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『ゆーず、今日は咳ひどくないの?』
膝を抱え、ひとり座り込む、その背後。
優しい声が響いたかと思えば隣に腰を下ろす姿。
『おにいちゃん! きょうは、おそかったね』
『……ごめんね、友達に捕まって』
彼と幼い自分は住宅街から少し離れた場所にある寂れた公園の、滑り台の上で身を寄せ合って座ってたっけ。
『あのね、おばあちゃんとおくすり、もらいにいったからげんき!』
『そっか、よかった』
その滑り台は階段が無駄に長くて。
左右から滑れる形。
だから、遠くから見たら、まるで、大きな三角だと。
そう、幼い頃の自分は思ってた。
『……ゆず、お母さんは?』
『きょうは、ゆずがね、おくすりのおかげでせきあんまりしなくて。やさしかったぁ』
そう答えたなら、ぎゅぅっと強く大きな身体に包み込まれた。
当時小学校一年生だった自分は、その暖かさに満面の笑みを浮かべ。
大きな手に頬ずりする。
『ん? ゆず、どうしたの?』
『ゆず、おにいちゃんのとなりが、いちばんすき』
『ええ? 本当?』
『うん。やさしくてかっこよくて、いちばんすき』
ボヤけたままの彼の姿。
けれど、こうして記憶を辿る、その目は見る。
彼の手が、ピクリと揺れたことを。
今更、見る。
『……ありがとう、ゆず』
暖かい手が頭を、ぐしゃぐしゃと撫でてくるから大きな手のひらに顔まで覆われてしまう。
その指の隙間から、オレンジに染まってく空を見て。
幼いながら、その色と心の中の色を重ねて。
恋を実感していたんだ――
『ゆずは、褒め上手な、いいお嫁さんになれるなあ』
『だから!ゆずは!おにいちゃんのおよめさんになるの!!』
頰を膨らませば、その頰を突き、微笑んだ口元が見えた。
『さ、ゆず。 早くしなきゃ帰る時間になっちゃうよ』
やんわりと彼の手に遠ざけられたから。
幼い自分は、また頰を膨らます。
夕暮れ時の、僅かなしあわせ。
初恋の人。
今どこにいますか?
私は、あなたが願ってくれたようには、
うまく生きれていません。
誰かのお嫁さんにも、なれそうにありません。