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昼休みの図書室は、今日も静かだった。
カウンターには、いつもの通り本を読みながら座る僕
――図書委員の「るぅと」。
制服の袖口をきゅっと整えて、小さなため息をつく。
(今日も、来るかな……)
パタン、とドアが開く音。
ひゅんっと軽やかな足音と、弾けるような声が響く。
「やっほー、るぅとくん!あ、今日もいた!」
「あ、青野くん。走らないでください!……本棚、倒れますから」
「ごめんごめん。また寝に来た~~ここ、涼しいんだもん!」
ころん
――青野ころん。
学年でも有名なにぎやか男子。だが昼休みはなぜか必ずこの図書室で、いつも本棚の影で丸くなって寝ている。
「図書室で寝るの、怒られないの?って毎回思うけどさ……るぅとくんが見逃してくれるから!」
ころんは無邪気に笑う。素直で、ちょっとピュアだと思う。
だからつい、口うるさく言えずに見逃してしまう
――なんてこと、本当は僕の方がよほど甘いんじゃないかと気づいている。
「青野くん、課題図書の貸し出し、昨日までじゃなかったですか?」
「あー、それなんだけど……探してた本どれだか全然分かんなくなっちゃって。てか、全部似たような背表紙なんだもん~」
ころんは教科書をなでるようにめくりながら、困ったように笑った。
「もし、手伝ってくれたりする?」
その声のトーンが、いつもより少しだけ頼りなくて、僕の心臓が微かに跳ねる。
「……仕方ないですね。どの本か、見本は?」
「うん、これ!」
ころんが差し出したのは、犬みたいにくしゃくしゃになったプリントだ。
つい口元がほころぶのを抑えきれない。
「青野くん、本当に天然ですね」
「わー、また言われた……」
いっしょに本棚の間を歩く。
ころんは何も考えず隣を歩くから、時々ぴたりと肩がふれる。
僕はそのたびに、(落ち着け、落ち着け…!)と心で念じるしかなかった。
「るぅとくん、図書委員やってて退屈じゃない? 友達と遊びに行かないの?」
「静かな方が好きですし。本の整理とか、けっこう楽しいですよ」
「へぇ~。でもさ、こんなに静かだと、楽しいことってある?」
僕はちょっとだけ考えてから、ころんを見た。
「……例えば、“青野くん”が寝てるのを見張るとかは、割と楽しいです」
「えっ、なにそれ、監視かよ~」
冗談めかして笑うころんの頬が、ほんのり赤くなる。
探し物の文庫は、奥の棚にあった。
「これですね、お目当ての課題図書」
ころんがぴょんと飛びつく。
「うわーこれか!ありがと~、さすがるぅとくん!」
ころんの指先が、僕の指にふれる。
一瞬、手のひらが熱を帯びた気がした。
「あ、ご、ごめん……」
「……大丈夫です。別に減るものじゃないですから」
そう言いながら、僕の声の調子がよそよそしくなる。
ころんの表情も、驚きと照れくささがまじる妙な空気。
「……るぅとくん、怒ってない?」
「……怒ってません。青野くんが、触れるのが嫌だなんて思うわけないですし」
言葉が先走って、自分でびっくりする。
「あ……それ、ちょっと嬉しいかも」
ころんが、はにかんだ。
しばらく沈黙。その隙間を、静かな昼の光が埋めていく。
僕は、ころんのことが気になって仕方なかった。
可愛いだけじゃない。
くだらないことで毎日笑ってるのに、どこか寂しそうな横顔も知っている。
「青野くん、僕その……“ころちゃん”って呼んでもいいですか、?」
「えっ、なんでいきなり?」
「その方が、距離が近い気がして。……僕も、“ころちゃん”の近くがいい」
突然の告白に、ころんはぱちぱちと何度も瞬きをした。
「……でも、僕は“るぅとくん”って呼ぶよ?」
「…wwそうですか、?」
ころんが笑う。
それにつられて、僕も自然に口元がゆるむ。
(大好き。だけど、この気持ちはまだ秘めておきたい。今は、手がふれただけでこんなに嬉しいから)
その日から、図書室はちょっとだけにぎやかになった気がした。
昼休みの静けさのなか、“僕たちの秘密”のような小さな「好き」が、そっと生まれる。