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食後、中原が淹れてくれた珈琲を飲みながら、のどかは、貴弘が飯塚にホームページを見せてもらっているのを眺めていた。
「ふうん、いいじゃないか。
のどか、どうだ?」
と貴弘が訊いてくる。
「どうだって、なにがですか?」
とのどかが訊き返すと、
「此処のリフォームの設計、飯塚さんに頼んでみたらどうだ?」
と貴弘がタブレットを見せながら言ってきた。
「あー、素敵ですねー」
彼の作品を見なくても、その身なりを見ただけで、シンプルでセンスが良さそうだな、と思っていたのだが。
彼の作品を実際、見ても、やはりそんな感じだった。
「でも……」
でもお高いんでしょう?
と通販番組のように訊きそうになる。
すると、飯塚は察して、
「まあ、安くしときますよ。
これもなにかの縁ですし」
と言ってきた。
「その代わり、宣伝してくださいね」
と笑顔で言われ、
そんなことはお安い御用だ、と思ったのだが、貴弘と綾太に同時に言われる。
「そうだ。
いつ、どなた様に見られてもはずかしくないようにしとけよ」
「飯塚さんのデザイン、いいなと思った人が、社員寮の方も見せてくださいって来たときのために、とっ散らかすなよ」
……わかってますよ。
店だし、寮なんですから、散らかさないですよ、ええ、と思っていたが、通常状態ののどかの暮らしを知る二人には、説得力はないようだった。
「まあ、呪いのある家というのがちょっと気になりますが」
と飯塚はあばら屋敷の方を見ながら、頭の中ではもういろいろ組み立ててみているようだ。
「考えてみれば、もっと恐ろしい土地や家とかもいろいろとありますしね」
「えっ? どんな物件なんですか?」
「買ってみたら、家が建てられない土地だったとか。
家の前に4メーター道路がないから建て替えられない中古物件だったとか」
それは違う意味で恐ろしいな……とのどかは思う。
決して安い買い物ではないのだろうに。
そこで、そういえば、と綾太が口を挟んできた。
「最寄りの駅まで、何百メートル、とか土地とかマンションの広告でよく見るけど。
よく見たら、1800メートルとか書いてあって。
それ、2キロ近くあるよなっ? とかあるよなー」
「『駅まで何分』は全力疾走しての時間って、よく聞くわよね」
とのどかも笑う。
実際、この間まで住んでいたアパートも最寄り駅から6分と書いてあった気がするのだが。
一体、何処のスプリンターを雇ってきての6分なのか、引っ越す前に問い詰めておくべきだったかもしれない。
「そういえば、前の大家さんがオープンしたら、来てくださると言ってましたよ」
この間、スーパーで会ったんです、と言うと、
「社員寮にか」
と八神が言う。
「雑草カフェにですよ」
と言っても、
「『雑草』省いて言ったんじゃないのか」
と更に突っ込まれる。
「……此処が雑草まみれだから、有効利用しようと思って、雑草カフェを開こうと思ったのに。
最早、『雑草』の部分がいらなくなってる感じなんですけど」
とのどかは呟いたが。
今までにも店のリフォームをいろいろと手がけている飯塚は、
「いえ、なにか他と違う特徴を打ち出すことは大事なことですよ。
最近、この辺りの住宅街にも小さなカフェ増えてきてますからね」
とフォローを入れつつ、教えてくれた。
「よし、出かけに触らせろ」
と去り際、綾太が泰親に言い、抱っこして、なでなでしていた。
「今日もいい一日が過ごせそうだ」
と言う綾太を、
……いや、それ、中身、成人男性だけど、と思いながら、のどかは眺める。
泰親はおとなしく撫でられていた方が早く離してもらえると思っているようで、撫でられている間、静かに、じっとしていた。
それを見ていた貴弘が何故か、のどかを見る。
無言で、のどかの頭を撫でようとしたので、つい、飛んで逃げていた。
「……お前、猫より往生際が悪いな」
と言いながら、貴弘は意地になっているのか、無理やり撫でようとする。
そんな気配を感じて、ジリジリ逃げるのどかに、
「……なにやってるんですか」
と中原が呆れたように言ってくる。
いやいや、綾太が泰親さんを撫でるのと違って、ちょっと恥ずかしいんですけど、と思ってる間に、大きな木の前で追い詰められたのどかは、貴弘の大きな手で頭を撫でられた。
ついつい、腰がひけてきて。
頭を下げて、丸まった海老みたいな変な体勢になる。
撫でて満足したらしい貴弘が、ようやく手を離してくれたので。
みんなの前で撫でられた甲斐があったと思いたくて、
「いい一日が過ごせそうですか?」
と訊いてみたのだが、
「わからない」
と貴弘は言う。
……素直な人だな、と思いながら、のどかは言った。
「でも、リフォーム、かなりお金かかりますよね?
