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「冥府までたどり着いたんじゃない?」とネドマリアは暗闇を眺めながら言う。

「諸説ありますけど」と前置きしてベルニージュは語る。「道なき道を行く者シュードナーの『彷徨記』によると霊峰ケイパロンを裏返した頂に存在するとされていますし、黎明鳥サラナガラ姫救命戦争の生き残りの証言によると最も深い海底に門があるそうです。どちらにしてももっと深くですね」


ネドマリアは感心したように言う。「『彷徨記』を読んでるのは意外だね。あれは物語でしょう?」

「ユカリのおすすめだそうです」

「そうなんだ? 知らなかった。でもそれはあんまり意外じゃない。もっと語れることあったんだなあ」とネドマリアは感慨深そうに言う。


ベルニージュは背嚢から魔導書を取り出す。


「かなり広そうです。とりあえず全体を照らしてみますね」


ベルニージュは炎の巨人を生み出す。馬が後ろの足で立ち上がった程度の大きさだ。それでも広間を照らし出すには不十分だ。さらに毛長馬が立ちあがった高さ、象が立ち上がったくらいの巨大さまで膨らませるがまだ足りない。そしてとうとうマグラガ市の風車の如き巨大な炎の巨人が熾され、天井から壁の隅々まで照らし出す。その巨大な空間はこれまでの円筒の広間と違い、均整の取れた直方体だった。他にも螺旋階段が十本、計十一本ある。


そして唸り声の主がその正体を現す。それはこの地下墓地で見たどの墓荒しよりも奇態な姿をしている黄ばんだ髑髏だ。基本的には人間の形をしている。頭があり、腕があり、足がある。

しかしそれらが複数あるもの。偏って大きいもの、小さいもの、長いもの、短いもの。翼の骨格や角のあるもの。そして部分だけでなく、全身を見ても人間の何倍もの大きさだ。それらが三十数体、広間のあちこちで古い眠りから目を覚まし、関節を軋ませながらゆっくりと身を起こす。


「すごい。巨人の骸、ですよね?」とベルニージュは紅の瞳に好奇心を輝かせて言う。「ワタシ完全なものは初めて見ました。それに動いてるのも。巨人の骸って動くんですね。どうやってるんだろう」

「私も。複製は見たことあるけど。こんなところにこんなにも沢山。大発見だよ。でも普通は動かないよ」言葉とは裏腹にネドマリアは淡々と言った。


ベルニージュは炎の巨人の腕をかざして明かりを投げ掛けさせて言う。「でも何で女神パデラの領域の下に巨人の骸が?」

「さあ。巨人の遺跡は珍しいけど、環境を選ばず色々な場所で発見されるからね。なぜそこにあるのか判明している遺跡なんて一つもない。でも幸運だよ、数多くあるわけではないもの。巨人は専門じゃないけど」

「あまり歓迎してくれそうな雰囲気ではないですよ」


巨人の骸たちはゆっくりと起き上がり、侵入者二人の方に暗く虚ろな眼窩を向ける。


「でも炎の巨人で蹴散らせるでしょ?」とネドマリアは無体なことを言う。

「いや、蹴散らさないですよ。勿体ない。大発見なんですから」


巨人の骸たちが獲物に集る蟻のように一斉に群がってきた。


「じゃあどうするの!?」と言うネドマリアは焦りを見せる。

「ネドマリアさんはあれを迷わせられないんですか!?」

「どう見てもただの操り人形だよ! 操っている元を迷わせないといけないけど、たぶんこの地下墓地そのものが本体だよ! 簡単にはいかない!」

「じゃあ逃げながら考えましょう!」


二人は来た道を戻る。長い長い螺旋階段を駆け上がる。巨人の骸たちには窮屈なはずだが、今や肉のない骨だけの巨人たちは身を捩らせて上って来た。


「上り切ったら螺旋階段を下ろす!?」とネドマリアが叫んで尋ねる。

ベルニージュも息を切らせて叫び返す。「最悪の場合は! でも出来ればこの広間から先に進みたいです! 通路がありました!」

「尊敬するよ! その飽くなき探求心!」と言ってネドマリアは苦しそうに笑う。「分かった! 最初に見つけた行き止まりの広間に閉じ込めよう! 封印を組み上げるから時間を稼いで!」

「分かりました!」


ベルニージュが先に上り切り、入った時に勝手に閉じた壁を爆ぜる炎で吹き飛ばす。その時にベルニージュはいくつかの砂になった壁の破片を拾い、その破砕した呪文を新たな呪文で繋ぎなおす。

二人は通路を通り抜け、次の次の広間で二手に分かれた。ベルニージュが拾った砂壁の破片をネドマリアの逃げ込んだ通路に投げ入れると、不完全ながら砂壁を形成し、そちらへの通路が塞がれる。いくつかの巨人はその壁を掘り進もうとしたが、すぐにベルニージュに標的を移した。近くにいる者を狙うだけの単純な魔法だ。


巨人の骸たちは唯一となった獲物、ベルニージュを追ってくる。

侵入者を追ってどうするのか、とベルニージュは考える。捕らえる? 殺す? 食べる? それを知るためにこそ襲い来る標本をできるだけ完全な状態で保存しなければならない。自分のために、以後ここを訪れる探求心を持つ全ての魔法使いたちのために。


巨人の骸たちの足はそれほど速くないうえに、狭い通路を通る時に仲間を押しのけて進もうとするのでちゃんと追ってくるように見張らなくてはならなかった。

試しに砂壁の破片に拘束の呪詛を付け加え、追ってくる巨人の先頭の一体の足元に投げつける。すると破片の周囲に砂が集まり、囚人の足枷の如く巨人の両足を拘束した。先陣を切っていた巨人は倒れ、何体かを巻きこみ、殿しんがりへと下がる。が、もちろん時間稼ぎ以上の何にもならない。


