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否定した。
気のせいだ。
疲れているだけ。
そう言い聞かせた。
でも、それからだった。
若井の声だけが
聞き取りづらくなる瞬間が増えた。
笑い声の一部。
語尾。
小さな相槌。
涼ちゃんの声は、はっきり聞こえる。
先生の声も、雑音も。
――若井だけ。
「元貴?」
若井が名前を呼ぶ。
僕は一拍遅れて顔を上げる。
「……なに?」
「聞いてなかっただろ」
僕は、否定できなかった。
涼ちゃんは、すぐに気づいた。
「最近、若井の話、聞き返しすぎ」
放課後、三人で歩きながら、涼ちゃんが言う。
「疲れてるんじゃない?」
若井がフォローする。
僕は、曖昧に笑った。
涼ちゃんの視線が、少しだけ鋭くなる。
決定的だったのは、
僕が“自覚”してしまった夜だった。
布団に入って、目を閉じたとき、
浮かんできたのは若井の顔だった。
声じゃない。
笑い方。
目の形。
近づいたときの距離。
(……あ)
心臓が、落ちた。
同時に、
「もう戻れない」と分かってしまった。
翌日、若井の声は、はっきりと聞こえなかった。
内容は分かる。
でも、音として入ってこない。
口の動きで、理解する。
(始まった)
僕は、悟った。
無音病は、感情に正直だ。
逃げ場はない。
涼ちゃんは、僕を校舎裏に連れ出した。
「……なに?」
「無音病でしょ」
即答だった。
僕は、何も言えなかった。
なぜ知っているのか、聞きたかった。
「……若井かぁ、」
僕は、ゆっくり頷いた。
涼ちゃんは、深く息を吐く。
「最悪だね」
責める声じゃなかった。
辛いね、の意味を持つ同情だった。
現実を見ている声だった。
「どうするの」
「……離れる」
即答だった。
それしか、選択肢がない。
僕は、距離を取り始めた。
隣に立たない。
話を振られても短く返す。
涼ちゃんを間に挟む。
若井は、混乱した。
「俺、嫌われた?」
その口の動きが、痛い。
僕は、首を振る。
「違う」
――違う。でも、正しい。
涼ちゃんは、二人の間に立ち続けた。
僕の秘密を守りながら、
若井の心が壊れないように。
それが、どれだけ残酷か知りながら。