この話にはキャラの死亡表現、殺人を仄めかすような表現が含まれます。
何でも大丈夫だよという寛大な方のみ閲覧してください。
_追記_
この話は当然のように約25000文字です。
長いと思うので暇な時に読むのをお勧めします。
いつもの事ながら、長すぎて最後ら辺力尽きてますが、それに関してはごめんなさい。精進します。
拙い文章をどうかお許し下さい。
「天馬さん、この書類お願いします。」
「ああ、はい。ありがとうございます。」
同僚の女性から書類を受け取り、オレはまたパソコンに向き直った。
与えられた仕事をひたすらに淡々と、淡々とこなし、それはもう普通に生きている。
朝起きて、身支度をして、会社に向かって仕事して、そして帰って寝る。
それの繰り返し。
なんの代わり映えもない、つまらないオレの生き方。
友人と呼べるものも、特にいない。彼女や恋人ももちろんの事ながらいない。
ただ生きてるだけだ。これから先もきっと、ずっと。
一通りの仕事を終え、オレはパソコンの電源を落とした。
現在時刻は9時53分。ここから駅までは徒歩10分なので、丁度10時5分の電車に間に合う。
いつもと同じ道、いつもと同じ時間、いつもと同じ電車。
自宅の玄関を開けると同時にネクタイを外し、スーツをハンガーに掛けてそのまま風呂に直行する。
夕飯はコンビニで適当に買った弁当だ。
無音なのも気がおかしくなりそうなので、テレビをつけてみる。
政治家がどんな政策をしてるだとか、芸能人のあの人の熱愛報道だとか、今日あった事故の話だとか。
毎日毎日、そんな内容ばかりだ。
ピピピピ…
スマホの目覚ましを止め、オレはネクタイを締めた。
目覚ましが鳴る前に起きてしまうのもオレの日課だ。
今日もまた始まる。いつもの繰り返しが。
プルルルルルルル…
「…ん?」
オレは振動するスマホを手に取った。
「…母さんからだ。」
電話の主は母親だった。母親とはもう半年近く連絡も取っていない。
突然何の用だろうと、オレは通話ボタンを押した。
「…もしもし?母さん?」
『あっ、良かった!まだお仕事じゃないのね。』
懐かしい母の声に、思わず頬が緩む。
「ああ、出勤まではまだ時間があるんだ。何か用だったか?」
オレがそう問いかけると、電話の向こうが少し暗くなった気がした。
『あのね…ほら、えっと、覚えてない?神代類くん。仲良かったでしょう?』
神代類…?
もちろん聞いたことがある。
オレの幼馴染で、実を言うと密かに想いを寄せていた相手だ。
中学生までは仲良かったが、高校からは別だった。
類は頭が良かったので地元を出ていい高校に進学したらしい。
連絡先も持っていないし、あれからずっと疎遠のままだ。
「もちろん覚えてるが、それがどうかしたのか?」
電話先の母さんは少し言いづらそうにどもっている。
しばらく母さんの言葉を待っていると、ようやく口を開いた。
『亡くなったらしいの。先日。昨日、神代さんのお母さんが挨拶に来てくれてね、』
あまりに突然の訃報に、オレは思わず持っていたスマホを落としてしまいそうになった。
「亡くなった…?何故?!」
スマホをしっかりと握り直し、詳細を求める。
『えぇ、それがね…事故だって言われてるけど、殺人じゃないかとも疑われてるらしいの。転落死らしいのだけど、不可解な点が多いって…』
事故、殺人、転落死……
不穏な単語に、一瞬理解が遅れる。
すぐに飲み込めるような内容では無かった。
まだ好きかどうかと言われたら、会っていないのでなんとも言えないのが事実だが、恋しいと思っていたのも事実だ。
『それで…お葬式をするらしいの。有難いことに、招いてくださってね。こっちでやるらしいけど、司は来れそう?』
「ああ、行く。日程は?」
オレは行くと即決した。会社も有給があるし、休むのは問題ない。
『3日後らしいわ。こっちに着いたらまた連絡頂戴ね。駅まで迎えに行くから。』
「分かった。ありがとう。」
ピッ
通話終了ボタンを押し、スマホを机に置いた。
「…ふぅ、」
まだイマイチ飲み込めてはいない。
家を出なければならない時間が迫ってくる。
オレはスマホをカバンにしまい、スーツを羽織った。
「久しぶり、司。元気だった?」
駅まで迎えに来てくれた母の車に乗りこみ、近況を聞かれた。
「ああ、この通り。母さんも元気そうで良かった。」
「ええ、お父さんも元気よ。咲希も来てたんだけど、日程が合わなくてお通夜だけ参加して今日は帰っちゃったわ。」
咲希というのは妹だ。同じく家を出て、都会の方で働いているらしい。
たまに連絡をとるが、元気そうだ。
「そうか。」
葬儀場に着き、オレと母で神代さんに挨拶しに行った。
「お久しぶりです、神代さん。」
オレが見覚えのある夫婦に声をかけると、夫婦は驚いたような顔をした。
「まぁ、もしかして司くん?!久しぶり。大きくなったわねぇ!」
「背も伸びたなぁ。元気だったかい?」
昔と変わらない温かい夫婦に、少し安心感を覚える。
「はい、元気です。この度は…ご愁傷さまです。」
オレが少しトーンを落として言うと、神代さんも悲しそうな顔をした。
「えぇ…来てくれて本当にありがとう。類も喜んでるわ。」
「あとで顔見せてやってくれ。…これで最後だから。」
「…はい。」
オレは神代さんに頭を下げ、類の棺の方へ向かった。
棺の中の類は、柔らかく笑っていた。
たくさんの花に囲まれ、とても綺麗に静かに、まるで眠っているようだ。
このままひょっこり起きて、「やぁ、久しぶりだね。」なんて声をかけられるんじゃないか、なんて馬鹿なことを考える程だ。
中学生以来会っていないが、やはり面影がある。相変わらず美人だ。
「類……」
懐かしいものが込み上げ、少し目頭が熱くなる。
オレは涙を零さないように軽く上を向いた。
「…あれ、もしかして司?」
後ろから声をかけられ、振り返る。
声をかけてきたのは髪を斜めに分けた、少しタレ目気味の男で、その隣に凛とスーツを着こなした美人系の男がいた。
「………もしかして、彰人か?!」
オレは斜めに髪を分けた男を指して言った。
「あっ、そうそう!覚えてたのか、良かった。」
彰人とは、類と同じくオレの幼馴染だ。
歳は一つ下なのだが、家が近所なのでよく遊んだ記憶がある。
「…ということは、そっちはもしかして冬弥か?」
オレは凛とした美人系の男を指す。
「ああ、久しぶり。元気そうで良かった。」
冬弥も幼馴染で、彰人と同じく歳は一つ下だ。
「お前、大きくなったなぁ…!!何センチだ?」
オレは自分より目線の高くなった後輩を見上げた。
「この間180センチになった。多分これ以上は伸びないが。」
「ひ、180センチ?!そうか…」
「ちょっとー、俺も司よりは高いんだけど?」
「ええい、お前はそんな変わらんだろう!何センチだ?」
「177です〜」
「ふん、オレとたった2センチ差じゃないか。」
「いや、2センチはデカいだろw」
こういうやり取りも、懐かしい気持ちになる。
「まぁでも、類には追いつけなかったが…」
冬弥が少し目を伏せて呟いた。
「……だな。類も昔は小さかったのに、急に伸びやがってさ。」
彰人も昔を懐かしむように遠くを見た。
「…転落死だったか。事故か殺人と聞いたが、」
オレは少し顔をしかめて話を振る。
「あぁ、らしいな。詳しいことは聞いてないが、」
「俺も。なんか事故にしちゃ不可解な点が〜〜とかは聞いたけど、詳しくは。」
「そうか…」
類に最後の別れを告げ、オレたちは火葬場を去った。
もう会えないと思うと、自然と涙が溢れてくる。
それと同時に、強い後悔も押し寄せた。
(…一度でいいから、もう一度、会いたかった。)
オレは涙を拭い、上を向く。
後ろから肩をポンと叩かれた。
彰人か冬弥かと思い、「すまんな」と言って振り返ると…
