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警察になる夢のスタートラインに立てたのは、それから数年後のことだった。
桜は満開になり、その薄いピンク色の花びらが舞い散り黒いアスファルトを彩った。
警察官試験には無事受かり、それでも共通テストを受けろと受けさせられ、高校を卒業した。最後の最後まで、その進路でいいのかと言われ続けたが、俺は曲げる気などなく、自分の目指したスタート地点までたどり着いた。
ここからがスタート、ここからが本番だ。
勿論、今までの努力は無駄ではないし、あとは、自分がどこまでやれるかというだけだと。
入校では、俺の制服姿を見て母親は涙を流していた。今年は、保護者も出席できるようだったが、それほど人数はいなかった。ザッと見て、入校生、同期もそこまで多いとは感じなかった。そして、俺は入校生代表挨拶に選ばれており、壇上に上がる事となった。緊張はしなかったが、後ろから刺さる同期のプレッシャーというかそういうものを感じてはいた。
仕事に誇りを持つこと、堂々とすること。
入校したら身分は警察官である為、学生という感覚は捨てないといけない。給料も申し訳ない程度に貰えるし、気を抜けないと思った。
緊張からか、それともこれからの十ヶ月間を見据えてか皆表情が硬かった。まあ、笑っているのは場違いだが。
「私は、日本国憲法及び法律を忠実に擁護し、命令を遵守し、警察職務に優先してその規律に従うべきことを要求する団体又は組織に加入せず、何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い、不偏不党且つ公平中正に警察職務の遂行に当ることを固く誓います」
服務の宣誓をし、俺達は晴れて警察官の第一歩を踏み出した。
これからが本当の始まりなのだと、俺は一人拳を握った。
「だあ~服慣れねえな」
警察官の制服は、学校の制服以上に身がしまって肩がこる。上にぐいっと腕を伸したがそれでも伸びたりないぐらいに、肩がつまっていた。
これから毎日着ると思うと、少し気が重くなる。だが、それもこれも仕事をする為には必要なことだと思えば我慢できた。
入校式が行われる一週間の内に脱落するものもいたから、まだこの程度だと自分に言い聞かせる。元々、父親にどういう場所か聞いていたこともあって常に自分に厳しく素早くもこれでもかというぐらい、身なりやルールを復唱した。成績も高い位置で合格したこともあって、本当に気が抜けない。
警察学校は全寮制、起床も就寝時刻も決まっている起立に厳しい軍隊のような生活を強いられる。そして、朝礼・点呼があり、それから授業が始まる。
午前中の座学で一般教養や刑法などの座学の筆記試験の勉強をする。昼食後は、柔道や剣道などの武道の実技の授業がある。それが終わればまた勉強、夕食を食べて入浴し、兎に角やることが多く、時間はあってないようなものだった。
体力と忍耐力が必要になってき、隠れてすすり泣いている奴もいた。
別に根性がないとは言わないが、生き残っていけるのかと心配にもなる。
「今のうちだな、桜が綺麗だとか言えるのは」
母親は花の中でも桜が好きだと言った。春は花が沢山咲いて、育つ季節だからと花屋らしいことを色々と話していたが、俺はその大半覚えていない。警察官にその知識が必要となるかと言えばNOだからだ。といっても、大切な母親の話、全てを流すわけにもいかず、繰り返し話されたことは何となく頭に残っている。それでもうろ覚えだが。
俺は、手のひらに落ちてきた桜の花びらを握りしめ空を見上げた。
青い青い空、何処までも続いているように感じるその青さに思わず目を細めた。
「一枚だと思ってたんだが」
次に手のひらに視線を戻せば先ほど掴んだはずの桜の花びらが、三枚あることに気がついた。握ったのは一枚だと思ったのだがと、不思議に思いつつ、ここで油を売っているわけにもいかないため、寮に戻ることにした。
四人~八人の相部屋らしいが、幸いなことなのかどうなのかはさておき、俺たちは四人部屋だった。と言っても、一人脱落したせいもあって何故か俺含めて三人だったが。
(つか、どんな奴らと一緒なんだ?)
