「そういえば、八王子さんもゴーストハンターなんですか?」
藤田スペシャルを半分くらいたいらげつつ和葉が問うと、瞳也は笑いながらかぶりを振る。
「いや、俺は幽霊見えないからね~。ゴーストハンターってわけじゃないんだけどさ」
言いつつ、瞳也はポケットから何かを取り出してテーブルの上に置く。それを見た瞬間、和葉は驚いて目を丸くした。
「そういえばしっかりと紹介していませんでしたね。八王子瞳也は、この町を守る立派な刑事ですよ」
瞳也がテーブルの上に置いたのは、何を隠そう本物の警察手帳だ。所謂私服警官というやつなのか、制服を着ていなかったため一目ではわからなかったのだ。
「そーゆーこと。浸ちゃんには、よく調査に協力してもらってるんだよね」
「なるほど! そうだったんで……」
言いかけ、和葉はふと思い出して青ざめる。
「早坂ちゃん?」
「あっ……あぁっ……!」
非日常が続いて完全に感覚が麻痺していたが、よく考えれば雨宮霊能事務所も朝宮露子もある法律を堂々と無視していた。
……そう、”銃刀法”である。
「え、おじさんが警察なのそんなに嫌だった? 警察嫌い? ごめんね……」
「い、いえっ……全く、そんなことは……! 警察の皆様には、いつもっ……ま、ままま町を良くしていただいていてぇっ!?」
動揺し切ってしまい、語尾が跳ね上がる和葉を見て、瞳也はどうすれば良いのかわからず困惑する。
「早坂和葉……? 体調が優れないのですか?」
「いや、その……大丈夫です……」
思わず浸から目を背け、和葉はラーメンに意識を戻す。
「っ……!?」
しかしそれがショックだったのか、浸までもが青ざめて震え始めた。
「浸ちゃーん?」
「は、早坂和葉に……そっぽを向かれてしまった……。私は、気づかない内に早坂和葉に何かしてしまったのではないでしょうか……!?」
「……え、違うんじゃない……? おじさんのせいじゃない……?」
異様な雰囲気になってしまった店内で、全く状況のわからない藤田はちょっと頭を抱えていた。
***
「え!? じゃあ私達捕まらないんですか!?」
素っ頓狂な声を上げる和葉に、瞳也はしーっと口元に人差し指を当てる。
「ゴーストハンターや、霊能者の皆様にはずっと昔から心霊事件の解決に協力してもらってるんだよ。そんな人達を平然と逮捕するってのはちょっと、ね……」
結局、和葉は耐え切れずに銃刀法について瞳也に包み隠さず話してしまったのだ。
あまりにも和葉が怖がるので、瞳也は苦笑いしつつ事情を説明した。
「まあ、合法ではないんだけどね。往来で振り回されて、通報があったら流石に逮捕しなきゃなんだけど」
「霊の存在自体が法的に認められていませんが、事件と被害だけは昔からありますから……。協力し合ってる内に、このような暗黙の了解が出来上がったんですよ」
つまるところ、ゴーストハンター達の武器携行は今のところ見逃してもらっている、という状態だ。
当然、事件に発展すれば逮捕だし、人前で振り回して言い訳が効かなくなれば逮捕せざるを得なくなる。
「警察側は現状、組織立って心霊事件に対処する制度が整ってないんだよ。だから霊に関しては、霊能者の方々に一任している状態なんだよね。ちょっと悔しいけど」
霊能者と国が協力関係にあるのは、警察という組織が生まれるよりももっと前だとされている。恐らく、遡れば陰陽師のいた平安時代まで遡ることになるだろう。
「ま、そういうわけだから心配しないでよ~」
緩めの態度で瞳也が言うと、和葉はホッと安心して胸をなでおろし、替え玉を追加した。
「えぇ……?」
瞳也は正直ドン引きしていたが、浸にとっては慣れたものだ。
「安心しましたよ……。私は早坂和葉に何か嫌われるようなことをしてしまったのではないかと……」
「そんなわけないじゃないですか~! 変な態度取って、すみません……」
替え玉の麺を受け取りつつ、和葉は浸に頭を下げる。
「いえ、こちらこそ察しが悪く……」
そんな和葉に、浸まで頭を下げ始めるのだから収拾がつかない。
「……浸ちゃん、いつもこんななの?」
