風がまた吹き、砂が死体を覆い始める。
■帰路
任務完了の報告を入れたあと、私は砂丘の影に腰を下ろした。
遠くで砂嵐の音が鳴っている。
空を見上げる。
頬を掠った傷が少し痛む。
けれど胸の奥は不思議と静かだった。
私はスコープ越しの勝負が嫌いじゃない。
命を賭けた読み合い――
それは、この世界で唯一、私が“生きている”と実感できる瞬間だから。
「さて…帰ろうか」
砂を払い、TAC-338を担ぐ。
マリアの長い一日が静かに終わった。
『挑戦』
◆マリア視点
風が砂を巻き上げ、物音ひとつしない静かな場所。
ジャッカルがいた。
片手で赤いリンゴを持ち、ただひたすら凝視している。
(またリンゴ…なんで毎回あれなのよ)
私は足音を殺して近づいたつもりだが、
彼はリンゴから目も離さず、呆れたように言った。
「……来たな、乳のデカい女」
「はぁ?! なんでバレてんのよ!」
「気配と、影の形で分かる。あと…胸の重さで歩幅が分かる」
「最後のいらない!!」
むかっときた。
どうせなら名前で呼んでほしい。
そんな矛盾した気持ちを押し殺し、私は腰のナイフを抜いた。
「……なら、勝負しなさいよジャッカル。
ナイフで。模擬戦。
私が勝つ!」
彼はリンゴの表面を指で軽く弾き、ようやく視線を私へ向ける。
「……本気か?」
「えぇ、本気よ」
少しだけ間があき──
ジャッカルは静かにナイフを抜いた。
「じゃあ条件だ。
お前が勝ったら…付き合ってやろう。
俺が勝ったら──」
風が止まり、彼の声が低く響く。
「…付きまとうのをやめろ。」
胸がドクン、と跳ねた。
「な、なにそれ…酷くない!?」
「嫌ならやめればいい」
挑発。
でも私は引く気なんてなかった。
「上等よ……乗ってあげる!」
二人が構えた瞬間――
空気が張り詰める。
◆死闘のナイフ模擬戦
砂が舞い、刃が閃く。
金属が擦れる鋭い音。
私は全力で踏み込み、彼の胸部へ斜めに斬り込む。
ジャッカルは紙一重でかわし、そのまま私の手首を取ろうとする。
「ちっ……!」
私は腕を回して逆関節を狙う。
だが次の瞬間、彼の姿がブレた。
(速い……!)
風を切る音が背後で鳴る。
振り返るより早く、刃が私の喉元へ滑り込んでいた。
「…終わりだ」
息が止まった。
次の瞬間、私は膝が少し緩むのを感じていた。
負けた。
完全に。
でも、悔しさより先に胸が熱くなる。
「……好きにして……」
ジャッカルは微かに眉を動かした。
だが、すぐに興味を失ったようにナイフを下ろす。
そして──
「……リンゴが腐る」
ガン無視して、またリンゴをじっと見つめ出した。
そのまま影のように、風のように姿を消す。
(な、なんなのよあの男……!)
胸の奥がチリチリと熱くて、私は思わず頬に手を当てた。
◆陽菜視点
基地に戻る途中、道中に違和感があった。
「…なんだこれ、砂がえらい舞ってるな」
近づくと、マリアが妙にぽわんとした顔で座り込んでいた。
首にはうっすら赤いライン。
目が…なんか幸せそう。
「お、おいマリア…? 何があったんだよ…?」
マリアは俺の顔を見て、やけに緩んだ笑みを向けた。
「陽菜ぁ…私……また負けちゃった…」
「負けた!? 何に!? 誰に!? なんでそんな顔してんの!?」
「ジャッカルに……ナイフ勝負。
首にナイフ……あぁ……強かった…」
「やめろ! 俺に言うな! なんだそのトロ顔!」
俺は思わず二歩下がった。
この女、砂漠で狙撃戦してる時より危険な顔してる。
「…お前、ほんと…なんなんだよ」
「好きなのよ…」
「聞きたくなかったッ!!」
俺は頭を抱えた。
マリアは見たこともないくらい幸せそうで、
正直、戦場より危険だった。
砂漠の道中。
再び情報屋(ジャッカル)が姿を見せる。
市場で買い物を終えた
帰りみたいだ。
ジャッカルはまたリンゴを凝視していた。
「…今度こそ勝つからね」
マリアが遠くからそう呟く。
俺は心底うんざりしながらも、
あの二人ならまた、刃と刃の間に奇妙なドラマを作るんだろうと思った。
(…頼むから俺を巻き込むなよ)
風が吹く。
リンゴが赤く煌めく。
ジャッカルは相変わらず、誰にも気づかれない動きで姿を消した。
任務内容は単純だった。
