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さて、素直な疑問です。
恋人の、フリ、とは。
つまり何をすれば良いのかということですが。
しかも、相手は。
世の人気者です。 いわゆる芸能人なんですけど。
と、自問自答しながら柚は航平へ視線を向けた。
ついさっき、閉店したばかりの店内では有線のオルゴール音が静かに流れている。
時折ガタガタと強風が窓ガラスを揺らす音が聞こえており、帰り道が少し億劫だ。
「なるほど、じゃあ店長と優陽さん。お二人は幼馴染なんですね」
「そうだな、弟みたいなもんだけどなぁ」
「あ、そういえば八個差ですもんね。 お兄ちゃんですね」
「……兄貴か。兄貴なぁ、まあ、そうだな」
食洗機からお皿を取り出し棚にしまっていく。 立ち上る湯気、その湿り気に、ほわっと和みながら、航平とのんびり交わす会話。
天気が悪いと、夜は特に暇なので掃除を前倒しできる。
だから、こんなふうにゆっくり航平と会話ができるわけで。 雨も風もドンと来い、なんて。先ほどの憂鬱はどこへやら。
そんなふうに思えてしまうのは、やはり恋するが故か。
航平の隣に立ち明日のモーニング用の卵を大鍋に三十個程入れていく。
翌朝すぐに火にかけられるようにだ。
その手元から、チラリと横顔を見上げると。
どこか遠くを眺めるような、ぼんやりとした航平が目に入った。
「……店長?」
何故か不安に駆られ、柚は彼に呼びかける。
僅かに肩を揺らした姿こそ見られたが、すぐに、いつも通りの元気な声が聞こえてきた。
「ああ、なんでもない悪いな。 んなことより、今はアレだ、天野さんあんた本気か?」
「え? 何がですか?」
食洗機に残ったお皿の、最後の一枚を棚に戻しながら尋ねれば、盛大なため息が耳に届く。
「……何がじゃない。 優陽なんかとマジでつき合うのかって聞いてるんだよ」
「……あ」
そう、昨日。
突然現れた優陽はまるで台風のように柚の前に現れ、そして勢力を衰えさせないまま、今も上空で荒ぶっているかのよう。
……な、存在感。
なんて言ったら、彼は胡散臭い笑顔の裏で怒るのだろうか。
いや、怒る姿など想像もできない。それほどに、真剣に柚と向き合うとは思えない人物だからだ。
しかし。
『ああ、俺ね、数日スタジオ籠らないといけないんだ』
『だから航平にボロ出さないようによろしくね』
『あ、一応航平には電話で伝えておくからね』
と、言い残し去った優陽は、本当に。
柚とつき合うことになったのだと律儀にも航平に報告をしたようだった。
(まあ、私に言ってたメリットを思ったら当然なのかな……)