後ろには誰もいなかった。
「…類?」
思わず呟くが、もちろん返事は無い。
恐らく気の所為なのだろうが、オレは最後に類が会いに来てくれたのだと思うことにした。
火葬している間、オレたちは別の会場で昼食をとっていた。
「えっ、やば!絶対類じゃん!いいなー」
彰人と冬弥にさっきのことを話すと、彰人が興奮したように手を叩いた。
「最後の挨拶だろうか。司のところにだけ来るなんて、少し妬けるな。」
冬弥が冗談っぽく笑う。
「いや…不思議だぞ。たしかに昔は仲良かったが、高校からは一度も会ってないのに。」
オレが言うと、冬弥と彰人は驚いたような顔をした。
「え、会ってないのか?てっきりずっと連絡取り合ってると思ってたけど。」
彰人が意外そうに言う。
「成人式とかでも会わなかったのか?」
冬弥の質問にオレは首を振った。
「成人式には出なかったんだ。地元も出てたし、わざわざこっちに戻って来ようとまでは思わなかったからな。」
ふ〜んと相槌を打つ2人に質問する。
「2人はまだ連絡取り合ってたのか?」
オレが質問すると、彰人は流れるように冬弥の皿からイカを自分の皿へ移した。
「ああ。冬弥とは大学まで一緒だったからな。」
あまりに自然な流れに一瞬スルーしてしまいそうになる。
「ま、待て待て。お前、それイカ…」
そこまで言うと、冬弥が少し恥ずかしそうに肩を竦めた。
「実は…イカが苦手なんだ。だからこうして、いつも彰人が食べてくれる。」
イカが苦手…その言葉と、冬弥の肩を竦める仕草に懐かしさを感じる。
「ああ、たしかに昔から言っていたような…」
「司はピーマンだっけ。今も苦手?」
彰人の質問に苦笑する。
「好んでは食わんが、食べられんことは無いな。」
こうして友人と会話するのは何時ぶりだろう。
満たされなかった何かが満ちていく気がしたが、そこにはまだポッカリと穴が空いていた。
失われた時間、命は戻らない。
「苦手と言えば、類の野菜嫌いも凄かったよな。偏食過ぎて子供ながらに心配してたくらいだ。」
オレは少し冗談っぽく笑った。
「分かる!マジ何であの生活であそこまで成長したのか謎過ぎるわ。」
彰人が笑いながら指を指す。
「ちなみに大人になってからでも偏食は変わってなかったらしいぞ。」
冬弥もクスッと笑ってグラスを置いた。
こうして3人で思い出話に花を咲かせ、折角会えたからと去り際に連絡先を交換した。
また今度3人で飲みにでも行こうということだ。
オレは何度も、この場に類がいればと思った。
だが、類がいれば今日オレは彰人と冬弥に会うことは無かっただろう。
後悔、惜別、罪悪感、淋しさ…
負の感情がぐるぐると巡る。
葬式を終えて解散した後、オレは少しだけ地元を散歩することにした。
懐かしい通学路。一緒に手を引いて帰ったあの日が、まるで映画のように脳内に映し出される。
家から通学路を辿って行くと、道の脇に空き地を見つけた。
(この空き地…まだあったのか。よく4人で集まったな…)
折角なので、空き地に踏み入ってみた。
空き地には大きな木が1本と、その下に土管が置いてある。
昔と変わらぬ姿に安心感を覚えた。まるで、ここだけ時が止まっているかのようだ。
(この大きな木…彰人がよく登ってたっけ。それを心配そうに冬弥が下から見てて、オレたちはこの土管でよく何かを話して…)
あの頃の記憶が蘇り、フッと笑みをこぼしてしまう。
(あの頃は…本当に楽しかった。)
オレはそろそろ空き地から出ようと思ったが、思い出詰まったこの場所をどうにも離れがたく、土管に腰掛ける。
オレの地元は結構田舎で子供の数も少なかったので、学校は1クラスしかなかった。
だから、歳が違う彰人と冬弥とも仲良かったのもある。
小中までは同じ学校で過ごしたが、高校からは少し離れた場所か、都会の方へ行くしか無かった。
オレは少し離れた、地元から近い方に進学し、類は頭の良い都会の方へ進学した。
彰人と冬弥は分からないが、恐らくオレとは別の地元から近い方に進学したんだろう。
あの時…類と同じ高校へ行っていれば、何か違ったのだろうか。
いいや、そもそも連絡先が分かっていれば…
…いや、会おうと思えば会えたはずだ。探し出せたはずだ。
それをしなかったのはオレ。全部自業自得だと言うのに、どうにも後悔してしまう。
誰かが言っていた。
人が後悔するのは、その時出来る行動をしなかったからだと。
やった後悔より、やらなかった後悔の方が遥かに大きいと。
まさしくそうだろう。
叶うことなら、今すぐ過去に戻ってやり直したい。
いいや、やり直すまではいい。
もう一度だけ、類に会いたい。
(…なんて、思っても仕方ないよな。)
そろそろ空が夕焼け色に染まり始めてきた。
明日は普通に仕事があるので、そろそろ帰らねばならない。
オレは名残惜しさを感じながらも、土管から腰を上げた。
本当は帰りたくないが、そんな事は言ってられない。
(…じゃあな、類。)
心の中で別れを告げ、空き地に背を向けて歩き出した時…
「司くん」
と、小さく声が聞こえたような気がした。
「…?」
思わず振り返るが、もちろん誰も見当たらない。
(…はは、とうとう幻聴まで…どれだけ寂しいんだ、オレは。)
憐れな自分を心の中で嘲笑し、また歩き出した。
「類!」
今度は先程より大きな声が聞こえた。
間違いない、昔のオレの声だ。
「…??」
流石に自分の頭と耳を疑った。とうとうおかしくなってしまったのだろうか。
ダメ元で声が聞こえたであろう方へ近付いてみた。
音が少し反響していたのも考えると、きっと声はこの土管から聞こえて来たのだろう。
(いやいやいや…そんな訳無いだろう、バカか?)
何故土管から昔の自分の声が聞こえるんだ?
普通に考えて有り得ないだろう。そう、有り得ない。
分かってはいるが、何となく土管の中を覗いてしまう。
やはり何の変哲もない、ただの土管だ。
(そりゃそうだよな…というか、オレ結構不審者じゃないか?)
誰もいない空き地の土管を覗く大人…その字面が不審者っぽく感じ、すぐに去ろうと立ち上がった。
「?!」
立ち上がろうとした瞬間、突然誰かに背中を押された。
衝撃に耐えられず、バランスを崩してしまう。
咄嗟に手をつこうと手を前に出すと、上半身が土管の中に入ってしまった。
すると頭でも打ったのか、視界がぐにゃぐにゃと歪み始めてきた。
(う…なんだ?気持ち悪い…)
視界の歪みに不快感を覚え、本能的に目をギュッと瞑った。
気持ち悪さが治まり、視界の歪みもいつの間にか消えていた。
ふと、オレの今の状態を思い出す。
上半身を土管に突っ込む大人。流石にそろそろ通報されそうだ。
オレはいそいそと土管から顔を出した。
「あれ、司くん?」
懐かしい声が後ろから聞こえ、思わず勢いよく振り向く。
声の主を見て、オレの脳はフリーズした。
「今日は来るの早いね。彰人くんと冬弥くんもそろそろ来ると思うよ。」
ふわっと柔らかく笑うその姿を見て、いつの間にかオレの目からは大量の雫が零れ落ちていた。
そんなオレの様子を見て、そいつはギョッと目を見張る。
「えっ、ちょ、急にどうしたんだい?どこか痛い?」
すぐにオレの傍まで駆け寄り、背中を優しくさすり出した。
この柔らかい笑顔、声、優しい手…間違いない。
類だ。小学生の頃の神代類だ。
オレはまるで幼い子供のように泣きじゃくった。
涙がとめどなく溢れてきて、ただ嗚咽する。
「本当にどうしたんだい?大丈夫?」
類が心配そうにオレの顔を覗き込んだ。
それでも涙は止まってくれない。色んなものが込み上げてきて、どうしようもない感じだ。
最後にこんな風に泣いたのはいつだろうか。
大人だと言うのに情けないとも思うが、故人に会って泣かない人間はいないだろう。
ん?大人……?
