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「たーしーかー、三年前のはこの棚に置いたはずっと」
「さっきも同じ台詞を聞いたような気がするが。まったく、何故年ごとに報告書の保管場所が変わるんだ……」
「あはは……。最初は纏めてたんだけど、気付いたら?」
薄暗い蔵の中、大包平と二人であっちにいったりこっちにいったり上へ下への大わらわ。どうも敵の動きが妙に感じたので、ここ数年間の報告書と照らし合わせようと探し回っているのだ。勘というのはあながち馬鹿にはできない。特に自らの領分内における勘は即ち、数多の経験から導きだされた無意識下の演算結果である。まあその勘は今現在この蔵の中ではちっとも役に立っていないが。
踏み台に乗ると脚の開き具合が甘かったようで、そこはかとなく足元がぐらつく。内心眉をひそめつつ、整然と並ぶ本の背表紙にさっと目を走らせる。兵法、兵法、歴史書、マニュアル、兵法、これも兵ほ―――ん?読み覚えのある題名の中に、知らない本が混ざっている。この倉庫には新しい物は入れていないはずなのだけれど。
「こんなの買ってあったかなあ……って、わぁっ」
適当なページをぱらりとめくると、目に飛び込んできたのは肌色だった。水着を着た綺麗なおねーさんたちの際どい写真。つまり、そういうことである。特段初心なわけではないが、ガードが無いどころかマイナスに近い状態でこんなものを見たので動揺してしまった。
「どうかしたのか」
私が上げた声に反応して少し心配そうな大包平がやって来る。どう答えようか数舜悩んだが、詳らかにすることを選んだ。
「見てみて、誰かエロ本隠してたんだけど!」
「は――なっ、わ、はぁ!?」
大包平はさっきの私以上にわたわたと動揺していて、溜息を吐いたり上を仰いだりとせわしない。想像以上の慌てっぷりに面白さと少々の申し訳なさが芽生えた。そうこうしているうちにいくらか冷静さを取り戻したようで、私を見上げ子供に言い聞かせるような声色で語りかけてくる。
「主よ、いいか、大人しくそれをこちらに寄越せ。それは婦女子に持たせていてよいものではない」
真面目腐った――本人としては大真面目なのだろうが――表情にせりあがって来る笑いを堪えつつそっと降りようとするが、突然足元がぐらりと揺れたかと思うとそのままバランスを崩して倒れこんでしまう。手には本を持っているので受け身をとることさえ出来そうにない。覚悟を決めて目をぎゅっと瞑るが、痛みはやってこなかった。目を開けると、紅い後頭部が視界の端に見える。どうやら大包平が抱き留めてくれたらしい。
「はー、びっくりしたぁ。ありがとう、大包平。……大包平?」
もう助かったのに、大包平は私を放そうとしなかった。体制のせいで、その表情はうかがい知れない。ぺちぺちと背中をたたくと、はっとした様子で私から離れ、何故か勢い良く頭を下げた。
「すまん、主!」
「わ、え、何?迷惑かけて謝るのは私のほうなんだけど」
「お前を受け止めるときに乳を触ってしまった!」
「受け止めてくれたのにそんなこと全然気にしなくても大丈夫、というか原因と責任は百私だし。エロ本見つけてはしゃいじゃったのが駄目だったじゃん!え、私最低では」
「いや、どんな状況であろうとも犯した不逞の責任は取らねばならん!」
「悪いのは私のほうだって!大包平に何の罪もないから!」
「それでは俺の気が収まらん!」
「ああもう!なら私が自分から揉ませたら大包平は悪くならないよね!?」
「…………は?」
「………いや、えっと」
空気が、止まった。売り言葉に買い言葉、オーバーヒート、丁々発止の罪の奪い合いはてんぱった私の失言により、考えうるなかで最も最低であろう形で止まってしまった。
何を言っているんだという心の声がありありと伝わってくるような大包平の顔。
やらかしたが大包平に罪を背負わせないために引き返せない私。
しかし、考えてみよう。この発端は大包平が私に対して負ってしまった恥の感情である。ならば私が同じだけ、いやそれ以上に恥を背負えばこの騒動は解決するのではないだろうか。つまり、これは好機である。昔の偉い人だって「我が軍の右翼は押されている。中央は崩れかけている。撤退は不可能。状況は最高、これより反撃する」という名言を残しているのだ。
茹だった頭がフル回転して弾き出した答えは、良くも悪くもぶっ飛びすぎていた。
「ほら、大包平、揉んで!私のおっぱい触っちゃったことを悪いと思ってるならさ!」
「まて、落ち着け、どう考えてもそれはおかしいだろう」
「おかしいおかしくないなんて、当事者同士が納得してたら何の問題もないのよ!」
「俺は納得していないが!?」
「罰を受けたいっていうなら、これが罰だから!」
完全に痴女の所業である。頭の奥隅の冷静なところがそう呟いたが、私はそれを握り潰した。そんなことを今自覚してしまったら、明日の私室では私の首つり死体が発見されてしまうだろう。今私が必要としているのは理性や常識でなく、狂気と勢いだ。
「ほら、ほら!」
「~~っ、ああもうっ!」
ふにゅり。勢いに押し負けた大包平が、そっと私の胸を鷲掴んだ。目的も半分見失い、得も言われぬ達成感に私はにんまりと口角を上げた。顔を髪と同じくらい真っ赤に染めた大包平がそんな私に言葉を浴びせかける。
「……覚えておけ、先に許したのはお前だからな」
………えっ?