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「食事、どうする? 」
そう聞くと、珍しく即答してきた。
「あの、初めて会った時に行ったとこ! 」
「ああ、いいね。何ならホテルも取れば良かったな」
「それは、いいよ。誰に見られるか分からないし。それに……そんなにしょっちゅう泊まるとこでも、ないよ」
誰かに見られるというのは……まだこの前の事を気にしてるのかもしれない。
食べて、飲んで、笑う。
この日は妙に明るかった。区切りがついたと言った。ずっと忙しいって言ってたな。
「俺も……時間取るようにする。もう少し」
そう言うと、やっぱりちょっと引っかかるものの嬉しそうに微笑んだ。
「今日も泊まって行くだろ?」
俺の言葉に頷いた。
「でも、朝帰るね」
この日すら、そう言う。確かに家はすぐそこだ。じゃあ、先に荷物取って来させれば良かった。
「ああ、まぁ、そうだな。じゃあ、一旦帰ってから出かけるか。ピクニックでも」
「あはは! 清水部長のピクニック!めちゃめちゃお父さん感でる!」
お父さん……まぁ、なっててもおかしくない歳だ。でも、俺の歳ならせいぜい小学生前くらいの子……まぁ、いいか。
「……悪かったな、老けてて」
「そんなところも、大好き」
そう言って、彼女から唇を合わせてくる。
「珍しいな、湊が……」
何度も。何度も。せがむように。そして、何度も好きだと俺の腕の中で言った。湊が好きだと言ったのは、初めてだった。
「知らないもの、私。あなたの名前も」
そう言われて、気付いた。
あの時、吉良君が呼んだのをお互いそのままに今日まで来た。慣れてしまっていた。彼女から“清水部長”そう呼ばれる事に。会社で、そう呼ばれる事に違和感がないように……。
だけど湊は俺の部下でも……あの会社の社員でもない。全く、関係がないのだ。俺の恋人だ。
それなのに……
誰も呼ばないように、呼んで欲しかった。
「俊之、……好き」
「うん、俺もだよ。湊」
笑っているのに、泣き顔のような湊にそう言った。頼りなく細いその肩を儚さに抱き締める。その日も彼女を抱いて眠った。
朝起きると何時ものように、彼女は俺の隣にいなかった。すぐ側で、俺を見下ろす顔に安堵する。
そうか、今日は土曜だ。1日一緒に居られるんだったな。
時計を見ると……9時。
「何だよ、起こせよ」
「着替えたら、戻るね」
一人言のように言う。
「今日で9回目。あれ? 昨日で? だから今日は10回……」
「何のカウントだよ、単純にシた回数ならもうちょっと……」
そう言って、ベッドに押し倒した。
「もう、朝から!」
「はは、数えるからだ。増やしてやろうかと……」
「これ以上、増やしません!」
……。増やさない?違和感のある言葉。
「み……」
口を開こうとした時
楽しい時間にコール音が響く。休み関係なく、かけてくる。一応気を遣ったのか9時以降だ。
下着だけの状態で電話を取った。
「帰るね」
「ああ、後で」
湊の、唇が動いたが、なんて言ったのか……。
電話しながら、玄関まで送った。そこでも抱きついてくる。電話の相手に断りを入れ待たせると、そのまま抱き締めた。
何だろう、後でいいのに、そのまま抱き合った。
「俊之、大好き」
そう言ってキスをせがむ。
「今日で、最後」
そう言うと……身体を離し、にっこり笑った。
「え? 湊、何だ? 」
笑顔を作ったまま。
「ありがとう」
そう言った。綺麗な笑顔。引き留めたくなるような綺麗な綺麗な……儚い笑顔だった。
何、何だ?
すぐに追いかければ良かった。だけど、電話中で……服も着ていなかった。電話が終わった頃には15分程経っていた。
何だ?
様子がおかしかった。家を出て、湊の家へすぐに到着した。
少し開いたままのドア。開けると……空の……部屋。中に施された……緩衝材や清掃の形跡。今しがた業者が出入りして鍵が開いてるのだろう。人は住んでいない。湊は引っ越したところって……言っていた。
住人らしい人に不審な目で見られる。
「ここの部屋は……」
「ああ、先月引っ越されましたよ」
先月……先月?俺がここへ来て、すぐだ。
その場で電話を掛けた。……電源が入っていない。それから、何度もコールする。こちらの充電がなくなるほどに。
出かける約束は……その日、果たされる事はなかった。
思い返せば、初めて会った日から、湊は俺と……続ける気はなかった。
それが、なぜなのかは分からなかったが。
YESともNOとも言わなかった。一夜を過ごす時も、彼女だと……言った夜も。
言わなかった。どちらとも。
何も知らなかった。その事をこうなって痛感する。携帯番号も。会社の場所も。自宅も。
彼女の……苗字さえも。
ただ、俺を好きだと言った、彼女の気持ちは疑いようが、なかったのに。
湊。
知っているのは、その名前だけだ。
偶然、近くに越したわけじゃない。偶然、近くだった家を越したのだ。
俺から、離れる為に。
『いい。明るくなってるし、電車も動いてる。送ってると遅刻しちゃうでしょ。部長』
あの日、そう言った。……そこに、家があるのに。教える気がなかったんだ。本当は。
引っ越しが決まったから、教えた。携帯も、家も。嘘をついてまで。
そこまでして、こんな最後を迎えないといけない理由が分からなかった。
他の女を口説いていた事が彼女に伝わったのは……今週。
彼女が引っ越したのは先月。だとすると、理由はそれじゃない。心変わりなら、そう言えばいい。
ここまで……何だよ。
ソファーに腰掛け、頭を抱えた。何を考えてたんだ。
湊……湊との先を考えてた。その気持ちが虚しく……澱む。
好きだと言った。名前を呼んで。それは、別れの言葉だったのか。
儚い彼女は、夢か幻だったのかと思うほど何も残さなかった。俺の心の痛み以外は。
コメント
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みぅです🥀 第8話「side S」、読み終わりました……。 清水部長の視点で見ると、湊ちゃんの行動一つ一つに違和感が散りばめられてて、胸が締め付けられました。「今日で最後」って笑顔で言った湊ちゃんと、それを引き留められなかった部長の後悔が、切なすぎて……。名前も苗字も知らないまま、好きだった気持ちだけが残るラスト、すごく沁みました。 また次のエピソードも読ませてくださいね🌙
#うりさん
ろのみ🩵🫧
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おうか

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