そうだ。オレは大人で、目の前の類は小学生だ。
なのに何故、類は何も言わない?というか、何故オレだと分かる?
そもそもこれは夢か幻覚か?
「悪い、遅くなった…って、え?何で司泣いてんの?」
声が聞こえて上を向くと、そこには小学生の頃の彰人と冬弥がいた。
「類、なんかした?」
彰人が問いかけると、類は左右に首を振る。
「ううん、何もしてないけど…」
類がまた優しく背中をさすった。
「今日は一旦帰ろうか。お家まで送るよ。」
やっと涙がおさまってきた。オレは袖口で目を擦り、やっとの事で口を開く。
「類…会えてよかった、すまない、本当に…」
そう口に出すと、また涙が溢れてしまいそうになる。
オレが込み上げるものを必死に抑えていると、類はポカンとした顔をした。
「えっと…どうしたんだい?そんな感動の再会みたいに…さっきも学校で会ったよね?」
類が困ったように彰人と冬弥に目配せすると、2人も頷く。
オレも異変に気付き、自分の手を見る。
遥かに小さく、幼い。良く考えれば身長も小学生の類と同じくらいだ。
「な…か、鏡!誰か鏡持ってないか?」
オレが3人に投げかけると、彰人がポケットから小さな手鏡を取り出した。
「持ってるけど、どうすんの?」
彰人から手鏡を受け取り、自分の姿を見る。
間違いなく、小学生の頃の自分が映っていた。
(待て待て待て待て……??!!?)
(これは一体どう言う…はっ、そうだ!土管!)
オレは土管に入ってからおかしくなった事を思い出し、土管に駆け寄った。
(中は何の変哲もない、ただの土管だが…)
たしかにオレは、ここに上半身を突っ込んでからおかしくなったはず。
これはなんだ?タイムトリップとかいうやつか?
そんな現実味のないこと信じられるか。
(とにかく、同じことをすれば戻れるはず…!)
戻る?
類のいない、あの現実に?
毎日毎日繰り返される、あのつまらない日常に?
オレは本当に戻りたいのか?
「…」
オレは土管に入ろうと思い……やめた。
折角、こうしてチャンスが来たかもしれないんだ。
ここがもし過去で、タイムトリップしてきたのだとしたら…変えられるかもしれない。
あの、類が死ぬという未来を。
いいや、変えてみせる。
例え夢だったとしても、それでもいい。
相変わらず類はキョトンと不思議そうにこちらを見ている。
オレは未来を変えてみせると強く決意し、手に力を入れた。
「おはよう。昨日大丈夫だった?」
翌日、待ち合わせ場所で早速類に声をかけられた。
「ああ、すまない。昨日は少し体調が優れなかったんだ。もう大丈夫だぞ!」
明るく答えたオレを見て、類は安心したように胸を撫で下ろした。
「良かった。昨日の司くん、変だったもん。僕を見るなり泣き出すから、本当にびっくりしたよ。」
類の言葉に、少し恥ずかしくなって苦笑する。
「司、類。おはよ」
後ろからトンッと肩を叩かれた。
「おお、彰人に冬弥!おはよう。」
オレは後ろにいた彰人と、彰人の後ろにいる冬弥に挨拶した。
「おはよう。」
冬弥も小さく挨拶する。
そういえば、この頃の冬弥はずっと彰人にくっついてばかりだったなぁ…
「昨日の大丈夫だったか?体調不良?」
彰人が早速昨日のことを切り出した。
「ああ、そうなんだ。すまないな。もう大丈夫だぞ!」
さっきと同じように明るくそう言うと、彰人は”ふーん”とそっぽを向いた。
「彰人くんが1番心配してたくせに。相変わらず素直じゃないね。」
その様子を見て、類がクスッと笑う。
「はぁ?別に…そりゃ、いつもと違ったら心配にもなるだろ」
ふいっと顔を背ける彰人を懐かしく感じた。
(そうだそうだ。昔はこんな感じだったなぁ…)
「つ、司。」
冬弥が小さくオレに話しかけてきた。
「ん?どうした?」
オレが冬弥に耳を貸すと、冬弥は小さく声を出した。
「昨日、司が変だったから、彰人とイチゴの神社で神様にお願いしに行ったんだ。」
イチゴの神社…懐かしい単語だ。もちろん正式名称ではなく、オレたちが勝手に呼んでいただけだが。
この通学路を少し外れた場所にある小さな神社なんだが、境内に木苺がたくさん生えているからイチゴの神社。
安直だが、みんなそう呼んでいて今更何も違和感を感じない。
住職さんから許可をもらって、みんなで食べたりもしてたなぁ…
それにしても友達の様子がおかしかったから神様にお願いしに行くとは、小学生とはなんと可愛らしいのだろうか。
「そうなのか!ありがとう、2人とも。」
オレが笑うと、冬弥も安心したようにやっと笑った。
そこからは小学生らしい、昨日のテレビの話や家族との話、今日は何して遊ぶか等の他愛もない話で盛り上がった。
オレは3人と違って大人だが、こうして何でもない話をしたり聞いたりするのはとても楽しかった。
大人になって歩いた短い通学路も、小学生には結構長く、10分程歩いてやっと空き地に辿り着くくらいだ。
こうして類の隣を歩いて学校へ行く。
なんて懐かしく、貴重なものなのだろう。小学生の頃はなんとも思わなかったが、オレの人生で1番輝いてたのは小学生から中学生だ。
大切なものとは、やはり失ってから気付くらしい。
今を生きる大半の大人がそうなのだろう。気付く頃にはもう遅い。なんて苦しく、後悔することだろう。
これは夢かもしれない。今日寝て、起きたらまたいつも通りかもしれない。
でもいい。もう一度類に会えた。だから、今はただ目に焼き付けてこの時間を楽しもう。
「…そんなに熱く見つめられると、流石の僕でも照れるかな。」
口元を少し抑え、顔を赤らめた類につられてオレも頬を染める。
「え?!あ、す、すまない!」
オレは急いで類から目を逸らした。
(しまった、見すぎてしまった…)
「相変わらず類のこと好きすぎだろ。朝からやめてくんね?」
彰人がやれやれと呆れ口調で言う。
「司くんってば、そんなに僕のこと好きなのかい?」
クスッと冗談めかしく類が笑った。
そうだ、たしかこんな会話をした事がある気がする。
当時のオレは恥ずかしがって「別に」などと煮え切らない返事をしたはずだ。
あれも素直に伝えられていれば、何か変わっていたのだろうか。
「…ああ、もちろん好きだぞ!」
あの時言えなかった言葉を言ってみた。
ずっと言いたかった。好きだと。
たったこの2文字が、面と向かっては一度も言えなかった。
「…え?あ、そっか…えっと、」
てっきりはぐらかされるかと思っていたが、類は何故か少し目を逸らしてどもる。
その反応に少し期待したのも束の間だった。
「…ごめんね。友人に好きだと面と向かって言ってもらえたのは初めてだから…僕も好きだよ。」
