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#茜
💎星乃葵@ペア画中.ᐟ💎
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りおりんご🍎
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今中希美
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受付の自動ドアが開くより先に、舜太はその人に気づいた。
会議の開始は十時。まだ三十分ある。
余裕を見て下りてきたつもりだったが、来客用のソファの横には、すでに一人の男が立っていた。
薄手のコートの下はジャケットで、片手に提げた書類鞄は使い込まれている。
「柔太朗先生、でいらっしゃいますか」
声をかけると、男はゆっくりこちらを向いた。
細い、と最初に思った。背は自分より少し低いはずなのに、立ち姿に余白があって、実際よりも高く見える。肌は朝の光を通してしまいそうなほど白く、目元が涼しい。
「はい。柔太朗です」
「プロジェクトリーダーの舜太です。お待ちしてました」
「はじめまして。診察が少し押してしまって、ぎりぎりになるかと思っていたんですが」
「全然。まだ三十分前ですよ」
「そうですか」
それだけ言って、柔太朗は小さく息を吐いた。
急いで来たことを、顔には出さない人らしい。舜太は笑って、ストラップのついた入館証を差し出した。
「こちら、入館証です。ゲストの方は有効期間を入れる決まりなんで、来年の三月末にしてあります」
受け取ろうとした柔太朗の手が、ほんの一拍、宙で止まった。
「……三月末、ですね」
「担当は春までと伺っていたので。延びるようなら、また言ってもらえれば」
「ええ。春までです」
柔太朗は入館証を受け取り、印字された日付を一度だけ見て、首にかけた。
その仕草があまりに静かだったので、舜太は自分が何か余計なことを言ったのかと思った。
「資料、重いですよね。持ちますよ」
「いえ、大丈夫です。慣れていますから」
「じゃあ、せめてエレベーターのボタンだけでも」
場を和ませるような軽口に、柔太朗が目元だけでごく小さく笑った。
エレベーターは、朝のこの時間帯だけ異様に混む。
「ほんまに混むんです。上が全部、同じ時間に出社してくるので」
「そうなんですね」
柔太朗は返事をしながら、乗り込んでくる人の流れに合わせて、自然に奥へ詰めた。
降りる階のボタンの前に立っていた女性が出られないと見ると、半歩だけ体をずらして道を空ける。
この人は、人の動きがよく見えているんだな、と思った。
十一階で、二人は降りた。
「今回の開発を担当していただくシステムベンダーの仁人さんは、もう来てはると思います。うちの事業責任者の勇斗さんと、前に同じ会社にいらしたそうです」
「あ、そうなんですね。お名前だけは、資料で拝見しました」
会議室のドアの前で、柔太朗は一度だけ、首にかけた入館証の位置を直した。
仁人は、窓側の席に座っていた。
三十分前に着いたのは、遅刻が嫌いだからではない。
部屋が空いているうちに、席を決めておきたかったからだ。
自分の背中がドアに向くのか、向かないのか。
そんなことを前の晩から考えていた自分が、少し腹立たしかった。
名簿で名前を見たのは、三週間前になる。
関係者一覧の、一番上、事業責任者の欄。
そうか、と思った。
それからは、普通にしていた。普通に仕事をして、普通に打ち合わせを重ねて、普通に今日を迎えるつもりだった。
向こうは、今日初めて知るはずだ。
事前の連絡は、システムベンダーの会社名と役割しか回っていない。
だから、あいつが先に平静を装うことになる。そう考えれば、少しは楽になれた。
窓から、十月の朝の光が斜めに差し込んでいる。机に置いたノートPCの画面が、白く反射した。
仁人は無言で角度を変えた。眩しいと言えば、席を替えてもらえるだろう。
でも、それを言うために、誰かの顔を見る気にはならなかった。
ドアが開いた。
「失礼します。仁人さん、お早いですね」
舜太だった。その後ろに、見知らぬ男が立っている。仁人は立ち上がった。
「今回開発を担当するシステムベンダーの仁人です」
「柔太朗です。大学の医局に所属しています。臨床現場の立場から参加します」