通った通路と広間は全て覚えているので、ネドマリアが封印を用意している部屋まで最長距離・・・・になるように遠回りで逃げる。


ふと、大変な、そしてくだらない間違いを犯したことに気づいて振り返る。足枷をつけた巨人の骸が追ってきていない。より近くの侵入者を追いかけるのだから当然だ。遠くへ逃げたベルニージュではなく、ネドマリアの方を感知して追ってしまったのだ。


ベルニージュは追ってくる巨人たちを引き離し、予定していた逃走経路を放棄し、足枷の巨人を探す。もう一度引き付けて、自身の体力の限界を考慮しつつ逃げなくてはならない。どこで見つかるかも重要だ。通路を通り抜け、広間を通り過ぎる度に頭の中の計画を更新する。


通路の向こうに足枷の巨人を見つける。さっきと違って腕を使って這いずっている。しかし八本もあるために腕だけとは思えない速さだった。むしろ拘束前より加速しているかもしれない。

はぐれ巨人は今まさに別の通路へ入って行くところだった。その先にネドマリアの居る広間がある。


ネドマリアの慌てふためくような悲鳴が聞こえる「ベルニージュ!? 早くない!?」


通路のさらに向こうの行き止まりの広間で、ネドマリアが巨人の手から逃れようと飛び跳ね転げまわっていたが、最後にはその八つの手に捕まる。ベルニージュはやむを得ないと判断し、巨人の骸に炎の巨人をけしかけて粉砕した。資料はまだまだ追ってくる。


「封印は!?」とベルニージュは尋ねる。

「出来てる、というかもう封印されてる」とネドマリアは言った。

「え?」とベルニージュは聞き返す。


この広間へ近づいている巨人たちの地響きで聞き間違えたのかと思った。


「簡単に入れるけど、簡単に出られない鼠返しの封印だからね」とネドマリアは得意そうに胸を張って言った。「慌てて逃げ込んじゃったけど」

「どうやって中に誘き寄せるつもりだったんですか!?」

「それは、まあ、一緒に考えようかな、と」


ベルニージュはため息を呑み込んで今すべきことを考える。


「とにかく一旦封印を解きましょう」

「簡単に作れて簡単に解けないからこの封印を選んだんだよ」


かといって破壊するのは最終手段だ。落盤する可能性もある。

ベルニージュは周囲を見渡すが、最初にこの行き止まりを見つけた時と何も変わらない。円形で、行き止まりだ。このような広間を十と一つ見つけた。最後に見つけた広間だけが入ってきた入り口を閉鎖され、最深部への螺旋階段が用意されていたのだ。

そこでベルニージュは考えを否む。螺旋階段もまた沢山あった。十一本だ。行き止まりの広間と同じ数だ。ベルニージュは広間の中心に駆け寄り、右足、右足、左足の順に踏みつける。円形の石床がせり上がり始める。

ベルニージュとネドマリアは螺旋階段に飛び込む。


「これ、どうやって閉じるんですか!? このままじゃ振り出しに戻りますよ!」


とうとう巨人の骸たちが広間にやってきて、歪な体を押しのけ合い、擦り合わせるような不快な音を立てながら通路に踊り込んでくる。


「任せて」と言ってネドマリアが左足、左足、右足の順に床を踏むと、再び螺旋階段は閉じ始めた。


巨人の骸たちも一体、また一体と鼠返しの空間に封印されているとも知らず、螺旋階段の方へ殺到する。が、間一髪のところで螺旋階段は閉じ切った。巨人が伸ばした小指の先が一本隙間に挟まれ、ぶつんと派手な音を立てて断ち切られた。しばらく動いていた小指の先も生命を失ったように沈黙した。ベルニージュはそれを記念に拾う。


巨人の骸の暴れる音が聞こえる閉じた天井を見上げてベルニージュは言う。「鼠返しの封印、壊れちゃってません?」

「大丈夫、だと思う」と言ってネドマリアは階段を降りていく。


そうして二人は再び、地下墓地深部、直方体の広間へと戻って来た。明かり代わりの炎の巨人をもう一度熾す。念のために広間全体を照らすが、もう一体も巨人の骸はいない。


「いや、本当に助かったよ。ベルニージュ。危うく握り潰されるところだった」ネドマリアはベルニージュの手を握って言う。

「いえ、それはワタシの失敗が原因なので感謝されるには及びません」


仮に足枷の失敗がなくても、鼠返しの封印へ誘き寄せる方法が思いつかずに失敗したかもしれないが、それは言わずにおく。


「これを受け取ってよ。売れる品物じゃないけど、私からの礼と親愛の証ってことで」


そう言ってネドマリアは首にかけていた二つの石飾りの内の一つをベルニージュに握らせる。群青色の石に金工象嵌でネドマリアの名が施されている。


「大切な物じゃないんですか?」

「大切な物だからだよ」


悪い気はしない。ネドマリアのための温かで居心地のいい庭園がベルニージュの心の内に生まれていたからだ。


「分かりました。大切にします」ベルニージュはその石飾りを、蝶の蝋飾りと共に首にかける。「さあ、行きましょう。古の秘密を暴きに」


ベルニージュとネドマリアは、この広い広間にある螺旋階段を除くと唯一の出入り口へ向かう。通路ではない。最奥の部屋は隣接していた。

遥かに狭い部屋で、まるで祭壇のようになっている。古い時代の装飾品や既に枯れた花が捧げられ、その祭壇に奉られているものにベルニージュとネドマリアは見入る。

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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