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「……おはようございます」
日和美の要望通り、一人で寝かせてやったはずなのに、襖がずるずると緩慢に開いて、力なく朝の挨拶をしてきた彼女を見れば、物凄く顔色が悪くて。
実際信武自身も、今朝は日和美のことが気になって寝不足で頭痛がしていた。
だが、彼女の様子を見た途端、そんなこと一気に吹っ飛んでしまう。
信武は日和美におはようと返すことすら忘れて彼女に詰め寄ると、問い詰めずにはいられない。
「お前っ! 何でそんな顔色悪いんだよ! 俺、お前の言いつけを守って昨夜は別々に寝てやっただろ!? なのに何で昨日より悪化さしてんだよ。バカなのか!?」
勢い込んで喋り過ぎて、自分の声がズキッと頭に響いて。
思わず一瞬顔をしかめた信武だったけれど、日和美は日和美でそっちに目ざとく気が付くとか。
「信武さんこそ……頭が痛いんじゃないですか?」
お互い相手のことばかりを気にかけて、自分の体調については言明しない。
しばし実りのない押し問答をした二人だったけれど、最初に不調を認めたのは信武の方だった。
「ああ、お前の様子がおかしくて気になって眠れなかったからな! コンディション最悪だわ! そっちこそ何でそんなに目ぇ、泣き腫らして隈まで作ってんだよ。何が気に入らねぇ? 俺、お前になんかしたか?」
とりあえず、とソファーに日和美を座らせて。自分はそんな彼女の前にひざを折る形で視線を合わせると、信武は声のトーンを少し落とす。
「なぁ日和美。俺、鈍いから……言ってくんなきゃ分かんねぇんだよ。頼むから素直に話せ。――な?」
日和美の顔を覗き込む信武の背後。
布団が綺麗に部屋の片隅に畳まれていて、リビングは一応に使える感じになっていて。
畳まれた布団の上にはA4サイズくらいの紙袋が置かれていた。
「……じゃあ聞きますけど――。昨日の昼、信武さん、どこにいましたか?」
紙袋にちらりと視線を流した日和美が、震える声でか細く問い掛けてくるから。
信武はその様子を見て、やっと全てが繋がったように感じた。
「――なぁ日和美。お前、ひょっとして……俺があいつといたトコ、見たのか?」
どこにいたかの質問には答えず、単刀直入にそう問いかけたら、日和美がひざの上に載せていた小さな手をギュッと握りしめたのが見えて。
信武はそれを視界の端に収めるなり無言でスッと立ち上がると、日和美のそばを離れた。
***
自分が信武の密会?現場を見たと認めたも同然のように動揺した途端、信武が不意に突き放すような態度を取るから。
日和美は声にならない悲鳴を上げた。
やはり私のことは遊びだったの? 聞かない方が良かったの?と絶望的な気持ちになってうつむいたと同時。
「これ」
ぶっきら棒な声とともに目の前に紙袋を突き出されて、日和美は戸惑った。
オロオロと眼前に立つ信武を見上げれば、「中。見てみろ」と無理矢理袋をひざの上に載せられる。
その紙袋は、茶色のクラフト紙にレース柄が焦げ茶色でポンポンポンと大きく三か所にあしらわれていて――。
真ん中の空けたスペースに筆記体で〝So cute! 〟とつづられているお洒落なデザインだった。
ここまでまじまじと見たわけではないけれど、どう見てもそれは過日萌風もふ先生が嬉しそうに信武へ手渡していた紙袋に違いなくて。
必然的に彼女から素直に頭を撫でられていた信武の様子がセットで脳裏によみがえった日和美は、(何でこんなものを私が見なくちゃいけないの?)と思ってしまった。
それで、紙袋をひざに載せて視線を落としたまま身じろぎ出来なくなって、信武を苛立たせてしまう。
「あー、もう! 何を勘違いしてんだか知らねぇけどっ! 俺はあいつから荷物、受け取って来ただけだから!」
結局置いたばかりの紙袋を取り上げると、信武はそれを逆さまにして中身をバサバサと日和美の上にぶちまけてしまう。
袋の大きさの割に、中にはそんなに物が入っていなくて――。
(あれ? 昨日見た時ははみ出すぐらい入ってた気がしたんだけどな? 私の見間違い?)
一瞬そんなことを思った日和美だったけれど――。
自分の上に降り注いだ〝もの〟に視線を落とした途端、そんな些細な疑念なんて綺麗さっぱり吹っ飛んで、瞳を大きく見開いていた。
「えっ!? ちょっと待って、信武さんっ。これっ……」
「『ゆらたう』の販促用グッズと初回限定版の本だ」
日和美は萌風もふ先生のデビュー作『ゆらたう』――『ユラユラたゆたう夏祭り〜金魚すくいですくったふわふわドS王子様からの濡れ濡れな溺愛が止まりません!〜』で彼女のファンになった。
『ゆらたう』に出会ったのは、本屋の店頭で表紙絵に惹かれてたまたま手に取ったのがきっかけだったから。日和美はこの処女作に関してのみ、他作品とは違って色々と出遅れていた。
そもそも日和美が持っている『ゆらたう』は重版がかかった第二版。当然初回限定特典などはついていなかったのだけれど。
いま目の前にあるのは、日和美が手に入れたくても入れられなかった、幻の数量限定・初回限定版だった。
予約分しか作られなかったらしいその初回限定版にのみ、書き下ろし小冊子が付いていたと知ってから、日和美はそれを読みたくて読みたくて仕方がなかった。
だが、萌風もふファンはコアな読者が多いのか、古本市場にも出回ることがほとんどなくて。たまに出品されても値が張り過ぎて手が出せなかった日和美だ。