なにか、もう、身売りしなければならないほど出世払いが嵩んでるような……」
「身売りするって、何処に売る気だ。
お前はもう俺のものだから、俺に売ることはできないし。
よその男に売ることもできないぞ」
と貴弘は言う。
「そうなんですか?」
「そうなんだろう。
妻なんだから」
いや、まあ、売る予定もなければ、買ってくれそうな人も特に居ないんだが……と思いながら、のどかは八神と猫の泰親とともに、みんなを見送った。
みんなを見送り、手を振ったあとで、のどかは笑って言った。
「こうして、みんなに、いってらっしゃいって言うと、なんだかほんとに社員寮みたいですねー」
「全員違う職場に行ったけどな……」
俺はもう一回寝る、と昨日、遅くに帰ってきた八神が言い、
「私も寝る」
と泰親も言う。
ようやく人間の姿になっていた。
「なんでさっき、人間にならなかったんです?」
そしたら、綾太から逃げられたのに、とのどかが言うと、泰親は、
「いや、飯塚が居たから」
と言う。
「海崎綾太は呪いにかかってないから、私の姿が見えないが。
飯塚は見えるではないか。
あの男、理詰めで訊いてきそうで面倒臭かったんでな。
しかも、中原ほどパニックを起こしそうにないから、うやむやに誤魔化せなさそうだし」
「ああ、中原さん、真面目すぎて逆に適当になるというか……」
限界超えると、意外となんでもありになりそうだ、と思うのどかの横で八神がなにごとか考えている。
「どうしたんです?」
と訊くと、
「いや、あの靴な。
此処に呪われてきたみんなに貸しているうちに、本当に呪いの靴にならないだろうかと思って」
と言い出した。
「え?」
伝染していく呪い的なホラーかと思ったが。
「だって、ほら、誰か一人でも水虫のやつが居たら……」
「やめてくださいよ~。
気軽に貸せなくなるじゃないですか」
そして、ものすごい偏見なのだが、イケメンでそういう人は居ない気がする。
いや、本当にただの思い込みなのだが。
小綺麗な人が多そうなので。
……八神さんを除いての話だが。
「そういえば、八神さん、スニーカーになってますね」
と八神の足許を見て、のどかが言うと、
「ああ。
ちょっと捕物があって。
容疑者が逃げそうになって、靴を投げたら、そいつの頭に当たったんだけど。
弾いて、近くの軽トラの荷台に……」
おそらく、何処かの畑にでも運ばれていったに違いない、と八神は言う。
「後ろ、農機具が載ってたから」
「そ、そうなんですか」
「それで、近くにあった店でスニーカー買ったんだよ。
走りやすいしな。
会社とかに聞き込みに行くのには、ちゃんとした靴の方がいいから、また買いに行くけどな」
「なにかこう、八神さんには、靴が履き潰せない呪いでもかかってそうですね」
そう言い、のどかは苦笑いした。