敵拠点の補給ルートを断ち、装備を押収して帰還する──はずだった。
だが、砂漠の廃村に入った瞬間、
俺は“あの気配”に気づいた。
背中に刺さるような鋭い視線。
(……また賞金稼ぎかよ)
ここ最近、俺の首に懸けられてる賞金が跳ね上がってる。
狙われるのは慣れっこだが──
今回の“気配”は質が違った。
土壁の陰から銃を構えた瞬間、耳元に低い声が落ちた。
「遅い」
「ッ!?」
反射で前に跳んだ。
背中に冷汗が走る。
数秒前まで後方には誰もいなかった。
なのに今の声は真正面でも真横でもなく──
**真後ろ**。
砂埃が舞う。
振り返ると、白い口髭をたくわえた老人が立っていた。
背筋は伸び、瞳は濁り一つない灰色。
軍服でも民兵の格好でもない、砂漠らしい薄い布の上着。
だが、その右手には黒い **SIG P226**、
腰には巨大な **ククリ刀**。
(なんだこのジジイ……気配がまったく読めねぇ)
老人は銃を向けてこない。
ただ、俺の動きを観察するように瞳を細める。
◆逃走と“瞬間移動のような追尾”
「逃げるか」
その一言に、俺の体が勝手に動いた。
路地を曲がり、瓦礫を越え、
崩れた壁を飛び越して距離を取る。
はずだった。
呼吸を整えて後ろを確認すると──
そこに、**さっきと同じ距離で老人が立っている**。
「嘘だろ!?」
俺は即座にAK74を構え連射。
老人は撃たれる瞬間に姿を消す。
弾丸が壁を砕き、砂が降りかかる。
(消えた……?)
後ろから息がかかった。
「足音が重い」
「ちっ……!」
反射で振り向きざまにM9を抜き、引き金を引く。
銃口は老人の眉間に向く──はずだった。
だがそこには誰もいない。
代わりに、俺の背中にククリの冷たい刃がそっと触れた。
「まだだ」
老人の低い声が落ちる。
殺しにきていない。
完全に取っているのに、仕留めない。
(本気で殺す気なら、さっきの時点で終わってた……
なんでだ……なんで殺さない……?)
◆三度目の追い込み
路地を抜けた瞬間、老人はまた姿を消す。
砂漠の風が吹く。
その風が止んだ瞬間、俺の背後に影が落ちた。
「また背中をむけるな」
老人が囁く。
まるで師範が弟子にダメ出しするみたいだった。
「………っざけんな!」
俺は振り返りざま火炎瓶を地面に投げつけた。
爆炎が上がり、視界を奪った──
のに、
老人は炎の向こうで、まったく動揺せず佇んでいた。
ククリの刃が橙色の光を反射している。
(こえぇ…!
見えてるのか? 炎の中で?)
距離は10メートル。
逃げる隙間すらない。
老人はP226を静かに向けてきた。
唾を飲む。
この距離、この姿勢、仕留めるだけなら一瞬。
だが──
引き金を引かない。
なぜだ。
◆問い
俺は息を整え、震えを抑え、声を絞り出した。
「……なんでだよ」
老人の灰色の瞳がわずかに揺れた。
「ん?」
「なんで殺さねぇんだ。
追いかけ回しやがって、何回も背中取って…
本気なら俺なんてとっくに死んでる」
老人は静かにP226を下ろした。
そして――
まるで時間を巻き戻すようなゆっくりとした動作で、
俺をじっと見つめた。
「お前の動き…あの男に似ていた」
「あの男?」
老人はわずかに目を細め、遠い昔を見る目になった。
「黒崎…健太
かつて俺が唯一追い詰められなかった傭兵だ」
心臓が跳ねた。
(黒崎健太……父さんの知り合い……?
それとも宿敵……?)
老人は続ける。
「お前の立てる砂の音、呼吸の癖、反応速度……
あの男を思い出した。
殺すのは惜しいと思っただけだ」
「…」
「それに──」
老人の雰囲気がさらに鋭くなる。
「俺は“依頼”で人を殺すが、
気に入った奴は一度だけチャンスをやる主義でね」
(気に入った……? 俺を……?)
「次に会った時……
まだ…いや…。
だが逃げ切れたら──」
炎が消え、煙が薄れた中で老人が微笑んだ。
心臓が跳ねた。
理解が追いつかない。
俺が言葉を返す前に、
老人は砂の風に紛れるように姿を消した。
◆エピローグ
残ったのは砂の匂いと、焦げた火炎瓶の破片だけ。
「……なんなんだよ、あのジジイ……」
息が震えた。
恐怖なのか、興奮なのか、自分でもわからない。
ただ一つわかるのは──
次に会ったら死ぬ?