「……いえ、たまにです」
当人達にとってはたまにだが、もし露子がここにいれば「大体こんなよ」と答えただろう。
「さて、食べ終わったら、とりあえずトンカラトン探しを始めましょうか」
話を切り替え、浸がそう提案すると和葉は強く頷く。
「はい! トンカラトンが増えたら困りますもんね!」
「え? そんなすぐ行くの? なんだか申し訳ないな……じゃあ、依頼料はおじさんからってことでお願いしていいかな?」
瞳也がトンカラトンについて調べていたのは、仕事としてではない。あくまで噂を聞きつけ、事件が起こる前に予め少し調べておこうとしていただけである。これが警察としての調査だった場合、そう安々と調査内容を部外者に教えるわけにはいかない。
浸達が本格的に動くなら、依頼、という形を取った方が収まりが良い。
「そうですね。そのようにするのがスムーズでしょう」
しかし、現状わかるのは包帯男という特徴のみである。それ以外のことは、まだ何もわかっていない。
「自分達の足で調べる必要がありますね」
「あ、だったら手分けしませんか? 私だって浸さんの助手として成長してるんですから、聞き込みくらい出来ますよ!」
えへん、とふんぞり返る和葉を見て、浸は少し驚く。だがすぐに微笑んで、ゆっくりと頷いた。
「ふふふ……ではゴーストハンター早坂和葉のお手並み拝見といきましょうか」
「はい! 拝見してください!」
「では17時頃に事務所で結果報告ということで」
「はい!」
和葉は力強く答えると、ラーメンのスープを一気に飲み干した。
あれだけの量を胃袋に詰めて聞き込み調査をする……瞳也には出来る気がしない。年齢とかそういうものを超越した、何かの才覚を感じずにはいられなかった。
「浸ちゃん……早坂ちゃんって何者?」
「うちのかわいい助手ですよ」
そう言って、浸は得意げにウインクして見せた。
***
あの後、浸は商店街で聞き込みを始めたがそれらしい情報は得られなかった。噂としてもまだあまり出回っていないようで、商店街の人達は全員心当たりがない様子だった。
次に浸が訪れたのは、庵熊漁港だ。釣り仲間に少しでも話が聞けないかとダメ元で訪れたが、今日はほとんど釣人がいない。
しかし、一人だけポツンと、見かけたことのある人影があるのが見えた。
「……おや?」
そこにいたのは、赤羽絆菜だった。あまり調子が良くないのか、ソフトルアーを投げては回収し、を繰り返している。
「赤羽絆菜ではないですか。しばらくぶりですね」
絆菜は浸の声に少し驚いたようだったが、すぐに浸の方を向いて笑みをこぼす。
「……お前か。しばらくぶりだな」
「そうですね。今日は投げ釣りを?」
「ああ。しかし難しいな。うまく投げられない」
そう言って絆菜は肩をすくめる。
そこで、浸は違和感に気づく。以前に出会った時と、絆菜に対する感覚が違うのだ。うまく言葉には出来ないが、以前は絆菜を人間だと断言出来た。
しかし今は――――どうしてか少し違うように感じてしまう。
「お前はどうした? 見たところ釣りではないな」
「ええ、少し聞き込みをしに来ました。私がゴーストハンターというのは、以前お話しましたね?」
ひとまず違和感は飲み下し、浸はすぐにそう答える。
「……ああ、聞いたよ」
「ここ最近、包帯男を町で見たりしませんでしたか? 噂だけでも良いので何かあれば教えて欲しいのですが」
「……すまない。聞いたことがないな」
絆菜はすぐに首を振り、そう答えると深く息を吐いて見せる。
それからしばらく、独特の間があった。
絆菜はジッと浸を見つめたまま黙り込んだ後、やがて意を決したかのように口を開く。
「お前は何故、ゴーストハンターなんだ?」
妙に真剣な面持ちで、絆菜は問う。何故そんな質問を絆菜がするのか、ある程度仮説は立てられるが今はそこを言及すべきではない。
質問された以上まずは真摯に答えたい。そう思ったため、浸は疑問も仮説も後に回すことにした。
「……私の持っている力が、少しでも人の役に立てればと……そう思いました。以前霊能者に救われたことがきっかけです」
