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18 ◇離婚というワード
夫からの2度目の誘いのチャンスを活かせなかった私は、このままじゃ
いつか離婚されてしまうかもしれないと考えるようになる。
それほどに3度目があった時のことを考えても、誘いに応じることのできる
自信がなかったのである。
この頃になると、私は離婚というワードで頭の中が支配されるようになっていった。
そして、離婚になった場合のことばかり考えるようになる。
それと共に、淳子の二度目の誘いを断った匠平に対する報復として、匠平と彼女との間で
起きた密室でのことを、彼女が自分に対してあけすけに暴露してくるのではない
かと、しばらくの間、そんなことに怯えながら暮らした。
しかし、この2か月の間、一度スーパーで遠目に淳子を見掛けたものの、
マンション内で待ち伏せされることも偶然会うこともなかった。
少なくとも自分は……。
夫はどうなのだろう。
ここのところ夫婦生活の問題でギクシャクしていることもあって、どちらから
ともなく淳子の話は一切していないから、何もないのか、はたまた一度くらい
彼女に偶然を装われて会ってしまったというようなことはあるのか分からない
けど、ひとまず会ったという話は今のところ聞いていない。
◇ ◇ ◇ ◇
圭子が昔取った杵柄で仕事を見つけたのと同じ頃、再度匠平から引っ越しを
提案された。
このまましばらく現状維持であれ、先で離婚ということであれ、淳子のような
危ない人間の側にいるのは得策ではない。
万が一娘に危害でも加えられたら、それこそ目も当てられない。
そのような理由から圭子も匠平と引っ越しの件については
足並みを揃えることにした。
引っ越せることになり、そのこと自体はちっとも嬉しいものではなかったが、心のどこかで
ほっとする自分もいた。
何もしていない自分たちの方が引っ越さなければならないというジレンマはあったが、
常識の通じないエキセントリックな淳子が相手ではそれもしようがないと……諦める
しかないのだと、自分に言い聞かせるしかなかった。
引っ越すことが決まってみれば、どうぞその日まで淳子に会わずに
済みますようにと願うばかり。
19 ◇嫌なヤツとの遭遇
最新の注意を払っていたというのに……引っ越す前にたまたまマンションの
出入り口で淳子と遭遇してしまった。
「こんにちは」と挨拶したものの同じエレベーターに乗るのが嫌でそのまま
郵便ポストを覗きに行ったのだが、何とご丁寧に淳子はエレベーターには乗らず、共用ラウンジのある場所に立って待っていた。
自分のことをわざわざ待っているのだと思うと胸がざわつき嫌悪感に苛まれた。
しかし、そこを通らずしてエレベーターに乗ること叶わず、千々に乱される心を 持て余しながら仕方なく淳子のいる方に向かい歩を進めた。
なるべく淳子の顔を見ないようにエレベーターを目指す。
そのようにして、圭子は淳子をスルーしたかったのに彼女はそれを許さなかった。
「圭子、急いでるの?」
そう淳子が自分に声を掛けてきたのだ。
「買い物してきてるので、できれば早く冷蔵庫に収納したくて……」
美紗はバギーの中で眠そうにしている。
疲れているし、買い物した肉や野菜も気になるし、娘を連れているし、それに
何より淳子とは一秒たりとも接触したくないというのが本音。
彼女に足止めされてイライラが止まらない。
「そっか、呼び止めてごめんね。ちょっと話したかったのよ」
そう言いながら彼女の方が私が立っているところまで歩いてきた。
「ねっ、先々月のことだけど……匠平くんが家に来た日のこと、何か彼から
話聞いてる?」
何を言い出すのかと思えば、この人は何が言いたいのだろう。
今の私にとってこの人は気持ち悪い人間でしかなく、嫌悪感でいっぱいだ。
「はい、電球を替えたと聞いてますけど……」
何か? と訊いてやるのも汚らわしい。
「他に何か話してな~い?」
私は考え込む振りをして言った。
「そうですね、何か言ってたかもしれませんが私余り気にしてなかったので……」
何かあったのですか? も訊いてやらないー。
20 ◇抹殺していたかも
「旦那さんって褒め上手だよね」
「……」
「淳子さんみたいな美人さんにマッサージの施術を受けれるなんて、
緊張するなぁ~ですって」
「……」
私は意図して何の反応も声に出してしなかった。
この時すでに私の顔の表情は能面だったと思う。
目力を湛え、口元の筋力といわず顔じゅうの細胞が、彼女を……
そして彼女の口から出て来る汚らしい言葉を……思い切り拒否っていたのだ。
それなのに、それだからか?
彼女は話を止めない。
「マッサージされるのが初めてだったみたいで、感極まってお願いされちゃって、それで私もつい同情してしまって……うふふ、つ・ま・り、私たちあの日合体しちゃったのよー。
でもぉ、ただの施術中の弾みだから圭子ぉ、気にしないでね」
なんというしらじらしい語り。
口に出さなくていいどうでもいい話をよくもまぁ、ペラペラと。
法律というものがなく、馬鹿で愚かな人間は殺してもいいという社会であったなら、
そして私が最強のプロレスラーの大男であったなら、目の前の悪党を捩首にて抹殺
していたかもしれない。
「へぇ~、淳子さんの仕事ってすごいなー。私には真似できないわー。
それじゃあ、ごきげんよう」
私はにこやかに言い放ち、その場を後にした。
エレベーターに乗り込み、扉が閉まり始めると私は視線を下方に向け
悪態をついた。『バぁ~カ』 淳子さん、見てる?
これが私からあなたに贈る賛辞だよ。
はぁ、子連れじゃなかったら、思い切り罵倒していたかも。
娘連れじゃあ、下手に相手を煽れなくて残念。
娘に危害が及ぶかもしれないと思うと下手なことは言えなくて。
んとに、疲れた。
はぁ~。
今の現状を払拭したくて、涙目の私は、落ち着ける我が家をひたすら目指した。
花月夜れん
2,595
#夫婦