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宿泊先のホテルなどを決めた後、偉央は結葉に部屋にはプライベートプールが付いている旨を伝えた上で、「忘れず水着を持っておいでね?」としつこいくらいに念押しをした。
その際の、驚いたような戸惑いに揺れる結葉の表情を、偉央は「あれは本当に可愛かった」という思いとともに忘れられないでいる。
新婚旅行ともなれば、水着どころか裸だって偉央に見せることになるのは十分想定の範囲内だろうに、本当結葉は、性的なことに関して奥手だな、と思った偉央だ。
そんな結葉が相手ではあるけれど、今回のハネムーンでは、何とかして彼女と一線を越えたいと偉央は強く願っている。
戸建ての別荘みたいなホテルを宿泊先に選んだのだって、恥ずかしがり屋の結葉のタガをなんとか外して、心置きなく啼かせてみたいと思ったからだ。
偉央が手配したホテルは、那覇空港までホテルからの無料送迎車が来てくれて、レンタカーなどを借りなくても宿泊先まで連れて行ってくれるサービスがついていた。
着いてすぐ、広々としたフロントでウェルカムドリンクのサービスを受けてから、チェックインの手続きを済ませたら15時過ぎで。
晩夏のこと。
陽はまだまだ長いけれど、結葉は誘えば各部屋についているプライベートプールに入ってくれるだろうか。
「結葉、せっかく部屋にプールがついてるし、一緒に入ろうか」
ディナーは18時からなので、まだ間がある。
お互い水着姿になれば、自然と肌が触れ合う機会も増えるだろう。
偉央がそう思って誘いかけてみたら、結葉の視線が恥ずかしそうに戸惑いに揺れたのが分かった。
「水着、ちゃんと用意してきたよね?」
あれだけ出発前に念押ししたのだ。
偉央に従順な結葉が言いつけを守っていなはずはない。
きっと偉央が「入らない?」と問いかけたなら、結葉は首を横に振っていただろう。
だが、せっかくの新婚旅行。
偉央はそんなヘマをするつもりは毛頭なかった。
見合いから数ヶ月の付き合いを経て、偉央は結葉にどう問い掛けたら、彼女を自分にとって都合の良い方へ誘導出来るか、あらかた分かるようになっていた。
可愛い結葉を完全に支配するつもりはないけれど、要所要所でこんな風に思う方向へ導くくらいなら許されるだろう。
***
偉央から離れて脱衣所に入った結葉は、荷物から取り出した水着を前に途方に暮れていた。
***
沖縄への新婚旅行が決まって程なくして、偉央から「旅先には水着を持ってくるように」と指示された。
水着なんて高校生の頃に授業でフィットネス水着を着て以来ご無沙汰で。
その水着は半袖短パン仕様で、二の腕と太ももは隠せるデザインだったのでそんなに恥ずかしくはなかった。
ついでに言うと、クラスメイトたちも皆似たり寄ったりの格好をして芋の子洗いだったから、集団に紛れることも出来た。
けれど、さすがにそれを持っていくのは違うというのは結葉にも分かる。
「あの、偉央さん、私、ちゃんとした水着を持っていなくて」
眉根を寄せてそう言えば、偉央が結葉の気持ちを汲んで、「それじゃあ仕方ないね」と許してもらえるかな?とか思っていたけれど、甘かった。
「――じゃあ、一緒に買いに行こうか」
偉央にニッコリ微笑まれて、結葉は何も言い返せなくて。
売り場に並んだ色とりどりの水着を見て、学生の頃に着たスクール水着にスカートがついたようなデザインのものを見つけた結葉は、これに長袖のラッシュガードを合わせたら肌の露出が抑えられて無難かも、と思った。
「あの……私、こういうのにしようかなって思ってるんですけど」
水着を着るにしても、お腹が出るのは無理だし、ワンピースタイプ以外ないと思ってそう言ったら、即座に偉央から却下されてしまう。
「せっかく新調するんだから……。僕は結葉のビキニ姿が見たいな? ――ね、ホルターネックになってるこれとか可愛くない?」
言いながら偉央が手にしたのは薄花色の、明るく薄い青紫系のビキニで。
