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僕が自分の世界を
「普通」だと思っていた頃、
そこにはちゃんと音があった。
チャイムのけたたましさ。
廊下を走る足音。
教室で飛び交う、どうでもいい会話。
そして、その中に若井の声もあった。
三人は、いつも一緒だった。
二つ上の先輩、涼ちゃん。
同級生の若井。
そして、僕。
不思議な組み合わせだと、 周りからはよく言われた。
でも、三人にとってはそれが自然だった。
涼ちゃんは距離の取り方がうまくて、
若井は距離を詰めるのがうまい。
僕は、その真ん中にいた。
「ねぇ元貴、次の授業なんだっけ?」
若井が振り向いて聞く。
少し高めで、明るい声
「英語」
僕は短く答える。
「やば。寝るわ」
涼ちゃんが笑う。
「寝るな。先生うるさいよ 笑」
そんな会話が、毎日あった。
その声は、全部聞こえていた。
この頃の僕は、まだ何も失っていなかった。
無音病のことは、知っていた。
生まれつき、というほどではないが、
小さい頃から医者に言われていた。
「特定の感情が強くなると、
聴覚に影響が出る可能性がある」
特定の感情――恋愛感情。
好きになった相手の声が、
少しずつ聞こえなくなる病気。
だから僕は、
誰かを「好き」にならないように生きてきた。
憧れは、持たない。
期待もしない。
一線を越えない。
そのはずだった。
変化は、静かに始まった。
ある日の放課後。
涼ちゃんが部活で先に帰り
僕と若井だけが残った。
夕方の教室は、少しだけ世界が狭くなる。
「なあ元貴」
若井が、机に腰掛けて言った。
「元貴ってさ、俺のことどう思ってる?」
唐突すぎて、僕は一瞬固まった。
「……どうって」
「そのまんまの意味」
若井は笑っている。
軽いノリ。冗談。
そう見えた。
でも、なぜか心臓がうるさかった。
「友達、だろ」
僕はそう答えた。
「だよな」
若井は安心したように頷く。
その瞬間――
若井の声が、ほんのわずかに遠のいた。
(……え?)
聞こえないほどじゃない。
ただ、輪郭が曖昧になった気がした。
僕は、背筋が冷えた。