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「霧島部長、今回の海外提携プロジェクトの最終案です。不備はありません」
深夜までかかって仕上げた資料を、私は部長のデスクに置いた。
一分の隙もないタイトスカートに、鋭く整えられたハイヒール。
私の背筋が曲がっているところを見た者は、この営業二課には一人もいないだろう。
「……さすがだね、佐藤君。君がリーダーなら、この難関プロジェクトも安心だよ」
「恐縮です。失礼いたします」
部長の賞賛を背に、私は自分のデスクへ戻る。
心臓が少しだけ、不快なリズムで脈打っていた。
……大丈夫
仕事に集中していれば、あの忌まわしい記憶が入り込む隙なんてない。
「あーっ!佐藤課長、お疲れ様です!」
デスクに座る間際、視界の端から弾むような声が飛んできた。
声の主は、私の二歳年下の部下、高瀬瞬。
人懐っこい笑顔と、少しだけ跳ねた明るい髪。
部署内では「営業二課のワンコ」なんて呼ばれているムードメーカーだ。
「高瀬君…声が大きいわよ、ここは職場」
「すみません!でも、課長がすっごく格好良かったんで。……おはようございます!今日も世界一綺麗ですね」
「……何それ。適当な世辞はやめて、昨日の報告書を出しなさい」
冷たく言い放つ。
普通の男ならここで怯むか、愛想笑いをして逃げ出すはず。
けれど、高瀬瞬という男は、私の「鉄の壁」に正面から体当たりしてくる。
「世辞じゃないですよ。課長が一生懸命働いてる姿、俺、一番近くで見てるつもりですから!」
そう言って、彼は私のデスクの端にそっとコーヒーを置いた。
私がいつも飲んでいるブラック。
……しかも、猫舌の私にちょうどいい温度。
「…そう。コーヒーありがとう」
「どういたしまして!あ、そのコーヒー飲んで、午後もバリバリ俺をしごいてくださいね、課長!」
彼は人懐っこい笑顔を振りまいて、自分の席へと戻っていった。
……心臓の音が、少しだけ落ち着く。
彼のような明るい「光」のそばにいると
自分が抱えている暗い過去……
あの男に執着され、ボロボロにされた記憶が、一時的に霧散するような気がした。
けれど、私はすぐにその考えを打ち消す。
二度と、あんな思いはしない。
二度と、誰かに心を許して、自分のペースを乱されたりしない。
私は冷めたコーヒーを一口啜り、再びパソコンの画面に向き合った。
この時の私は、まだ気づいていなかった。
私の「完璧な日常」が、少しずつ、音を立てて崩れ始めていることに。
そして、その崩壊を食い止めるのが
あの子犬のような笑顔の後輩だということに。
#デートDV
#恋愛