テラーノベル
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水樹くんは、いつも前だけを見て歩く。
いや、見てるように見えるだけで、たぶん何も見てない。
コンビニの前を通り過ぎるときも
街灯の下をくぐるときも
人混みの中でも。
目は開いてるのに
心だけ閉じているみたいな歩き方。
私は、その背中にぴったり貼りついている。
ぴったり。
ほんとに、ぴったり。
距離は、ゼロ。
なぜなら私は幽霊で
この水樹くんに殺された幽霊だから。
「ねえ水樹くん!!今日さ〜、風つよくね?」
「髪がさー?こう……ふわ〜って!」
「いや、あなたの髪じゃなくて〜……私の髪の話!!」
「あ、私もう実体とかないのかな??」
「……うるさいっすねぇ……」
水樹くんは砕けた敬語で言う。
敬語なのに、ぶっきらぼう。
「静かにしてくれません?」
みたいなやつ。
それが、なんか笑える。
「えぇ〜……だって暇なんだもん!!」
「幽霊ってさ、暇なんだよ?!信じられないくらい〜HI・MA☆」
「あ、ねえ知ってた?幽霊ってさ、眠れないんだよ?!」
「ずっと起きてるの!」
「ずぅーっとあなたの背中見てるんだぜぇ〜!!」
「ストーカーみたいで最悪っすね」
言いながら、水樹くんは少しだけ口角を上げた。
私はそれを見て、胸がぎゅっとなる。
あ、今の。
今の笑い方、好き。
私は生きていたとき、コンビニで働いていた。
夜勤。
人が少ない時間。
レジの前の小さな明かりだけが、世界の全部みたいに感じる時間。
私はそこで、ずっと夢を見ていた。
売れない子役だった。
子どもの頃から、演技をしてきた。
台詞を言うのが好きだった。
泣くふりも、笑うふりも、怒るふりも。
全部、本気でできた。
でも、大人になるほど、仕事は減った。
「アナタねぇ……」
「大人になったら、特徴がなくなっちゃいましたね?」
「典型的なパターンで……飽きました」
そう言われた。
特徴って、なんだろう。
私は演技ができるのに。
泣けるのに。
笑えるのに。
誰も、見てくれなかった。
だから私は、コンビニで働いていた。
そして、ある日。
水樹くんが来た。
「あー……あの」
レジ越しに、彼は言った。
声が静かで、優しいのに、なぜか冷たい。
私はにこっと笑った。
「はい、いらっしゃいませ〜!」
それは、私の仕事の笑顔。
作り物の笑顔。
でも、上手な笑顔。
水樹くんは一瞬だけ、目を細めた。
「……すごいっすね」
「え?」
「笑顔……上手いっすよ」
私は、その言葉だけで心臓が跳ねた。
見られた。
初めて、ちゃんと。
私は、勢いで言った。
「えへへ、元子役なんですよ〜!」
水樹くんは少しだけ驚いて、
それから小さく頷いた。
「……そうっすか」
その日から、彼は何度か来るようになった。
何を買うでもなく。
何を話すでもなく。
でも、私の笑顔を見ていた。
私はそれが嬉しくて
彼が来るたびに、違う笑顔を見せた。
“嬉しい笑顔”
“照れた笑顔”
“元気な笑顔”
“寂しい笑顔”
水樹くんはいつも無表情だったけど
私の笑顔を見るたびに、ほんの少しだけ呼吸が変わった。
私は気づいてしまった。
この人、笑顔が好きなんだ。
そして私は
水樹くんが好きになった。
「ねぇねぇ水樹とやら」
夜道を歩く彼の背中に、私は話しかける。
「私さ〜アンタに殺されたやろ?」
「わざわざ言わなくていいっすよ……」
「え、でもめーっちゃ大事じゃね?」
「だってよ?普通さ、殺した相手が背中に憑いてきたら……怖いだろ……」
「怖くないっすよ」
「なんで?」
「……アンタはうるさいだけっすから」
「えぇ?!ひっっっっど!!!」
私は笑う。
笑いながら、思い出す。
私が殺された日のことを。
その日も夜勤だった。
いつものように、私は笑っていた。
いつものように、誰もいない時間を埋めるように、笑っていた。
水樹くんが来た。
いつもと同じように。
でも、あの日の水樹くんは
目が少しだけ違った。
何かを決めた目。