名刺を交換する。柔太朗の声は低く、抑揚が少なく、聞きやすかった。
「診療現場の立場から、遠慮なくご意見いただけると助かります。使いにくい部分は、使いにくいと言ってもらえた方が、早いので」
「分かりました。……ありがとうございます」
柔太朗の目元がほんのわずか動いた。
笑ったのかどうかは、仁人には分からなかった。
廊下のほうから、声が聞こえた。
人が笑う声だった。誰かに話しかけ、誰かに返され、さらに笑う声。
それは、会議室のドアのずっと手前から、すでに聞こえていた。
仁人は、手元の資料の端を揃えた。揃っているものを、もう一度揃えた。
「おはようございます!ご挨拶が遅くなって、すみません。前の打ち合わせが先ほど終わりまして」
勇斗が入ってきた。
背が高い。スーツの肩のラインに、昔と同じ硬さがあった。
くっきりとした二重が、部屋の中の全員を一度に見渡して、舜太のところで止まる。
「準備ありがとうな」
「勇斗さん、皆さんお揃いなんでご挨拶から。ご紹介していきます。」
「柔太朗先生、お待たせしてすみません。事業責任者の勇斗です。今日はお越しいただきありがとうございます」
人当たりの良い笑顔、溌溂とした声。なにも変わっていなかった。
仁人は、そこから目を逸らした。逸らしたことを、悟られたくなかった。
そして、勇斗の視線が、窓側の席に向いた。
一拍。
声が出るまでの間が、確かに半拍遅れた。
「仁人。久しぶり」
「ご無沙汰してます」
「全然変わってないな」
「そうですかね」
自分でも驚くほど、冷えた声が出た。
勇斗は、一瞬だけ口を開けたまま止まり、それから笑った。
「……ご無沙汰してます、が正しいな。悪い、許して」
「いえ」
その声だった。
笑いを含んで、少し低くなる。
昔、朝の光の中で聞いたのと同じ温度の声。言葉の先が、わずかに掠れる癖も、変わらない。
仁人は、そこに重なりかけた何かを、すぐに振り払った。
知らなかったはずだ。だから、こんな顔ができるんだ。
いや、おかしいだろ、と心の中で毒づいた。
何がおかしいのか、自分でもよく分からなかった。
会議は、定刻に始まった。
勇斗は、窓から離れた席に座った。
仁人の斜め向かい。視界の端に、白く反射する画面と、それを手で遮らずに耐えている横顔が入る。
眩しいはずだった。席を替えようか、と言いかけた口を、勇斗は閉じた。
今ここで言えば、自分だけが気づいていたことになる。それは、少し、言いすぎだと思った。
三週間前に、関係者あての一斉メールの宛先、メールアドレスで知った。
いつもなら見もしないCCの宛先に、ローマ字で並ぶ差出人の字面に、別人であってくれと思った。
そのことは、誰にも言っていない。
今日の自分の「久しぶり」が、どこまで自然に聞こえたか。
「では、始めましょうか。まず、目的だけ共有させてください」
勇斗は、いつもの声で言った。
「不眠障害の治療を支えるアプリを、将来は治験から薬機法の承認、保険適用まで持っていきたい。ただ、今期はその手前です。今ある試作版を、現場で本当に使えるものに近づけて、次に進むための根拠を整える。それが、この半年の仕事です」
堅いと自分でも思って、続けた。
「要は、眠れない人の診察を、アプリで支えたいってことです。弊社の新規事業として、事業の責任を持ちます。先生には診療現場と臨床エビデンスの観点から、仁人さんのところにはPX含めた使う人の視点とデータのアーキテクチャについて、ご意見いただきたい」
「さん」付けで呼んだ時、舌が少しだけ引っかかった。
舜太が、画面を切り替える。
試作版のデモ。就寝時刻、寝つくまでの時間、夜中に目覚めた回数、起床時刻、日中の眠気、その日の気分。ひとつの画面に、十二の入力欄が並んでいた。
「試作版では、一日にこれを入力してもらう想定です」
仁人が、片手を上げた。
「いや、さすがに——」
言葉が、途中で切れた。仁人は一度息を吸い、顔つきを整えて、言い直した。
「失礼しました。入力項目の件ですが、毎日十二項目は、三日で続かなくなります。夜、眠れない状態で、スマホに向かう人間に、これを求めるのは酷です」
声は静かだった。ただ、眉が、わずかに寄っている。
その眉の動きを、勇斗は知っていた。
納得していないとき、というより、納得したくないことを、正しいと分かっているときの、眉だ。
