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高瀬君が置いていったコーヒーは、皮肉なほど私の胃を穏やかに満たした。
仕事は順調、プロジェクトの進捗も完璧。
私が私であるために築き上げた「鉄の城」は、今日も盤石なはずだった。
……けれど。
「……っ」
デスクの引き出しを開けた瞬間、指先が凍りついた。
書類の束の間に、見覚えのない封筒が紛れ込んでいる。
宛名はない。
ただ、歪な筆跡で私の名前だけが記されていた。
嫌な予感が、冷たい蛇のように背中を這い上がる。
震える手で封を切ると、中から出てきたのは一枚のポラロイド写真。
……それは、今朝、マンションを出る私の後ろ姿だった。
(……どうして)
数年前、地獄のような思いをして縁を切ったはず。
警察にも相談し、引っ越しもして、職場も変えた。
あの男───
『宏太』とは、もう二度と交わらない世界にいるはずなのに。
「課長? どうかしましたか?」
「ひっ……!」
突然、すぐ横から声をかけられ、私はみっともない声を上げて写真を伏せた。
驚いて顔を上げると、そこには怪訝な顔をした高瀬君が立っていた。
「……あ、高瀬君」
「顔色が真っ白ですよ!どこか具合でも悪いんじゃ……」
彼は心配そうに距離を詰め、私の額に手を伸ばそうとする。
「……触らないで!」
鋭い声が出てしまった。
高瀬君の手が、空中で止まる。
周囲の社員たちの視線が、一瞬だけこちらに集まるのを感じた。
「ごめん、なさい。……少し、立ちくらみがしただけ。何でもないから、自分の席に戻って」
「……でも、手が震えてます」
「何でもないって言ってるでしょ……仕事に戻りなさい。これは命令よ」
私は逃げるように、伏せた写真をバッグの奥に押し込んだ。
高瀬君は、何かを言いかけ、唇を噛む。
いつもなら「はーい、すみませーん!」と明るく引き下がる彼が
今日だけは、静かに、そして鋭く私の目を見つめていた。
「……わかりました。無理だけはしないでくださいね、凛さん」
彼が、初めて私を名前で呼んだ気がした。
けれど、今の私にはそれを咎める余裕すら残っていない。
その無垢な優しさが、今の私にはあまりに眩しすぎて痛かった。
(大丈夫。ただの嫌がらせよ。冷静にならなきゃ……)
自分に言い聞かせながらパソコンのキーを叩く。
けれど、画面に並ぶ数字が、すべてあの男の嘲笑う顔に見えて仕方がなかった。
窓の外は、いつの間にか厚い雲に覆われている。
帰りの時間が、これほどまでに怖いと思ったのはいつ以来だろうか。