類が言っているのはもちろん友人としての”好き”だった。
きっとオレのも、『友人としての好き』と捉えられているだろう。
(ま、そうなるよな…小学生だし。)
だが、言えなかった事を言えただけ進歩したと思う。
未来を変える。
出来るか分からないが、折角のチャンスなんだ。
やれる事は何でもやってみせる。
「すごいじゃないか、司くん。理科苦手だったのに、今日のテスト満点だったんだろう?」
放課後の帰り道、類にそう言われた。
「あ、ああ。たまたま昨日予習していたんだ。」
オレは咄嗟に言い訳をする。
中身は一応26歳の成人男性だ。小学生の理科の問題など出来ない方が恥ずかしいだろう。
「…とか言いつつ、類だって満点だったじゃないか。」
オレが言うと、類はランドセルの肩紐をギュッと握った。
「うん、まぁね。…まぁ、理科は得意だから。」
類はいつもテストで満点をとっていた気がする。
今日のテストだって、小学生には中々に難しい内容だったように思えたが。
「なぁなぁ、今日イチゴ神社行こうぜ。そろそろ食べ頃だろ。」
前を歩いていた彰人が振り返って神社の方を指さした。
「ああ、そうだね。なら今日は神社集合にしよっか。」
類も賛同し、オレと冬弥も頷く。
それぞれの家へと解散し、ランドセルを置いたらすぐに神社集合となった。
「ただいまー!」
急いで家に帰り、出てきてくれた母さんにランドセルを渡す。
「あら、おかえり。今日も遊びに行くの?」
オレは靴を履き直すために上がり框に座った。
「ああ!今日は4人でイチゴ神社に行ってくる!」
精一杯小学生らしく努める。
最初は恥ずかしかったが、少し慣れてきた。
「遅くならないようにね。」
母さんが入れ直した水筒を渡してくれた。
「ありがとう。17時には帰ってくるから!」
水筒を肩からかけ、玄関を飛び出す。
懐かしい。毎日こうやって急いで待ち合わせ場所まで行ったっけ。
小学生の体とは元気なもので、いくら走っても疲れなかった。
少し息が上がり始める頃には既に石段の前で、改めて若さとは素晴らしいのだと思わされる。
オレは息を整えて石段を登った。
石段を登ると、既に彰人と類がいた。
彰人が持っているナニカを見て、類は意気揚々と何かを話している。
彰人もそれを面白そうに聞いているようだ。
彰人がオレに気付くと、そのナニカをさっと隠した。
「来てたのか。気付かなかった。」
彰人がそう言うと、類もオレに気付いたらしい。
彰人の後ろにあるものを確認し、何かを隠すように笑っている。
彰人と類が隠したかったそのナニカを、オレは知っていた。
そう、ミヤマクワガタだ。
彰人は男子小学生らしく、昆虫が好きだった。
類も好きだったらしく、よく2人で図鑑を見たり昆虫採集に行ったりもしていた。
…実を言うと、オレは虫が大の苦手だ。
彰人と類はその事を知っていて、オレに見せないようにそれを隠したんだ。
当時のオレはそんな事も知らずに、勝手に嫉妬してショックを受けたっけ。
(本当に子供だったなぁ。彰人と類は善意だったのに、勝手に仲間外れにされたと勘違いして…)
子供だった頃の自分を思い出し、心の中で苦笑する。
クイッ とふいに何かに引っ張られ、後ろを振り返ると冬弥がいた。
「おお、冬弥。これで全員揃ったな。」
オレが笑うと、彰人と類もこちらに駆け寄ってきた。
「住職さんもいいよって言ってたし、イチゴ狩り始めよっか。」
類の言葉を合図に、オレたちは木苺の群へ向かった。
「ここにあるのはクサイチゴって言うらしいよ。野イチゴの中でも美味しいイチゴなんだって。」
類が足元の木苺を指しながら言う。
「へぇ〜。たしかに美味い。」
彰人もイチゴを頬張りながら頷く。
冬弥も最初の頃は躊躇っていたが、この頃には一緒になって美味しそうに食べるようになっていた。
「…類。これは何だ?」
冬弥が何かを指差して言った。
指された先には、こっちのイチゴとは少し違う、イチゴに似た赤い実がある。
「…ああ、ヘビイチゴかな?」
ヘビという言葉に、少し毒々しいものを感じる。
「毒か?」
オレが問うと、類は首を振った。
「ううん、ヘビイチゴに毒は無いよ。毒は無いけど、味は美味しくないから食べるのにオススメは出来ないかな。」
へぇ〜と感心して頷く。
彰人は特に興味が湧かなかったらしいが、冬弥はヘビイチゴに興味が湧いたみたいだ。
じっと静かにヘビイチゴを見つめている。
「…食べても美味しくないと思うよ?」
類が困ったように冬弥に声を掛けた。
「分かってる。」
冬弥はヘビイチゴを食べようとするわけでもなく、ただ見つめている。
オレも類も冬弥の意図が全く分からず、別に食べても問題の無いものだったのでそっとしておくことにした。
たしか、冬弥には度々こういう事があった気がする。
感情の起伏も少ないし、あまり喋らないので正直何を考えているのか全く分からなかった。
…いや、知ろうとしなかっただけかもな。
オレは綺麗なイチゴをいくつか選んで採り、ハンカチに包んでポケットに入れた。
「咲希くんの分?」
類が後ろからひょっこりと顔を覗かせる。
「ああ。きっと食べたいだろうからな。」
オレは体が弱くてあまり遊びに行けない妹を思い浮かべた。
「…そっか。」
類が少し気を遣うように微笑んだ。
咲希は中学生くらいまで体が弱かった。
基本は家で母さんが付きっきりで看病していたが、病状が悪化すると病院へ行って入院なんてことはよくあることだ。
ここは田舎で病院は都会の方にしか無いので、3日〜1週間程オレが家に1人になる事なんてしょっちゅうあった。
その事に対して、「寂しい」「怖い」「嫌だ」などの感情が少しも湧かなかったわけではない。
ただ、咲希の方が苦しいんだ、と思うと何でも我慢出来た。
長い間オレが家で1人になる時、オレはよく類の家に預けられていた。
かなり小さい頃からそんな感じだったので、類は特に趣味やタイプは合わずとも、一緒に居て心地いい相手みたいな感じだ。
「この後どうする?折角だしここで隠れんぼかな。」
類が全員に向けて問いかけた。
「いいんじゃね?隠れんぼ久しぶりだし。」
彰人がどこで見つけたのか分からない、丁度いい長さの木の枝で地面を刺しながら言う。
(小学生とか子供って木の枝好きだよな…オレも好きだった。)
しみじみと昔を懐かしんで小さく頷く。
そんなオレの様子を見て彰人が不思議そうに投げかけた。
「なんか司、オッサンみてぇだな。」
その言葉がグサッと突き刺さる。
「オ、オッサン……?!?!」
(い、いやいやいや、言ってもまだ26歳…待て、たしかに小学生の彰人からしたらオッサンか?)