「そうか。だがお前の力は霊能力だけではないハズだ。普通の仕事をするのでは、人の役に立てないのか?」
絆菜のその問いに、浸はすぐには答えられなかった。
確かに彼女の言う通りだ。何も、ゴーストハンターだけが人の役に立つ仕事ではない。そして、霊能力だって浸の全てではない。絆菜の疑問は、考えてみれば自然なものだった。
「ゴーストハンターはお前だけではない。他の人間に任せてしまっても良いんじゃないか?」
「……ふ、耳が痛いですね。過去に何度も言われた言葉です」
霊力のあまり高くない浸自身、時折考えてしまうこともあるくらいだ。ゴーストハンターとしての戦いは露子のような霊力の高い霊能者に任せるべきだと。
「それでも……私が救いたいと思うんですよ。私を救った師のように、霊から誰かを。それに、私の助手のような、自身の霊能力に悩まされている人も導きたいのです」
「それはお前でなければならない理由ではない」
ピシャリと言い放つ絆菜だったが、浸は引かなかった。
「それでも……私がそう、したいんです」
浸がそう答えてからしばらく、沈黙があった。浸も絆菜も、お互いをまっすぐに見つめ合ったまま、動じない。
「……そうか」
先に沈黙を破ったのは絆菜だ。彼女はそれだけ言うと、釣り道具を素早く片付け始める。
「……なら、次に会う時が最後だ。ゴーストハンター雨宮浸」
それだけ言い残し、絆菜は歩き始めた。
「……赤羽絆菜……あなたは……」
点と点が繋がる。浸の立てた仮説を、絆菜自身が肯定した瞬間だった。
浸は、絆菜の後を追えなかった。
***
浸が商店街近隣で包帯男の聞き込みをしている頃、和葉はドリィを訪れていた。店主の浅見結衣は和葉が店に入ると喜んで迎え入れ、棒付きキャンディを一つ分けてくれる。
「あ、レモン味」
「お、好みかい? 趣味が合うね。露公もレモン味が好きなんだよ。だから癖で渡しちゃったんだ」
キャンディを口に入れつつ、和葉は包帯男のことを結衣へ話す。
「包帯男、ねえ……なんか若い時そういう噂を聞いたことがある気がするよ。なんだっけね。とん……なんとか……」
「それって、トンカラトンですか?」
和葉がそう問うと、結衣は嬉しそうに手を叩いて見せる。
「そうそう、それそれ。よく知ってるね。昔はやんちゃしてたから、出くわしたらブン殴ってやろうと思ってたくらいだよ」
そんなことをのたまいつつ、結衣はカラッと笑って見せる。
「それでなんだい? トンカラトンがまた流行ってんのかい?」
「流行ってる……ってわけじゃないんですけど。目撃証言があるみたいで」
「へぇ!? ほんとに!? 面白そうだね!」
思わずレジから身を乗り出してしまう結衣だったが、すぐにハッとなって姿勢を正す。それから軽く咳払いをしてから、結衣はもう一度口を開いた。
「と、こんなこと言ってると露公に怒られそうだね。素人がそういうのに首突っ込むなっつって」
「あ、確かに言いそうですね……」
「しかしすまないね。あたしはそういうのはわかんないから……そうだねぇ、子供に聞くのはどうだい」
「子供、ですか?」
キョトンとした表情で和葉が問い返すと、結衣は大きく頷いて見せる。
「子供ってのはそういう噂話が結構好きなモンだよ。最近の子はどうだかちょっとわかんないけど」
「なるほど……聞いてみます!」
「うんうん。まあ、不審者扱いされないよう気をつけンだよ~」
茶化しながら手を振る結衣にお辞儀しつつ、和葉はすぐにドリィを出て行った。
***
和葉が次に向かったのは、住宅街だ。丁度時刻は小学校の下校時刻で、和葉が待っているとすぐに目的の少年に出会うことが出来た。
「あ、お姉ちゃん!」
「健介くん!」
少年、阿佐ヶ谷健介はかつて般若さんの事件で和葉が助けた少年だ。子供から話を聞くなら、なるべく知り合いの方が良い。見ず知らずの子を捕まえるとなると、結衣の言う通り不審者扱いされかねない。
しかしここで、早坂和葉は気づく。
健介の家を知っているが故に、和葉は下校時刻を狙って阿佐ヶ谷家の付近を張っていた。
(これじゃまるでストーカーだ……!)