さすがに、まだ全員を把握しきれておらず、相部屋だからといって五十音順というわけでもない。だから、誰と一緒かなんていってみなければ分からなかったのだ。
あまり、もめ事を起こしたくないため気弱ではなくとも理解のある人間であって欲しいと思いながら、ドアを開けるとそこには誰もいなかった。
荷物が置いてあったことから誰かが先に来ているのだろうと、辺りを見回していると背後から声をかけられた。
「もしかして、お前が最後の一人か?」
と、振返れば赤黒い髪の男が立っておりその後ろからひょっこりと青黒い髪が跳ねた男が俺の方を見つめていた。
此奴らが俺の同期で、相部屋のメンバーとなるのかと見ていれば、自己紹介をすることをすっかり忘れており、赤黒い髪の男が口を開いたことで、意識が戻ってきた。
「おい、聞いてんのか?」
「聞いてる。ああ、そうだ。これからよろしくな。俺は、明智春って言うんだ」
そう自己紹介をして手を差し出したら、二人はもう仲がよくなったのか知り合いなのか知らないが顔を見合わせてプッと吹き出した。
何も変なことをしていないだろうと、睨むまではいかずとも見れば二人は笑いが堪えきれないとでも言うように腹を抱えだした。
「いやいや、すっげえ真面目だなって思って」
「う~ん、それが普通なんだろうけど、ごめん笑えてきて」
二人はそんなことを言いながら爆笑しており、 俺は何が何だかよく分からないままに呆然としていた。
「いや、お前ら失礼すぎだろ……」
こんな奴らと十ヶ月間一緒かと思うと、何だか先が思いやられる気がした。
「おい、いつまで笑ってるつもりだ」
すぐに切り替えて、自己紹介をしてくれるだろうと目の前の二人のことを見ていたが、彼らの笑いは収まる様子はなく、目尻に涙を浮べながらひーひー言って笑うだけだった。
いつまでも、放置しておけば話が進まないと痺れを切らし、声を掛けるとようやく我に返ったのか、涙を指で拭いながら口を開いた。
「あー悪ぃ、悪ぃ。ひっさしぶりに笑った気がする。ここ一週間忙しすぎて、笑う暇なったからな」
「あっそ」
「おいおい、酷ぇな。ちょっと笑っただけで」
と、ポンと肩に手を乗せられるものだから、俺はその手を勢いよく払って目の前の男を睨み付けてやった。
彼は、それすらも面白いようでまたふっ……と馬鹿にしたように笑う。
何がそんなに面白いのか分からない。警察官になる人間は、そもそもここまで来れた人間は真面目な奴らが多いと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。だが、こんな態度で授業を受ければ一発退場ではないかと思うくらいにはふざけているようにしか見えない。
それに、先程から俺のことを見ている青い髪の男も気に食わない。
俺に何か用でもあるのか? という目で見てやれば、瞬きするばかりで彼も笑いを必死に堪えているようだった。二人して俺を馬鹿にしているようで気にくわないというか、それを通り越して面倒くさい奴らだと思った。
こっちは自己紹介をしたというのに、此奴らはしないのかと無言の圧をかけてやればようやく思い出したかのように赤黒い髪の男がしゃべり出した。
「あーえっと、そう! 自己紹介してなかったな」
「今頃かよ……」
そう思わず零せば、「何かいったか?」と睨まれたため、慌てて首を横に振る。
そして、赤黒い髪の男は、咳払いをして仕切り直した。
「俺は、高嶺澪って言うんだ、でこっちは――」
「颯佐空。気軽に空って呼んでね~」
と、それまで口を閉ざしていた跳ねた髪の男はにんまりと笑った。その笑顔は何だか子供っぽく身長もさほど高くないように感じ、まだ学生感が残る印象を受けた。声も幼く感じたし、何というかノリが軽い気がした。それは、颯佐だけでなく高嶺という男も同じだが。
ただ何というか、ノリは軽いし色々と舐め腐っている感じはあったが、根性はありそうだなあとも勝手な柄に分析をしていた。それがバレたのか、二人は(主に高嶺)のほうが何見てんだよ。と睨みを利かせてきたため、俺は慌てて首を横に振った。
(相部屋の奴らとは問題を起こさないようにしよう。面倒くさそうだ)
まだどういう奴らか掴みきれていないが、自分とは全く違うタイプだと直感的に分かった。どうしても戯れを好きになれない俺からしたら少し苦痛であったが、警察官は集団行動が命のため、チームの輪は乱せない。
「んじゃ、まあ。これからよろしくな、明智」
「よろしく、ハルハル~」
「は、ハルハル?」
そう言いながら、ガッと肩を組んできた距離感もバグっている二人に驚きつつ、颯佐が変なあだ名で呼ぶものだから思わず聞き返してしまった。
颯佐はどうしたの? といった感じに不思議がっていたが、不思議がるのは許して欲しい。
(初対面で、あだ名って……しかも、だせぇし)
口には出さなかったが、あまりにも酷いネーミングセンスに俺は頬を引きつらせることしか出来ない。だが、これが颯佐のコミュニケーションなんだなと瞬時に理解する。
「あれじゃね? お前が、ハルハルなんてあだ名で呼んだから驚いてんだろ」
「そっか、そうか。距離の詰め方分かんないなぁ~仲良くしたいって気持ちが強くて」
「あ、ああ……別にそれで構わない。その、ハルハルでも……」
などと、一応口にしてやればパッと颯佐は顔を明るくさせた。何がそんなに嬉しいのか分からない。
ただ、こういう人種に下手に逆らうと調子に乗らせてしまうので適当に流すことにした。すると、横で聞いていた高嶺が、ふぅんと鼻を鳴らしてニヤリとした笑みを浮かべる。嫌な予感しかしないが、もうすでに遅かった。
「なあーに、いい子ぶってんのさ。本当は嬉しかったくせに」
「嬉しくねえし、おい、頭撫でんな」
俺の頭をワシャワシャと乱暴に撫でる高嶺の手を振り払いながら、不快感を表に出して俺は睨み付けてやったが、全くヘでもないといったように高嶺は笑うばかりだった。
どういう神経をしているのか分からない。
警察学校に入った以上別に髪のセットに時間をかける暇も何もないのだが、それでも清潔感を保つためにはある程度はといていないといけない。なのに、此奴ときたらいちいち仕事を増やすことをして。
怒りを抑えつつも、俺はもう決められてしまった寮割を仕方なく思い明日から始まる授業に向けて体力を温存しようと思った。
「まっ、これからよろしくしてくれよ。明智」
「よろしくされたくねえな」
そう返して俺は、心の何処かで値踏みするように高嶺と颯佐を見つめた。