思いの外ショックを受けてしまったことに更にショックを受け、オレは何も言えずにいた。
それを見兼ねた類が仲裁に入る。
「彰人くん、流石に失礼だよ。小学生に向かってオッサンは無いでしょ。」
彰人も頭を搔き、少しバツが悪そうにしていた。
「いや、冗談のつもりだったしそこまでショック受けるなんて思わなくて…悪い。」
素直にそう言われ、オレも我に返る。
「あ、ああ!大丈夫だ!気にしてないぞ!」
話題を変えようと話を切り替えた。
「隠れんぼだったか。いいんじゃないか?冬弥はどうだ?」
彰人の後ろにいた冬弥に声をかけると、急に話を振られてビックリしたのか、目を見開きながら小さく答えた。
「俺も…いいと思う。」
「よし、なら決まりだな。鬼決めジャンケンするか。」
4人で腕を出し、掛け声に合わせて各々手を出す。
何度かあいこが続き、類が鬼に決まった。
「じゃあ、とりあえず20数えるね。」
類が背を向けたのを合図に、オレたちは神社の近くに別れる。
オレは過去の記憶を手繰り寄せ、神社の裏の祠近くに隠れた。
体を丸めて息を潜める。
この感覚、小学生以来だ。少しワクワクしてしまう。
五分ほど経っただろうか。そろそろ体勢を変えようと腰を上げたところだ。
「あっ、司くんみっけ。」
「?!」
後ろから類に話しかけられ、頭を搔いて振り返る。
「見つかってしまったか。中々いいと思ったんだけどな。」
「ふふ、よかったと思うよ。中々見つけられなかったからね。」
見つかってしまったので神社の前に戻ると、そこには既に彰人がいた。
「あ、司も見つかったのか。」
「ああ。類って隠れんぼ強いよな。」
オレの言葉に、彰人も頷く。
「あとは冬弥だけか〜。アイツ、今日はどこ行ったんだろ。」
彰人が少し楽しそうに笑った。
思えば、彰人はかなり冬弥のことを気に入っていたような気がする。
「冬弥も隠れんぼ強いよな。類も苦戦してるみたいだ。」
しばらく…更に5分ほど経った頃だ。
類が冬弥と手を繋いで帰ってきた。
「ふふ、お待たせ。やっと見付けたよ。」
類が額を伝った汗を拭う仕草をする。
「おお!冬弥、今日はどこに隠れてたんだ?」
オレが少し俯き気味の冬弥に質問すると、おずおずと後ろの方を指さした。
「あそこの、茂みと木の間のところ。」
類が感心したような声を出す。
「本当、びっくりしたよ。あんな所にいるなんて…音も出さないし、気配も全くしないから。」
彰人はそろそろ飽きてきたのか、またどこからか拾ってきた木の枝で砂に何か描いている。
その様子を、冬弥はじっと見ていた。
(そういえば、彰人は昔から飽きっぽいというか…自由人だったな。類もだが。)
そこからはまた隠れんぼを何回戦かやり、日が落ちて来たところで解散になった。
翌日。
オレは放課後、また例の空き地にいた。
今日は彰人と冬弥は来ず、類と2人で遊ぶ約束をしている。
しばらく待って、類が急ぎ気味にやってきた。
「司くん、遅くなってごめんね。母さんから少し頼まれごとをしてて…」
走ってきたせいで、類は肩で呼吸している。
「いいや、さっき来たところだぞ!」
オレは土管に座り、横をポンポンと叩いて類を招いた。
それに応え、類も土管に座る。
「類、今日は何する?オレの家で遊ぶのも良いって母さんが言ってたぞ。」
オレが類の様子を伺うと、類は微笑んだ。
「そうだね。あぁ…でも、もう少しここでもいいかな?」
類はオレから目線を外し、空の方を見た。
類の様子が少しおかしいことは、すぐに見て分かった。
だが、それを聞き出すにもどう聞けば良いのか、正解が分からない。
「…………」
しばらく沈黙が続いた。
その沈黙の間に、オレはやっと昔の記憶を手繰り寄せるのに成功した。
この日、類はオレに何かを言いたかったんだ。
何を言いたかったのかは、結局言ってくれなかったので分からない。
オレは思い切って、類に質問した。
「類、どうかしたのか?言いづらいかもしれんが…話なら聞くぞ。」
オレの言葉に、類は少し驚いたように目を開いた。
が、すぐに目を細めた。
「…そうだね。やっぱり、言わないと分からないもんね。」
類は1つ息を吸って、覚悟を決めたようにこちらを向いた。
「僕、都会の方に引っ越すかもしれないんだ。」
オレは思わず、土管から転げ落ちそうになった。
類が都会に引っ越す??聞いたことがない。
それに、類は引越しなどしなかったはずだ。
「ど、どういう事だ?」
詳しい説明を類に求めた。
「実は、中学受験しようかと考えてて…ここから電車で通うのは厳しそうだからね。いっその事引っ越しちゃうかも…って。」
中学受験……??!
やはり聞いたことがない。
オレは類と中学まで同じだったはずだ。類の口から、中学受験しようと考えてる…なんて、一度も聞いたことがない。
「でも、やっぱり迷ってるんだ。ここを離れたくないし…何より、司くん達と会えなくなっちゃうから。」
類は寂しそうに視線を下に送った。
そうか、お前はそんな事を考えていたのか…
あの時のオレは、そんな事も知らずに呑気だったなぁ…
「…オレは、類が選んだ道を進めばいいと思う。だが、類と会えなくなるのは…寂しいし、正直嫌だ。」
小学生の頃のオレなら、絶対にこんな直球には伝えられていないだろうが、オレは類の目を見て真っ直ぐ伝えた。
類はまた酷く驚いたような顔をした後、すぐ笑顔になった。
「ふふっ、そうだね。僕も…君と会えなくなるのは嫌だなぁ」
類はギュッと目を瞑り、上を向いた。
まるで涙を隠そうとするような仕草だ。
「…ありがとう、司くん。聞いてくれて。」
少し赤く染まった目元周りが、夕日に照らされて何とも色っぽく艶めいた。
小学生とは思えない色気にドキッとしてしまい、思わず目を逸らす。
(待て待て待て…小学生に対して、これは流石に犯罪だろ……落ち着けオレ…!いくら初恋の相手とは言え、流石に…!)
ドキドキと早鐘を打つ心臓を押さえながら、何とか深呼吸をする。
そんなオレの一連の様子を見て、類はクスッと笑った。
「ねぇ、司くん。…じゃなかった。」
「君、誰だい?司くんじゃないよね?」
心臓が飛び出るかと思った。
嫌な汗が首筋を伝っていくのが分かる。
当の類はと言うと、オレを責め立てるような様子は一切なく、ただいつものように微笑んでいた。
しばらくオレは何も言えず、ただ口を開けて類を見ているしか無かった。
類もそんなオレの様子を黙って見つめている。
(不味い…オレの中身が大人だと知ったら、流石に気持ち悪がられるのでは…?)
ドッドッド、と心臓がうるさく警鐘を鳴らす。
緊張して呼吸もしづらくなってきた。
浅く必死に息を吸いながら、胸を押さえて、なんとか言葉を絞り出す。
「は…はは、何を言ってるんだ…?オレはオレだぞ。」
類は真っ直ぐ、刺すような視線を向けた。
「嘘。たしかに司くんかもしれないけれど、僕の知っている司くんじゃない。誰だい?」
誤魔化しが一切効かないと悟ったオレは、観念して白状することにした。
実は中身が26歳になったオレだと言うこと。
類とは高校から疎遠になって、類が死んだからこの街に戻ってきたということ。
そして、空き地の土管に入った時にこの世界に来てしまったこと。
こんな誰も信じてくれないような話も、類は真剣に耳を傾けてくれた。
一通り全て話終わり、オレはドッと酷い疲労感に襲われた。
類は口元に手を当て、何かを考えているようだ。
「…信じられないだろう。こんな話。」
オレがそうポツリと洩らすと、類は何か思考を巡らせながら言った。
「まぁ、たしかに非現実的な気もするけれど…有り得ない話では無いと思うね。」
類はそのまま話し始めた。
「アインシュタインの特殊相対性理論ってあるだろう?あれを使えば、タイムスリップも実質可能だとされているそうなんだ。ただ、それは未来に行けるのは可能だとされているけれど、過去に行くのは不可能のようにも思えるんだよね。けれど、もし行けたとしても過去は変えられないかもしれないんだって。タイムパラドックスって言うだろう?ある研究者は、過去を変えたとしても、途中で軌道修正されて結局未来は変わらないと結論づけているそうなんだ。」
特殊相対性理論、タイムパラドックス…
小学生の口から出ているとは思えない単語と文量に流石に少し引いた。
(小学生が相対性理論とか絶対言わんだろ…!)
