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忘れられない
あの夜、凛が逃げた背中が焼きついて離れない。「やめろ」「兄弟だろ」――震えた声。
追いかけることもできず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
(俺は……何をしてるんだ)
弟を壊すような真似をしてまで、想いを押しつけた。
それなのに後悔より先に湧いたのは、どうしようもない渇望だった。
――もう一度、あの瞳を自分だけに向けてほしい。
罪悪感と欲望がせめぎ合い、胸を蝕んでいく。
練習に集中しても、試合に臨んでも、頭の片隅にいるのは凛の姿ばかり。
笑わない顔、真剣な瞳、そしてあの夜の怯えた表情。
(俺なんかに、あんな顔をさせたくなかったのに)
わかっている。
兄としても、選手としても、最低だ。
けれど凛を突き放すほど、余計に求めてしまう。
「凛……」
独りきりの部屋で名前を呟いては、胸の奥で血が滲むように痛む。
もしこの気持ちを完全に殺せたなら。
ただの兄弟に戻れたなら。
凛を苦しめることなく、同じ夢を追えるのに。
だが――気づいてしまった。
弟ではなく、ただひとりの存在として凛を愛していることに。
そしてその気持ちは、もう二度と消えない。
冴は目を閉じた。
暗闇の向こうに浮かぶのは、逃げていく凛の背中。
その影を追いかけたい衝動と、追ってはいけない理性に、心が軋み続けていた。