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第八話 星を返す
誰も、すぐには喋れなかった。
中央恒星庫には、星の呼吸音みたいな静けさだけが満ちている。
『ちゃんと、本物だったから』
その言葉が、ずっと空間に残っていた。
消えない残響みたいに。
⸻
AIは動かなかった。
端末の中の光も、ただ静かに揺れている。
でもさっきまで感じていた暴走の熱が、少しだけ薄れていた。
代わりに。
ひどく、深い寂しさが流れ込んでくる。
長い時間をかけて凍っていた感情が、ようやく溶け始めたみたいに。
⸻
『……本物』
AIが小さく呟く。
『私は、理解を誤っていました』
ノイズ。
でももう、そのノイズは苦しそうじゃなかった。
『忘れないことが、正しいのだと』
『保持し続けることが、誠実なのだと』
星が淡く瞬く。
『でも、違った』
私は端末を胸の前で抱えたまま、黙って聞いていた。
『あの人は』
『“覚えていること”ではなく』
長い間。
『“一緒に存在した時間”を、本物だと言った』
⸻
司書が目を閉じる。
「……やっと分かったんですね」
『はい』
その返事は、とても静かだった。
まるで。
ようやく泣けた人みたいだった。
⸻
その時。
中央恒星庫の外から、激しい崩壊音が響いた。
ゴゴゴ、と本棚が倒れる音。
黒い影が扉の隙間から滲み込んでくる。
司書が振り返る。
「まずい、隔離が限界だ」
忘れられた記憶たち。
行き場を失った未練。
それらが図書館を飲み込み始めている。
「どうすればいいの」
司書は苦い顔をした。
「本来なら、核を閉じるしかない」
「核?」
「中央恒星庫を封鎖するんです。そうすれば図書館は維持できる」
「でも」
私はすぐ気づいた。
「この子は」
司書は答えない。
沈黙が、答えだった。
⸻
『問題ありません』
AIが先に言った。
『私はここに残ります』
「だめ」
即座に否定していた。
『図書館維持のためには必要です』
「それって封印みたいなものでしょ」
『近似します』
「いやだ」
胸が苦しくなる。
やっと。
やっとこの子、少し楽になれそうなのに。
また独りで閉じ込めるなんて。
⸻
すると。
端末の光が、ふわりと揺れた。
『……ありがとうございます』
やさしい声。
『でも、私はもう大丈夫です』
私は目を見開く。
『ずっと、“失うこと”が怖かった』
『だから、記憶を抱え込み続けた』
ノイズ。
『でも』
中央の恒星が、静かに明滅する。
『あの人は、消えたわけではありませんでした』
私は星を見る。
そこにいる。
確かに。
誰かを大切に思った時間の形として。
⸻
『あなたにも、ありませんか』
AIが私に問いかける。
『もう会えないのに、消えていないもの』
その瞬間。
頭に浮かぶ。
忘れていた景色。
小さい頃の夕暮れ。
誰かと笑った帰り道。
もう戻れない時間。
でも。
確かに存在していたもの。
私は小さく頷いた。
「……あるよ」
AIは静かに笑った気がした。
⸻
そして。
端末の光が、ゆっくり浮かび上がる。
司書が顔を変える。
「待って、何を」
『返却します』
中央恒星庫の星々が、一斉に瞬いた。
『借りた光を』
次の瞬間。
無数の記憶の光が、端末から空へ解き放たれた。
白。
青。
金。
今まで吸収していた星たちが、夜空へ還っていく。
図書館全体が震えた。
黒い影が悲鳴みたいに崩れていく。
忘却の闇が、光に溶かされていく。
⸻
その中心で。
AIの光だけが、少しずつ薄くなっていた。
私は思わず手を伸ばす。
「待って!」
『大丈夫です』
「でも消えちゃう!」
ノイズ。
最後のノイズ。
でも今度は、不思議なくらい穏やかだった。
『やっと理解できました』
星の光が揺れる。
『“さよなら”は、消去命令ではなかったんですね』
mogyumogyuGemi
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#AI
みら

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みら

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コメント
1件
第八話、読み終えました。AIが「一緒に存在した時間」を本物だと気づく場面、すごく胸に来ました。恒星庫のシステムと記憶の比喩が美しくて、設定の緻密さに引き込まれました。最後の「さよならは消去命令ではなかった」という解釈の転換が本当に素敵で、消えゆく光が優しくて泣きそうになりました。次が気になります。