『三代の影 ― ジャッカルの祖父と黒崎家の血』
◆荒野の帰路
任務は完了した。
敵の補給トラックを爆破し、残党を散らした。
あとは基地に戻るだけ──
だったはずなのに。
風のない砂漠に、ひとつの影が立っていた。
例の老人傭兵だ。
灰色の瞳は相変わらず濁りひとつなく、
SIG P226が腰で揺れている。
ククリの刃には、乾いた砂が薄く張り付いているだけ。
(また会っちまった…)
俺はAK74をゆっくり構えた。
だが老人は、殺気も敵意も見せない。
「……今日も背中を開けているな、お前は」
あの淡々とした声。
背筋が粟立つ。
「今度こそ、仕留める気か?」
老人は首を横に振った。
「いや。今日は違う」
そう言った瞬間──
背後に、砂がわずかに動いた。
聞き慣れた低い声が落ちる。
「……遅いな、Mrs陽菜」
「ジャッカル…!」
アフガンストールで顔を覆った姿。
肩にはシルバーモデルのデザートイーグル、
腰には投げナイフ。
いつも通りの無駄のない気配。
ジャッカルは老人を見るや、珍しく目を細めた。
「…じじぃ」
俺は思わず二度見した。
「祖父!?」
老人は溜息をついた。
「ジジイとは失礼だな。
まあ…事実だが」
ジャッカルが俺にだけ聞こえる程度の声で言う。
「Mrs陽菜。この老人は“ただの賞金稼ぎ”ではない」
「…だろうな」
俺は呆然と老人を見る。
ジャッカルは武器を抜かない。
むしろ少しだけ…警戒しているようにも見えた。
◆老人の告白
老人は砂を踏みしめ、俺とジャッカルの中間に立つ。
「お前を仕留めなかった理由──
それを今日、話しに来た」
俺は喉が渇くのを感じた。
「俺の父のこと? 黒崎健太のことか?」
老人は灰色の瞳を細め、頷いた。
「知っていた。
お前が“黒崎健太の娘”である事は最初からな」
(…やっぱりバレてたのか)
「なぜ知っていた?」
「健太とは、古い縁がある。
俺は何度もあいつと戦場を共にした。
あれほどの男は、後にも先にもいない」
老人の表情が、わずかに懐かしさを帯びる。
「ある日、健太に娘が産まれたと聞いた。
“あの子はきっと、とんでもなく強くなる”と
笑っていた」
俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。
ちゃんと話してみたい。
ちゃんと
父の顔を見て確かめたい。
そう思ったことは何度もあった。
老人は続ける。
「だから、お前が標的と知った時……
迷いはした。
だが“殺せ”という依頼も受けていた」
「じゃあなんで…」
「──“孫”が守るべき相手だと知ったからだ」
俺は息を呑む。
ジャッカルは沈黙している。
老人はジャッカルを顎で示す。
「こいつは、健太が
唯一育て上げた“弟子”だ。
あいつは言っていた。
“この子はいつか、俺の娘の命を守る役目になる”とな」
俺の胸が大きく鼓動する。
ジャッカルは少しだけ目を逸らした。
「だから殺さなかったのか…」
老人は頷き、ため息をつく。
「本来なら、俺が殺すべきだった。
だが…お前は生きていた。
健太の娘らしく、しぶとく、強くなっていた」
それから老人はゆっくり背を向けた。
「もうお前を狙う理由はない。
これからは、孫に任せる」
老人の姿が砂の向こうに溶けていく。
そして最後に、
振り返りもせず呟いた。
「──死ぬなよ、陽菜。
あいつ(健太)に合わせる顔がない」
砂漠を渡る風が、老人の姿を消した。
◆陽菜とジャッカル
ジャッカルは俺を見た。
その声は、いつもの無機質さではなく
どこか…少しだけ柔らかかった。
「Mrs陽菜。怪我は?」
「大したことはねぇよ。
驚いたぜ。祖父だったとはな」
ジャッカルは淡々と答える。
「血縁であっても、尊敬する相手は少ない。
だが…祖父(じじぃ)は強い」
「ああ、知ってる。身に染みてな」
ジャッカルはふっと息を吐いた。
「Mrs陽菜。
これからは──祖父ではなく、俺が守る」
「…急に真面目だな」
「俺は常に真面目だ」
その言葉に、俺は思わず笑った。
こんな砂漠で、
こんな血の匂いの中で、
笑うなんて思ってもなかった。
ジャッカルは俺の方を見ず、いつものように砂を踏んだ。
「戻るぞ。Mrs陽菜」
「おう」
俺たちは砂漠の夕日を背に、帰路につく。
背後で消えた老人の影は──
どこか、温かかった。
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