オレは一瞬頭を押さえた。
「相対性理論か…というか、類。お前がそんな饒舌に話してるところ初めて見たぞ。」
オレが苦笑すると、類は少し恥ずかしそうに目を逸らした。
「だ、だって…普段、こういう話をできる相手がいないから…」
恥じらった姿は年相応で可愛らしい。
「…けど、この理論で行くと、君や僕がどう頑張っても、僕の死ぬ未来は変えられないんだよね。」
その言葉にハッとする。
たしかに、過去を変えてもその間に軌道修正されてしまうのなら、類が死ぬ未来は変えられないということになる。
「ねぇ、僕の死因って転落死なんだろう?もう少し詳しく知らないのかい?」
類に迫られ、オレは頭を捻った。
「事故として処理はされたそうだが…不可解な点が多いらしい。殺人かもしれないとも聞いた。だが、申し訳ないが詳しくは知らないんだ。」
「そうかい…」
類は残念そうに呟いた。
「…すまん。役に立てなくて、」
申し訳なくなり謝罪すると、類は首を振った。
「ああ、いや。それは別に構わないんだ。けど…」
類は悲しそうにこちらに目を向けた。
「僕は…司くんと、将来疎遠になってしまうんだね。」
その様子を見て、胸が締め付けられるような気持ちになる。
「本当に…すまない。会おうと思えば会えたはずなんだ。それなのに…それをしなかったのは、オレの怠慢だ。」
オレは俯いて続けた。
「あれから一度も会えないまま…類と、もう二度と会えなくなってしまうなんて…っ、もう一度でいい、類に会いたかったんだ。」
込み上げてくるものを必死に押さえ、顔が熱くなる。
そんなオレの頭を、類が優しく撫でた。
「君だけが悪いんじゃないよ。僕も僕だ。今すぐ大人の僕に会って、1発殴ってやりたいくらいだよ。」
優しい声から聞こえてきた物騒な単語に、思わず聞き間違いかと錯覚する。
「僕だってきっと、司くんに会いたかっただろうさ。」
優しい声と手に、また目頭が熱くなってくる。
小学生の頃の自分はこんなに涙脆かったのかと、熱くなった顔を押さえながら思う。
「ねぇ、司くん。ちょっと実験してみようか。」
思わず顔を上げた。
類は、悪戯を楽しむ子供のように無邪気に笑っている。
「実験…?」
オレが聞き返すと、類は頷いた。
「僕は今日の出来事を覚えておくよ。絶対ね。それで、君は一度未来に帰って、何か変わったかどうかを確かめて欲しいんだ。」
その言葉を聞いて、息を呑んだ。
未来に帰る……もしそれが出来たとして、またここに戻って来れる確証は無い。
帰ったところで何も変わっていなければ、もう二度とチャンスが訪れない事になる…
オレが沈黙していると、色々と察したのか、類がまた優しく声を掛けた。
「君の考えてることは分かるよ。でも…いつまでもこうしていられないだろう?今日のことは、絶対に忘れないから。」
オレは一体何を怯えているのか。
もう一度類に会いたい、という願いは叶ったじゃないか。
最初に願ったことが叶ったのなら、これ以上を望むとバチが当たるだろう。
「…分かった。帰ってみる。だが、最後に一つだけいいか?」
オレはスルッと類の髪を撫でた。
「好きだ。類。…ずっと伝えられないまま、もう会えなくなってしまったが…ずっと、好きだった。」
やっと伝えられた。
これでもう、オレに悔いは無い。
未来がどんな結末になっていようと、もう構わない。
「…ふふっ」
類は口元に手を当て、真っ赤に染まった顔で言った。
「もう、絶対に忘れられなくなっちゃったじゃないか。」
ふわっと笑う姿を見て、オレの心臓は大きく脈打つ。
ああ、やっぱり好きだ。
今もずっと、お前が恋しい。
オレは帰りたくない衝動をなんとか抑え、類に別れを告げて土管に潜り込んだ。
帰れるという確証も無かったが、しばらくすると、ここに来る前のように視界がぐにゃぐにゃと歪み始めた。
次第に視界の気持ち悪さが無くなり、オレは目を開けた。
土管がかなり狭い……
オレは急いで土管から顔を出した。
辺りを見渡すと、そこは夕暮れに染まった空き地だった。
確かめるように自分の手を見る。
大きく、角張っている。大人の手だ。
「…………戻ってきたのか、」
はぁぁ…と、大きく1つため息を吐いた。
スマホを取り出し、時刻と日付を確認してみる。
日付はやはり、類の葬式の日だった。
(…さて、変わってるのだろうか、)
重い腰を上げ、空き地から出ようとした時…
「やっぱりここにいた。」
オレは腰が抜けるかと思った。
突然聞こえてきた声の主は、紛れもない類だったからだ。
しかも、類の姿は小学生ではなく、オレと同じくらいの年齢に見える。
「おかえり、司くん。」
見覚えのある笑顔で微笑んだソイツを、気が付けば抱き締めていた。
「類…!類なんだな!?生きてるんだな!?」
オレが確かめるように強く抱き締めると、類もオレを落ち着かせるように背中を撫でた。
「うん、類だよ。この通り、生きてる。」
その言葉を聞いて安堵し、色々なものが込み上げて、爆発した。
「良かった……っ!!類、すまない…本当に…!!」
オレは、今自分が26歳であるということも関係なしに号泣した。
止めようとしても、止まることなく溢れてくる。
そんなオレを、類は何も言わずに優しく宥め続けた。
次第にオレも落ち着き、ハッとして聞く。
「類……お前、その…指…」
類の左手の薬指に、キラキラと輝くものがあった。
「ああ、これかい?」
オレは耳を塞ぎたくなったが、しっかり祝福すると決意して、類の言葉を待つ。
「…ふふっ、そっか。君は過去から帰ってきたもんね。」
類はつん…とオレの左手をつついた。
「君の手にも同じの、ついてるでしょ?」
「……へ?」
ま抜けた声を出し、状況が飲み込めないまま自身の左手を見る。
類の言う通り、オレの左手には類の手についているものと同じ指輪がはまっていた。
それを見て、オレに記憶が流れ込んでくる。
小学生のあの日、オレは類に告白した。
その時に返事はもらえなかったが、中学卒業の時に返事をもらい、付き合う。
類はオレに合わせて同じ高校に進学し、そこから二人で同棲。
高校から5年間付き合い、20歳の11月に、ドレスコードの高級レストランでプロポーズして…
全ての記憶が流れ込んできて、ようやく理解した。
「…け、結婚したのか?!?!」
確かめるために、類にそう問う。
「ふふ、日本で同性婚は認められてないからね。籍は入れられてないけど…」
オレは抑えられなくなり、また類に抱きついた。
「類…っ!!!」
思いっきり抱き締めると、類は困ったようにまたオレを撫でた。
「よしよし。もう、ここ外なの分かってる?」
「うぅ……類ぃ…」
「はいはい。僕も嬉しいよ。」
類を抱きしめて、中々離れられずにいると、ふと思い出すことがあった。
そういえば、類を殺した(かもしれない)犯人は?
土管を覗いた時、オレの背中を押したのは?
