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―――風が吹いている。
穏やかなものとも、荒々しいものともつかない黒い波に反り立つ崖の上。水平線の向こうから迫りくる白い煙が空一面に広がる。私は崖の縁に腰掛けて空を見渡す。こうして心の揺れた私が過去の何処かにいる。さぁ、何時の話だったかな……
そう、随分昔の話だ。
私の隣にはいつもあの子がいた。冬の地に降り注ぐ日差しのように柔らかく、暖かい。天使のように優しく、私を導く。私にはあの子がいればそれで十分。
あの子と一度此処に来たことがあったんだった。その時は私の方がまだ幼かったので、手を引くのはあの子の方だった。禍々しい感情の蠢く、汚い場所。目を瞑っても逃れられない痛みの世界から、時々引っ張り出してくれた。こっそり家の外に出て、町外れの薄明かりが舞う素敵な森に足を踏み入れて、そして二人でこの崖を見つけてたまに通うようになった。私達は互いを守らなければいけない。そして互いに守られるべきだと、私達はずっと知っていた。だから、それが難しくなったらまた此処に来よう、そう言ってあの子に手渡されるのは綺麗な黄金色をしたイチョウの落ち葉だった。
それから何度同じ秋が廻っただろう。冬が克明に現実の美しさを映し出して、春が咲いて、夏が煌めいていった。沢山の輝かしい記憶が頬を伝い落ちる。このままずっと目を開けたく無い。そう、あの子に言ったら怒るだろうか。
何故なのか、誰なのか、どうしたら防げたのかは、今になって考えてもよく解らない。いつも通りに朝を待ち焦がれながら毛布に頭をうずめていた時、聞こえてきた声。その声が私に告げたのは――