意外と長いです。
作戦決行の日。
ノルマンディーにはほとんど人がおらず、予想していたよりも楽に上陸する事ができた。
「どう?久しぶりのフランスは」
彼がそう語りかけてくる。
語りかけてくるような、声が聞こえた。
その声は、彼とそっくりの声だった。
英吉利は俯いた。
いくら想像しても、彼自身を再現できるわけが無かった。
脳のどこかにいる冷静な自分が彼が目の前にいる妄想までし始める自分を鼻で笑う。
そんなことして、楽しいのか?
脳の中に響く自分の声は、まるで誰かを嘲笑う際の声とそっくりだった。
その後も上陸作戦は順調に進んだ。
枢軸側は全く警戒をしていなかったようで、ちらほら居た敵軍もすぐに投降するか逃げ出すかのどちらかだった。
そもそも、敵軍の数が少なすぎた。
きっとソ連戦線に人員を割いているのだろう。
連合側はかなり順調に進んでいった。
そしてもう勝ちは確定したのだ。
米国は予想以上の進軍速度に驚き、上機嫌だったが、英吉利は違った。
作戦の成功。戦争に勝利する。
それは素晴らしい事だ。国の存亡を賭けた戦いに勝てるということは。
だけど、それ以上に大切なものがあるんじゃないか?
英吉利にとって大切なもの、それは仏蘭西のことだ。
過去に大喧嘩したこともあるし、お互い憎み合っていた時期もある。
でもなんだかんだ言って、英吉利はいつも仏蘭西と一緒だった。
一緒にいなければ行動できないわけでも無い。
別に一緒にいる必要もなかった。
だが、お互い一緒にいることが当たり前になっていた。
それは二人が結ばれる前から、ずっと。
結ばれた後も、それは変わることがなかったのに。
なんでこんな事で、彼は。
英吉利は深い溜息をつき、座り込んだ。
具合でも悪いのかと心配しているような視線が自身に突き刺さる。
こんなところで止まっていたら邪魔になるだろう。
またもや自分の声が脳内に響いた。先程の嘲笑う様な声ではなく、どこか棘のあるような声だった。
それもそうだと英吉利が立ち上がったのと、男性が声をかけたのはほぼ同じだった。
「英吉利 ………?」
耳にタコができる程聞いたその声は、
まっすぐ自分に向けられていた。
反射的に顔を上げる。
そこには、自分が必死に探していた仏蘭西の姿があった。
「やっほー、英吉利!
暫く会えなかったから…何してんのかと……思っ……」
英吉利に抱きしめられているからだろう。
仏蘭西の言葉はそこで途切れた。
何も言わず涙を零し始めた恋人を見て、仏蘭西は呆れたような、わざとらしい溜息をついてやった。
「そんな悲しかった?」
仏蘭西の言葉に、英吉利は小さく頷いた。
涙に嗚咽が混じる。
英国紳士も感情的になることもあるんだな、と皮肉めいた言葉がふと口から出そうになり、慌てて口を閉じた。
この雰囲気に、そんな言葉は似合わない。
彼にかけるべき言葉は、それじゃない。
無意識のうちに自身の頭を触る。包帯で巻かれている、戦闘で傷ついた部分を優しく撫でた。
それに気付いた英吉利が顔を上げ、目を見開いた。
「仏蘭…西………?貴方、」
彼が驚いているのは一体何に対してだろう。自身の頭に巻かれている包帯か、それとも。
「これ?」
仏蘭西の指は自分の顔の中心に刻まれている紋章を示していた。
今までの自分には無かった、その紋章。
十字架に似た形をしていた。
「…それに前よりも背が小さくなったような気がするんですが」
それを言われてはしょうがなかった。
「ごめんね!英吉利。実は、僕〝本当の仏蘭西〟じゃあないの」
軽い調子で告げられたその内容は、英吉利にとって簡単に理解出来るものではなかった。
彼は自分を仏蘭西の二重人格だと主張している。
その名も、〝自由仏蘭西〟
〝仏蘭西〟は今、本土を占拠され、存在することが出来なくなってしまった。
もう欧州に〝フランス〟は存在しないから。
「でも、諦めたくない。
自分の国を、土地を取り戻したい。
そんな〝仏蘭西〟の思いが僕を創ったんだよ」
さらっとそんな事告げられても、理解できるわけがないだろう。
反論したい気持ちをぐっと堪える代わりに英吉利は溜息をついた。
彼に、本物の彼に会うためにはこの戦争を終わらせなければいけない。
「分かりました」
全てを理解した英吉利の声には、
何が何でも彼を取り戻す。
そんな決意が込められている気がした。
「早く…、早くこの戦争を終わらせましょう」
その言葉を聞いた〝自由仏蘭西〟は、嬉しそうな笑顔をしていた。
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