いや、どれも気のせいかもしれないし……何より、今類が生きているなら、どうでもいい。
そんな事を考えていると、また別の声が聞こえてきた。
「相変わらずお熱いな。人が来たらどうすんだよ?」
声の主は彰人だった。
彰人に気付き、類が答える。
「まぁ、今日くらいはいいかなって…ね?」
類がオレに視線を送って微笑んだ。
その様子を見て、彰人は少し呆れたように苦笑する。
「はいはい。じゃ、そろそろいいか?冬弥も待たせてるし。」
「ああ、すぐ向かうよ。」
2人のやりとりをポカンと見ていると、類がオレの鼻をつん、と触った。
「今日は4人でご飯食べようって約束してたでしょ?」
類にそう言われ、記憶が流れ込んできた。
そうだ。たしかに彰人が話があるとか何かで、4人で食事する約束をしてたんだ。
オレと類は彰人に着いて行き、車の中で待っていた冬弥と合流した。
車は冬弥の所有物らしいが、運転するのは彰人らしい。
店に着くまでの間、車での談笑で段々と記憶が押し寄せてきた。
たしか、冬弥と彰人も付き合って…いるかは知らないが、ルームシェアという形で同棲しているようだ。
いや、あれは流石に付き合ってるな。
冬弥はやはり、かなりの美形に育っていた。モデルかアイドルとかやっていてもおかしくないくらいだが、音楽関係の会社に勤めているらしい。
勤務先は彰人も同じのようだ。
店は車で10分ほどの場所にあった。
店に着いて、一通り確かめるように雑談していると、彰人が覚悟を決めたように本題を切り出した。
「えっと…何から言えばいいんだろ。とりあえず、俺が話したいのは今回の…えっと、まぁ一連のことについてだ。」
途中から面倒くさくなったのか、雑にそう言い放った。
(そういうところ、本当に変わってないんだな…)
「司、お前は類の葬式の日、あの土管でタイムスリップしたんだろ?」
彰人の言葉に、オレは席から落ちそうになった。
「え……お、覚えてるのか?類が、死んだこと…」
少し混乱した状態で聞くと、冬弥と類は首を振った。
「いや、俺は覚えてない…というか、全く知らない。彰人と類から聞いただけだ。」
「僕は司くんから、小学生の頃聞いていたからね。」
オレは彰人の方に視線を向ける。
「俺は覚えてる。類が死んだのも、葬式の日に司と再会したのも…司が、空き地に行ったのも。」
空き地に行ったのも?
聞き返そうとするより先に、彰人が答えた。
「あの時、お前の背中を押したのは俺だ。」
「?!」
また椅子から落ちそうになった。
混乱する頭を必死に落ち着かせ、更に詳しい説明を求める。
「く、詳しく説明してくれ。」
「おう。意味分かんないと思うけど、とりあえず全部言うな。」
「まず、あの時類を殺したのも俺だ。それで…」
「ちょっっっと待て!!!?!?」
さらっと流されそうになり、オレは急いでストップをかける。
「待て待て待て…『殺したのも俺』ってなんだ?!」
「そのまんま。転落死って言ってたろ?あれ、俺が類を階段から突き落として殺したんだよ。」
「はぁ?!え、は?!」
頭が酷く混乱している。
彰人が類を殺した?何故?理由は?
「なん……で、類を殺した?」
感情を必死に抑え、やっとのことで声を絞り出した。
「……きっかけは、冬弥が死んだことだった。」
彰人は遠い昔を思い出すように、ポツリ、ポツリと話し出した。
「お前らは覚えてないだろうが…冬弥が死んだんだ。事故として処理されたけど、どうも納得いかなくて。それで…色々探ってるうちに、類が犯人だと突き止めた。」
質問を挟む暇もなく、更に続ける。
「類が冬弥を殺した理由は、最後まで分からなかったよ。類を問い詰めても、答えないどころか自首するとか言って、勝手に警察行くし…本当、昔っから類って何考えてんのか分かんなかったよな。」
オレは口を挟みたいのを必死に我慢し、次の言葉を待つ。
「冬弥の葬式も終わって、類が自首しに行った後…なんとなく、帰りたくなってさ。あの町に帰ったんだよ。懐かしいなーって、空き地でしばらく感傷に浸ってたら……声が聞こえたんだ。懐かしい、小学生の頃の俺らの声だった。」
「それで、その声が土管から聞こえてきた気がして、中を覗いてみたんだ。あ、この傷昔俺が付けたなーとか思ってたら、急に視界が歪んで…気付いたら、冬弥が死ぬ3日前に戻ってた。」
「ビックリしたよな。でも、これで変えられるかもしれない…と思って、冬弥が死んだ日、冬弥を俺の家に引き止めて帰さなかったんだ。結果、冬弥は死ななかったし、未来は変わった…と思ったけど、更にまた2日後死んだ。全く同じ方法で。」
そう話す彰人の顔は、よく見ると少し疲れているようだった。
「そこから色々と試してみた。今度は冬弥じゃなくて、類と一緒に過ごしてみたり…3人で一緒に過ごしてみたり、司を呼んでみたり…でも、どうやっても、必ず冬弥が死ぬ未来は変えられなかった。」
「何十回も試した頃、もういっそのこと類を殺せばいい、とかいう考えに至った。類を殺せば、冬弥が死ぬ原因は無くなる。…でも、そうしたら、今度は俺が死んだんだ。司に殺されて。」
「これで終わりか〜って思ったら、またタイムスリップしてた。それでそこから何回も試行錯誤して…なんか色々あって、司をあの土管からタイムスリップさせることにした。司の性格的に、タイムスリップしたら類が死なないように頑張るだろうと思って。結構賭けだったけど、なんか成功だったっぽくて良かったわ。」
ようやく一通り話し終えたようで、彰人が水を口に含んだ。
文字通り頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。
オレは自分を落ち着かせるために、深く息を吸い、吐いてみる。
類と冬弥はと言うと、この話を聞いてもいつもと差程変わらないように見えた。
「2人は…知ってたのか?」
オレの問いかけに、2人はコクリと頷いた。
「2人には事前に話してた。困惑させると思ったからな。2人とも意外とすんなり信じたよ。」
彰人が補足説明した。
オレは色々と言いたいことも、聞きたいこともあったが…
「……そうか、そうだったのか…。」
それ以上、何も言葉が出なかった。
一瞬、彰人が類を殺したと聞いた時、思わず殴りかかってしまいそうになった。
だが…それは彰人も同じだったのだろう。
とにかく、これが全員の生存ルートなら、オレがとやかく言う必要もない。
「…彰人、ありがとう。礼を言うのは少し違うかもしれんが…1人で頑張らせてすまない。」
オレが彰人に謝礼を述べると、彰人はポカン…と驚いたように固まった。
が、すぐに何かが解けたように、ポロポロと目から涙を零し始めた。
「?!?!」
突然のことにギョッと目を見張る。
「あ、彰人!?すまない!!何か気に障るようなことを……」
慌てふためくオレに、彰人は首を横に振った。
「いや、てっきり罵られたり…最悪、縁切られるかも、とか…思ってたから…」
冬弥が彰人の背中を擦りながら、自然にハンカチで涙を拭っている。
「…はー、悪い。急に…なんか、気が抜けたら止まんねぇわ」
涙を拭いながら、困ったように笑っている。
彰人は話している間、淡々としているように見えたが…気丈に振る舞っていただけで、恐らくずっと色んな感情を抱え込んでいたんだろう。
まだ色々と飲み込めていないことはあったが…オレは、彰人の頭を撫でた。
「ちょ、撫でんな!セット崩れるだろうが!」
彰人は顔を赤くしながら、照れ隠しでそう言う。
