──その夜、彼の元を訪ねると、
「指輪の件、面目がなかったな。君にもストレスを負わせただろう」
そうおもむろに償いの言葉をかけられた。
「ううん」と、首を振って返す。「貴仁さんが償われることなんて……」……全てはあの女性によって、仕組まれたことだったんだもの……。
「いや、指輪をしていないことを忘れていた、私も悪い」と、彼が話す。
「アクセサリー類は元々し慣れないこともあって、嵌めていないことに、君から言われるまで、気づいていなかったからな」
「そんなこと……」と、言葉に詰まった。
だってあの一件で傷ついているのは、他ならぬ貴仁さん自身のはずなのに──。
でも、あれが彼なりの裁量だとしても、幾分もやもやとして納得がし切れていないようなこともあって、
「……ああいう形で彼女を赦してしまって、本当によかったんでしょうか?」
そんな問いかけが、口をついてこぼれた。
「ああ……」と、彼が短く頷く。
「君を、戸惑わせたか……」
言いながら彼が、私をなだめるように髪をさらりと撫でさすった。
「……先ほど、改めて森本さんが謝罪に訪れて、ここを辞めると話してきた。『長らくお世話になったのにも関わらず、いっときの感情でつまらないことをして申し訳ありませんでした』と、そう言っていた。また、『ああして冷静になれるゆとりを与えられたことで、どれほど愚かなことをしてしまったのかも、痛感させられました』ともな……」
彼からそう伝えられて、「あの人が……」と、思いを巡らす。指輪を返した時には、あくまで自らに非はないとでもいった風で、憮然とした感じにも見えていたのに……。
「……私は、直接彼女にも言ったように、感情自体に罪はないと思っている。だから直情的に動いてしまった彼女を、責め立てるつもりもなかった。……当座に頭ごなしに悪いと決めつけて辞めさせたとして、彼女自身に残るのは憎しみしかないだろうからな。……わかってもらえるだろうか」
彼に促されて『愛と憎しみは紙一重』という一文が、ふと頭に浮かんだ。そうして今になってやっと、彼の下した采配に合点が行った。
貴仁さんは、彼女があれ以上憎悪を募らせないよう、敢えて自身に判断を委ねて、膨れ上がる情念を逃がすようにもして──。
もしあの場で、貴仁さんがばっさりと斬り捨てていたら、ガス抜きの出来なかった森本さんは、一体どうしていたのか……。
そう思い至ると、いつかの真中さんのスキャンダルの一件が思い出されて、彼がKOOGAという大企業のトップたるゆえんを、目の当たりにした気がした──。
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