私は言った。
「今日も来てくれたんですね!!嬉しいです〜」
水樹くんは頷いて
小さく言った。
「……すみません」
「えっ」
次の瞬間、視界が揺れた。
冷たいものが、胸に入ってきた。
痛みは、遅れてきた。
熱い。
熱すぎて、息ができない。
私は倒れた。
床に。
レジの明かりが、遠くなる。
水樹くんは私を見下ろしていた。
無表情で、でも、泣きそうな顔で。
私は、最後の力で笑った。
だって、彼が好きだったから。
「……水樹くん」
声が出ない。
でも、口が動いた。
彼は、私の口元を見て、目を見開いた。
そして、震える声で言った。
「……なんで、笑うんすか」
「なんで名前を……」
私は答えられなかった。
代わりに、笑った。
私の人生で
いちばん本物の笑顔で。
「ねぇ、水樹くん」
今、私は背中側から言う。
「ウチさ〜、あなたに殺されてよかったかも」
水樹くんは歩きながら、低い声で言った。
「……そういうのやめてくださいっす」
「だってさ」
私は、わざと明るく言う。
「生きてたら、たぶん……届かなかったから」
水樹くんは止まった。
街灯の下で、背中が少しだけ震えた。
「……届いてた」
「…ほほう?」
「……届いてたっすよ……」
彼は振り向かない。
私を見ない。
でも声が、少しだけ壊れている。
私は、胸が痛くなった。
幽霊なのに。
胸なんてないのに。
「ねぇ、水樹くん」
私は小さく言った。
「私のこと、好き?」
水樹くんは黙った。
沈黙が長くて
私は笑って誤魔化そうとした。
「なーんてね、冗談ですよ〜!!」
「この私が告白とか、きもいじゃんけ!!」
その瞬間。
水樹くんが、ぽつりと言った。
「……きもくないっす」
私は息を止めた。
「っ……」
「……嫌じゃないっす」
私は、笑った。
ああ。
だめだ。
絶対、この人、私のこと、好き。
水樹くんはまた歩き出す。
私は背中に貼りついたまま、言う。
「ねぇ水樹、私さ、演技うまいんだぜ?」
「知ってるっす」
「じゃあさ、聞いてくれよ」
私は、息を吸うふりをして
声を作る。
普通の女の子の声。
生きていた頃の声。
「水樹くん。だぁいすき」
言った瞬間
世界が静かになった。
街灯の音も、車の音も、
全部、遠くなる。
水樹くんの背中が、ぴくりと揺れた。
「……やめてください」
声が、震えていた。
「なーんで?」
「……そういうの、耐えられないっす」
「だから、なんで?」
「……俺、殺したんすよ?」
その言葉は
ナイフより鋭かった。
私は黙った。
水樹くんは、続けた。
「好きって言われる資格、あるわけないっすよ」
「アンタの姿、笑顔を見たいなんて、言う資格もない」
私は背中から、そっと言った。
「あるって言ったら?」
「ないっす」
「ある!!」
「ない」
私は、ふっと笑った。
「じゃあさ」
私は、子役の本気の声で言った。
「水樹くん」
「私を殺したこと、一生背負って」
水樹くんの足が止まった。
私は続ける。
「一生、私のこと好きでいて」
「一生、私を忘れないで」
「一生、あなたの背中を私にくれたまま生きて」
それは、告白みたいな呪いだった。
「どうせなら、愛は重いほうが安心でしょ?」
「私はまだまだ軽いですけどねぇ〜?!」
水樹くんは、やっと小さく笑った。
「……最悪っすね」
「でっしょぉぉ?」
「……でも、分かったっすよ」
私は胸がいっぱいになって
言葉が出なくなった 。
「…マジ?」
水樹くんは、前を見たまま言う。
「……背中、空けときます」
私は泣いた。
泣けないのに、泣いた。
「……うん」
そして私は
今日も水樹くんの背中に座る。
この席は、私だけの席。
誰にも譲らない席。
生きていたときは
誰にも用意されなかった席。
でも今は、ある。
私が死んで
彼が殺して
それでも残った席。
それは、たぶん。
世界でいちばん
優しい地獄だった。
コメント
1件
昨日出せてなかったので2日分です 13日の金曜日なので、殺人鬼×幽霊がいいかな、と。 結構両想いでーす!!愛してるぜベイベ★★