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#パワハラ上司
#インフルエンサー
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深夜
喉の渇きと、身体の芯から湧き上がる悪寒に目が覚めた。
枕元のスマートフォンは、持ち主の眠りなどお構いなしに、絶え間なく明滅している。
通知の青い光が、暗い寝室の中で、まるで獲物を探す蛍のように不気味に揺れていた。
ふと画面に目を落とすと、アプリの表示に息が止まる。
『シンクロ率:45%』
身に覚えがない。私は何も設定をいじっていないし
アプリを開くことすらしていなかったはずなのに。
数字は確かに、確実に積み上がっている。
「……水、飲も」
私はふらつく足取りでベッドを抜け出し、洗面所へ向かった。
鏡台の前に立ち、寝ぼけた頭で冷たい蛇口をひねる。
手のひらに溜めた冷水で勢いよく顔を洗った。
滴る水滴をタオルで拭おうと、無意識に鏡を見上げた、その時だった。
「……えっ?」
心臓がドクリと、肉を叩くような重たい音を立てて跳ねた。
鏡の中に映った自分の顔。
一瞬だけ、本当に一瞬だけ、そこにいたのは自分ではなかった。
「美咲」がいた。
フィルターを通した後の、あの完璧に整いすぎた、血の通わない造形美。
私は慌てて手で顔を覆い、何度も強く目をこすって、もう一度鏡を凝視する。
そこには、酷い寝不足で目の下に青黒いクマを作り、髪を乱した、いつもの冴えない奈緒がいた。
「……気のせい、よね。きっとただの疲れだわ」
そう自分に言い聞かせ、私は自分の頬を、爪が食い込むほど強くつねってみた。
痛い。
紛れもなく、私の痛覚だ。
けれど、指先に触れる自分の肌が、妙に「滑らかすぎる」気がしてならない。
自分の皮膚が、本来持っているはずのキメや毛穴の感触ではなく
薄い膜で覆われたプラスチックか何かのように、硬質で均一な触感に変わっている気がした。
『ピコン』
静寂を切り裂く高い音。
スマホがメッセージの着信を告げる。
美咲からだった。
『奈緒、鏡見た? どんどん馴染んできてるでしょ。嬉しいな』
血の気が引いた。
どうして。
どうして美咲は、私が今この瞬間に鏡を見たことを知っているの?
私は震える指で返信を打つ。
『ねえ、美咲……なんか変なの。鏡の中に、美咲が見えた気がして』
送信ボタンを押した直後、瞬時に『既読』がついた。
『それは、奈緒が私を求めてるからだよ。鏡なんて見なくていい。スマホの中の自分だけを信じて』
彼女の言葉は甘く、それでいて逃げ場を塞ぐような強制力を持っていた。
私は何かから逃げるようにベッドへ戻り、再びスマートフォンを起動する。
カメラを向けると、そこにはまた、世界で一番美しい「私」が、完璧な笑みを浮かべていた。
「そうよね……こっちが本当の私なんだから」
私は自分自身を納得させるように、祈るような手つきでシャッターを切る。
その時、画面の端に映った私の首筋の「地肌」が一瞬だけテレビの砂嵐のようにノイズとなって歪んだ。
まるで、古い皮がペリリと剥がれ落ち
その下から、別の素材でできた新しい「面」が覗いているかのように。
私は恐怖に凍りつきながらも
その美しい画面の中に吸い込まれるようにして、再び自撮りを繰り返すしかなかった。