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🫧第7話「音楽室、泡の余韻」
鏡の膜がゆっくりと震えていた。
ふたりが指先で触れた瞬間、泡はやさしく破れ、現実の光が差し込んできた。
律と聖名(みな)は音楽室に戻ってきていた。
そこには、春の空気と静かなピアノ、そして机の上に置かれた銀のスプーンがあった。
泡の世界でまとっていた衣装は消え、制服に戻っていた。
でも、ふたりの手には、夢で触れた感情の温度がまだ残っていた。
音楽室は無人だった。
窓の外で桜の花びらが舞う音が、泡の風に似ていた。
聖名(みな)はゆっくりと口を開く。
「さっきまで、泡のなかでずっと踊ってた気がする」
「でも、不思議と名前のない気持ちの方が、ちゃんと残ってるんだね」
律は静かにピアノの前に座る。
鍵盤に触れた指が、泡夢手紙で交わした記憶をなぞるように動いた。
「夢の旋律って、現実でも鳴るんだね。
君が“あなた”って呼んだ時、音が色を持った気がした」
聖名(みな)はピアノの横に座り、スプーンを手に取った。
銀の柄には、泡文字で「読まれた記憶は消えない」と刻まれていた。
ふたりは話さなかった。
言葉にしなくても、泡にならなかった感情がそこにいた。
その沈黙のなか――聖名(みな)はもう一度、律を見た。
目の奥に、泡アリスと時計うさぎの影が揺れていた。
そっと、声が浮かぶ。
「律……」
それは、泡ではなく空気の音になった。
律も答える。
「聖名(みな)……ぼくも、ちゃんとここにいるよ。
君が見てくれた夢の中でも、今の音楽室でも」
泡が割れずに残った。
ふたりの間に流れる時間は、もう夢ではなく、現実で呼吸していた。