類もオレに続いて、よしよしと撫で始めた。
「ふふ、お疲れ様。彰人くん。」
それに続いて冬弥も撫で始める。
彰人は諦めたらしく、バツが悪そうに顔を赤くしている。
そこからは流れで、なんとなく全員が全員の頭をわしゃわしゃと撫で始め、ボサボサになった髪を見て笑い合った。
「はー、笑った笑った。冬弥、髪の毛すごいことなってるぞ」
「ふふっ、折角彰人にセットしてもらったのにな」
「あははっ、司くんの髪もふわっふわだね。」
「それは、お前が犬を撫でるように捏ねくり回すからだろうが!」
「というか、元はと言えば司が撫で始めたんだろ〜」
「それは…そうだな!すまん!」
また少し笑いが起き、全員席に戻った。
久しぶりに童心に戻り、こんな風に4人で笑い合えた気がする。
なんと楽しく、幸せなことか。
「あ、そーだ。ついでに話したいことあるんだけど、いい?」
何事かと視線を向けると、彰人が冬弥の腕を持ち、上にあげた。
「俺ら、付き合うことになりましたー」
「「?!」」
あまりの衝撃に、オレと類は顔を見合わせる。
「あ、やっぱ驚くか。俺らがそんな…」
彰人の言葉を遮って、オレは身を乗り出した。
「「まだ付き合ってなかったの?!」か?!」
類と声が綺麗に重なった。
あまりに綺麗に重なったのが面白くて、類と顔を合わせて笑う。
冬弥と彰人は驚いているようだった。
「いや、てっきりもう付き合ってるんだとばかり思ってたから…」
類の言葉に頷き、同調する。
「え、嘘だろ?マジで??」
彰人は本気で困惑しているようだ。
それに対し、冬弥は少し呆れ気味にしている。
「だから言っただろう…俺の好意に気付いて無かったのは、彰人くらいだと…」
その言葉に更に衝撃を受ける。
「嘘だろ彰人…お前、気付いてなかったのか…!?結構ダダ漏れだったぞ?!」
「本当にね。流石にあれで気付かないのは、冬弥くんが可哀想というか…」
「全くだ。こっちは会った時からずっと好きだったんだぞ。」
「うわー……マジかぁ……//」
彰人は真っ赤になった顔を覆い、下を向いた。
「冬弥…頑張ったな。20年以上もよく…」
オレが冬弥の背中をポンポンと撫でると、冬弥は力強く頷いた。
「本当に。彰人の鈍感には困ったものだ。」
類もコクコクと頷いている。
「昔からずっと彰人くんにくっ付いてたのにね。そんな気付かないことある??」
彰人は困ったように頭を搔いた。
「いや、冬弥人見知りだったから…どっちかと言うと、弟みたいな感覚だったし。まさかそういう『好き』とは思ってなくて…」
「というか、全然『ついで』に話す事じゃなくないか?!結構メインだろ!」
思い出したかのように彰人にツッコむ。
「そうそう。折角20年来の2人の恋が実ったんだから、盛大にお祝いしなきゃ。」
類が「すみませーん」と店員さんに声をかけ、更にシャンパンを注文した。
「この店は僕らが奢るよ。お祝いって事でさ。」
「ああ。ケーキも頼んでみるか。」
「おっ、いいねぇ」
その後はシャンパンとケーキを囲み、4人でわちゃわちゃと楽しく祝い、色んなことを話した。
「そういえば、オレは幼い頃ずっと、冬弥が何を考えてるのか分からなかったなぁ」
「あー、分かる。僕も全然分からなかった。」
「幼い頃…そうだな。基本は何も考えてなかったと思う。」
「え、何も考えて無かったの?」
「ああ。強いて言うなら、家のこととか…大したことは考えて無かったぞ。」
「でも、それ言ったら俺は類の考えてることが分かんなかったわ。」
「おや、そうなのかい?その割にはたくさん話しかけてくれたように思うけど。」
「バーカ。何考えてるのか分かんなかったから話しかけてたんだよ。」
「だが、その点司は分かりやすかったよな。」
「あー、たしかにw」
「何!?」
「ふふ、司くん嘘つくのも下手だもんねぇ」
「あ、嘘で思い出した。類の誕生日、サプライズでパーティー計画してたのに、司が嘘つけなくてすぐバレたよな。」
「あ〜!あったねぇ!」
「おぉおい!?あれはもう忘れてくれ!!」
「ふふ、面白かったから無理だよ〜」
「ああ。たしかにあれはあれで面白かったな。類も嬉しそうだったし。」
「ぐっ…一体あと何年イジられるんだ…」
1つの事象が異なれば、結末は全く違うものになる。
1つの事象さえ変われば、みんなで笑い合う未来も、そうでない未来も訪れうる。
言葉が足りず、行動も起こさずに後悔。
1つの過ちで、一生会えなくなってしまう惜別。
やっと手にした4人で笑い合える未来。
「彰人?酔いが回ってきたか?」
冬弥が心配そうに顔を覗き込んできた。
「あー、いや…」
今までのことを振り返り、思わず笑みが零れた。
「やっぱ、4人じゃないとな。」
冬弥はその言葉の意味を理解したらしい。
「…そうか。」
嬉しそうに微笑んだ。
「あー、また2人でイチャイチャしてる〜〜」
類の揶揄うような声が聞こえてくる。
「うるっせーな。お前らが言うんじゃねーよ」
「何!?別にオレたちはイチャついてなどいないだろう!」
「いやいや、ケーキ食べさせ合ってるくせに何言ってんの??」
流石に呆れていると、隣で冬弥がクスッと笑った。
「おい、笑ってんじゃねーぞ。とーや。」
「ふふ、すまない。楽しくてつい。」
類と冬弥の仲は良好だ。
だから、何で類が冬弥を殺したのか…俺には全く理解が出来ない。
そして、一生分からないだろう。
あの時の類は、結局教えてくれなかったから。
(…ま、別にいいよ。)
どうせこれは、全員が報われた世界線なんだ。
このまま4人、幸せに生きてやる。
「彰人!聞いてくれ!類がカモノハシとオレならヒヨコのが可愛いとか言うんだが、どう思う?!」
司が空になったシャンパンを机に置いて聞いてきた。
「えー、だってサンドイッチと卵焼きならたこ焼きじゃない?ねぇ、彰人くん?」
類もそれに口を挟む。
「知らねーよ、この酔っ払い共。」
オレは呆れたが、とりあえず冬弥に目配せする。
「相変わらず、2人は酔うと言葉が支離滅裂になるな。」
冬弥が目配せに気付き、司と類のグラスに水を注いだ。
「!?冬弥、これはなんだ!?水みたいに飲めて凄いな!!?」
司の歓声に、冬弥は慣れたようにあしらう。
「だろうな。水だから。」
2人のやり取りに思わず吹き出す。
「何回聞いてもお前らのそのやり取り面白いわーw」
俺が笑っていると、冬弥も呆れたように笑った。
「流石に俺はもう慣れたぞ。」
「冬弥く〜ん!ワイン追加しよーよ〜」
類の間伸びた声が聞こえる。
「ダメだ。それ飲んで我慢しろ。」
冬弥は類のグラスに更に水を追加した。
「それ飲ませたら今日はお開きにしようぜ。コイツら送ってかなきゃいけねーし。」
「そうだな。」
ふと、窓の外を見た。
こっちの方は割と都会で、キラキラと街が光っている。
その光が目に沁みて、俺はまた自分の望んだ未来の方に目を向け直した。
・━━━ ℯ𝓃𝒹 ━━━・
コメント
8件
まっっっっじで好きです......ほんとに...... みんなが幼馴染なのもいいし物語もすんごいリアルでほんとにすごいしすごいです何回でも読める(語彙力皆無)
彰人の「やっぱ、4人じゃないとな。」で、必死にこらえていた涙がボロボロ溢れてきてしまった。類が冬弥を殺.した理由は分かっていないけれど、彰人が類を殺.したのと同様に、そういうループの中に入っていたのだろうと予想している🤔💭本当の正解はないんだろうけど、そんな不確定要素も含めて「人生」なのかなあ、、
なんでこんなに神った物語りが作れるんだ?!