首元で紐を結ぶホルターネックタイプになっていて、胸元も、まるで真ん中でカップとカップを繋ぐように結んだデザインになっていた。
真ん中の結び目はあくまでも飾りで、解けたりする心配はなさそうだった。
お腹こそ少し露出してしまうけれど、幸いなことに胸を覆う部分とはセパレートになった下は、短いスカートを巻きつけたように見えるフィッシュテールのキュロットで、上にも透け感のある白色のボレロがセットになっていた。
ボレロを羽織れば、胸元や二の腕もカバー出来るデザインで、奥手な結葉でもこれなら、と思えるギリギリの仕様になっていた。
それを一発で見つけ出して自分に勧めてきた偉央の審美眼に、結葉はただただ驚かされるばかり。
「他のほど露出が多くないし、これなら結葉でも着られるでしょう?」
試着しておいで?と促されて、結葉はこの水着を購入する以外の選択肢は残されていないことを悟った。
***
お店で露出度の高いたくさんの水着が並んでいるのを見た時には、「これなら私でも大丈夫かな?」と思えたのに。
結葉は買った時のまま、タグだけはとりあえず外して仕舞い込んでいた水着を袋から取り出して、頭を悩ませる。
手に取って広げてみると、存外布地の面積が少ないように見えるのは気のせいだろうか。
店舗では安心材料に思えた透かしの白ボレロも、丈が胸の下までしかないとても短いもので。
しっかり着たところでお腹が丸出しになってしまう!と思った。
その中にあって幸いなのは、下に履くボトムが、臍下からのデザインではなく、お臍の上あたりにウエストのゴムがくることぐらい。
実質肌が剥き出しになるのは、トップ下からボトムまでの10センチ足らずの範囲のみ。
そう思えば何とかなりそうな気もするけれど……男性の前で下着姿になるような気恥ずかしさを感じてしまうことに変わりはない。
偉央とは、見合いから結婚に至るまでのこの数ヶ月間、ディープキスが最上級にエッチなこと程度の清い?お付き合いをしてきたのだ。
胸に触れられたこともなければ、お尻を撫でられたことも、腰回りに腕を回されたことすらない。
もちろん、偉央以外の男性にもそんなことをされたことは一度もない結葉だったけれど、色々準備運動みたいなものをすっ飛ばしてこんな露出度の高い格好でふたりきりだなんて!と思ったら、顔から火が出そうだった。
***
「ねぇ結葉、着替え終わった?」
と、余りにもノロノロとしてしまったからだろう。
脱衣所の扉を軽くノックされて、偉央に声を掛けられてしまった。
「あっ、もっ、もうちょっとなので……すみません。先にプールに行っておいて頂けますか? すぐ行きますっ」
慌てて偉央にそう返したら、「分かった。なるべく早く来てね」と返ってきてホッとする。
でも、安心している場合ではない。
「早く着替えないとっ」
結葉は手にした水着をギュッと握って、覚悟を決めた。
***
「ごめんなさい、偉央さん、遅くなりました」
水に入ることを想定して、腰まである癖のないストレートな黒髪をゆるりとサイドで編み込むと、結葉は脱衣所に2つあった、もう一方の出入り口――一方は部屋に面していて一方はプールサイドに面している――から外に足を踏み出した。
屋外に出てみると、最初結葉からはプールサイドに置かれたサマーチェアに座る偉央は、頭のてっぺんが背もたれから少しのぞいている程度でほとんどその姿が見えなくて。
だけど、結葉の声に偉央がチェアから身体を起こしてこちらを振り返った途端、ドキンッ!と心臓が大きく脈打ったのが分かった。
偉央は黒地にブランドのロゴが入ったシンプルな膝上丈のサーフパンツ一枚きりの姿だったから。
てっきりTシャツぐらい着てくれているものと思っていた結葉には、刺激が強すぎた。
はっきり言って大誤算だ。
結葉は初めて見る偉央の半裸に照れて、どうしたらいいか分からなくなる。
そうして、固まったようにプールサイドに立ち尽くした結葉を視界にとらえた偉央にとっても、水着にバスタオルを羽織った結葉の姿は想定外だった。
椅子から立ち上がった偉央は、結葉の、ある意味結葉らしいとも言える姿に瞳を見開く。