削れない、と言いかけた。
評価に使う数字とデータは、あとからは取り戻せない。
項目を減らせば、将来の治験に必要な根拠が、最初の段階で欠ける。
それは、事業責任者としては、譲れない線だった。
けれど、勇斗は、その言葉を飲み込んだ。
どうせ、患者の、使う人のためだと言うんだろう。それが正しいことは、自分も分かっている。
分かっているのに、正しいことをぶつけ合って、結局どちらも譲れなくなる。
そういう結末を、頭のどこかが、先に見てしまっていた。
だったら、今日は聞かなくていい。
「医師としては、項目は多いほうが助かります」
柔太朗が、静かに口を開いた。
「ただ、続かなければ記録が残らない、という点は、おっしゃるとおりだと思います。どちらも本当のことなので、どう折り合いをつけるか、ですね」
「評価版は、年明けには現場に出したいです」
舜太が、手元のスケジュールを見ながら続ける。
「項目の仕様は、十一月中には固めたいです。それ以降は、動かすのが厳しくなるんで」
全員の視線が、勇斗に集まった。
「これは一回、持ち帰って整理しましょうか」
笑って言った。誰も、おかしいとは思わなかったようだった。
「次回までに、それぞれの観点で、何が必要で何が重いのかを出してください。舜太、今日の議事は——」
「今、文字起こしあがってきたんで、回しました。プロジェクト共有のドライブで確認してください。タスクも割り振ってあるので」
「頼もしいな」
「ほんまですよ」
その軽口に、柔太朗がかすかに目を細めた。
解散の声がかかると、全員が立ち上がった。
仁人は、荷物をまとめるのが一番遅かった。
机の上の紙を、角が合うまで何度も叩き、鞄に入れる直前に、もう一度だけ確認する。
変わってないな、と勇斗は思いかけて、その思考を、途中で打ち消した。
廊下は、会議室よりも冷えていた。
柔太朗は、書類鞄を持ち直しながら、午後の外来までの時間を確認した。
移動を含めて、あと一時間と少し。急げば、昼を食べられる。
会議室のドアの横で、勇斗と仁人が話している。
「舜太から連絡させますが、もう一度開発の全体スケジュールと仕様確定の締め切りは確認してください」
「分かりました」
「あのさ」
勇斗が、言いかけた。仁人は、続きを待っている。待っているように見えた。
「……次回の日程、あとで連絡する」
「お願いします」
柔太朗は、その会話を聞くともなく聞いていた。
事務的な、何の変哲もないやり取りだった。ただ、二人の距離が、一歩分より近く、半歩分より遠い。
同じ会社にいたことがある、と舜太は言っていた。それ以上のことは、柔太朗の知るところではない。
もう一つ、気づいたことがあった。
二人とも、目の下に、同じような影がある。
職業柄の癖だった。診察室では、人が部屋に入ってきた瞬間に、眠れているかどうかが、だいたい分かる。
けれど、診察室の外では、聞かれていない人の睡眠を覗かないことにしている。
関係のないことだ。柔太朗は、そう決めて、視線を外した。
「先生」
呼ばれて、振り返った。舜太が、いつの間にか隣に立っていた。
「駅まで、ご一緒しましょか。」
「いえ、そこまでしていただかなくても」
言いかけて、柔太朗は、言葉を止めた。断る理由を探していたわけではない。
ただ、この人の言い方に、押しつけがましさが全くないのが、少し、珍しいと思った。
「……はい。ありがとうございます」
「いえいえ。資料、やっぱり持ちますよ」
「それは、大丈夫です」
エレベーターに向かって、二人で歩き出した。
舜太の歩幅が、半分、自分に合わせられているのが分かった。気づかないふりをした。
廊下の奥で、勇斗と仁人のどちらが先に歩き出したのかは、見なかった。
コメント
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るりさん、第2話「再会」読みました……! もう冒頭から「あれ、この二人、知り合いだ…」って空気がひしひし伝わってきて、ドキドキしながら読んじゃいました。勇斗と仁人の「久しぶり」「ご無沙汰してます」のやりとり、あの一拍の間の重さがすごく刺さりました。お互いに譲れない過去があるんだろうなって。それでいて、三人の男性がそれぞれ「眠れない人」のために動いてるって皮肉がまた…。 柔太朗先生の静かで優しい観察力、すごく好きです。次も楽しみにしてます!