気づいた瞬間、和葉の表情はぎこちなくなる。
勿論健介は気にしていない。
「け、健介くん……」
なるべく自然に話を聞こうとなんとか装う和葉だったが、装ったせいで逆に不自然になっていく。さっきまで何も気にしていなかった健介も、これには訝しげな顔を見た。
「……お姉ちゃん?」
「お、お話……しない……?」
「お姉ちゃん!? どうしたの!?」
「奢るよ……? ほら、お姉ちゃん、す、好きなもの……おごってあげるから……」
「お姉ちゃん!?」
もうほとんど不審者だったが、健介はとりあえず通報はしないでおいた。
***
「……話がしたいだけなら普通に言ってくれれば良かったのに……」
結局、健介の提案で和葉は阿佐ヶ谷家にお邪魔することになった。健介の母は和葉と浸には強く感謝しており、和葉が来ている、と聞いただけで喜んで客間の和室に迎え入れ、お茶とお茶菓子まで出してくれた。
「ご、ごめんね……なんか私ストーカーみたいだなって」
「最初よりその後の方が不審者じみてたよ……」
お茶を飲みつつ、健介は呆れたようにそう言う。
「それで話って?」
「あ、そうそう。包帯男って知らないかな?」
「……包帯男……あ、最近クラスの女子が話してたよ」
「ほんとに!?」
結衣のアドバイスは的確だったようだ。和葉が二つ目の饅頭を開封しながら反応すると、健介は頷いてから話し始める。
「うん、それで宏太が経験を活かして迂闊に関わるなよ! って女子に言って回ってて」
「すごい! 偉い!」
「ハブられてた」
「世知辛い……」
宏太や健介のように般若さんに関わった子にとっては現実の驚異だが、それ以外にとっては単なる噂話でしかない。そんなものに本気になってつっかかられれば、興ざめしてしまうのは無理もないのかも知れない。
「河川敷辺りで見かけたって話だけど、どうなんだろう。普通警察に捕まりそうだよね」
「河川敷辺りか……ありがとう、新情報だよ!」
以前和葉は浸に聞いたことがあるのだが、子供の内は霊力が少し高く、霊が見えることが多いらしい。生まれついての霊力の他に、子供の頃どの程度霊と関わったかでその後の霊視力が変わってくるらしいのだ。幼い頃から霊と関わり、見てきた人間は、霊力が高いまま大人になる、と浸は話していた。
そう考えると、子供の方がこの手の噂話をしがちなのは当然のことと言える。
「……よし、浸さんに報告しなきゃ」
その後少しだけ雑談をし、健介とその母にしっかりと礼を言ってから和葉は阿佐ヶ谷家を後にした。
***
健介から話を聞いた後、和葉はすぐに浸へ河川敷で目撃されていたことを報告する。すると、浸はすぐに行こうと言い出し、結局その日の夕暮れ時には件の河川敷へと向かうことになった。
「お手柄ですね早坂和葉。流石は立派なゴーストハンターです」
「えへへ~~それほどでも~~」
トランクケースを抱えつつ、和葉は照れくさそうににやけて見せる。
前回の戦いで青竜刀をなくしてしまったため、浸の初期装備は双剣だ。一応背中には霊刀雨霧を背負ってはいるが、和葉と露子にはなるべく二度と使わないようきつく言われている。
「……忘れていましたが、青竜刀はまた買う必要がありますね」
「いつもどこで買ってるんですか?」
よく考えれば武器の仕入れも法に触れる。何か特殊なルートがあるのだろう。
「行きつけ……というか近辺ではそこしかないのですが、霊具屋があります。いずれ一緒に行きましょうか。早坂和葉にもっと適した霊具もあるかも知れませんし」
「はい! 行きます行きます!」
和葉は流れで弓を使い続けているが、一度きちんと選んだ方が良いだろうと浸は考えている。出来ればこのまま遠距離武器を選んで使っていてほしいが、本人の意思が最優先だ。その時がきたら、和葉自身に選ばせる心づもりで浸はいる。
「……!」
そうして話しながら歩いている内に、和葉がピクリと反応を示す。近くに霊がいるためだ。
慌てて浸が辺りを見回すと、橋の下を一体の霊が歩いているのが見えた。
「……アレですね」
「……はい、でもこの感じ……」
和葉の感覚では恐らく、一体ではないであろうことがわかる。和葉が感覚を頼りに数えている内に、一体が気づいてフラフラと二人の元へ歩み寄ってくると、すぐに刀を向けた。
「トン……カラトンと……言え……」
その霊は二人の予想通り、全身包帯だらけの男だった。頭の部分だけ歪に凹んでおり、片方だけの目でこちらをジッと見ている。自転車には乗っていないが、他の特徴はほぼ全てトンカラトンと一致していた。
何も答えずに二人が様子を伺っていると、今度は橋の下の薄暗闇から6体のトンカラトンが這い出てくる。
体型は男性のものだったり、女性のものだったり、子供のような背丈のものもいる。共通しているのは、誰もが全身包帯まみれで、刀を持っているということだけだ。
「……ろ、六人も……!」
「トンカラトンと言え」
バラバラのタイミングでそう言うと、トンカラトン達は二人に刀を向ける。
「……ふふ、言うつもりはありませんよ。あなた方は、ここで祓います」
そう言い放ち、浸が双剣を構えると、慌てて和葉も弓を構える。
「雨宮浸の名の元に」
その言葉を合図代わりに、7体のトンカラトンが同時に襲いかかってきた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!