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「お前見てると、腹立つんだよっ!」 強風に煽られた海が波打つ音より、俺の怒声が白い浜上に響き渡る。
どの口が言ってんだ? と思われそうだが、一度溢れた水が元の場所に戻らねーように、俺だってもう戻らねぇんだよ。
「最初からムリだと諦めて、才能がねーとか、主人公じゃねーとか散々くだらねぇゴタク並べて、挑戦もしねぇーで予防線ばっか張りやがって! んなふうに拗らせてる時間あんなら、書けよ! それもネタにしてやるぐらいに、がむしゃらになればいいだろっ!」
はぁはぁと息切れを起こし、酸欠を起こしたであろう脳に酸素を送る。
なるほど。ぶつかり合うのっていうのは、すげぇエネルギーがいることなんだな。
人間関係を拒み続けてきた俺にとって、本気でぶつかり合ったのは二度目だった。
一度目である吉永未来とのぶつかりは、直向きなあいつの主張が正しいと分かっていた。だから俺はあの場から逃げ出した。情けねぇことにな。
ヘタレな俺は震える拳を抑え、その場に立ち尽くす。
だけど今回は逃げねぇ、この分からずやに本心に気付かせるまで。
浜辺より立ち上がった達也は腕を振り上げたかと思えば、次の瞬間に吹き飛んでいたのは俺の方だった。
『殴っていいのは、殴られる覚悟がある奴だけだ』
ガキの頃、心奪われた名言が頭に浮かぶとは。
俺、死ぬのか?
痛みで顔が歪み、グラッと視界が揺れ、打ち付けた背中に息が出来ないでいるが、俺は生きているようだ。
口内に満たされる血の味に生を実感した俺は、切り込んでいく。
「お前、俺のこと勘違いしてんじゃねーの? 悩みもない、中身カラッポな人間だと本気で思ってたのかよ? んなわけ、ねーだろ! 投稿した途端に、設定イチャモンつけられるわ、矛盾晒されて笑われるわ、ご都合主義だ、あの作品のパクリだ、自分が書いた方がマシだ、散々叩かれてきたんだからよ! ……反響があるだけ、良い? ふざけんなよっ! あいつらのせいでコメント欄閉じて、真っ当な読者からの意見すらもらえなくなったんだからよ!」
「公募に出しても落選ばっか。まあそれは仕方がねーけど、同じ名前が二次、三次と進んでいくのに、俺は一次から前に進めねぇ。初めて三次までいっても最終に進めず、選評に書いてあったのはキャラクターに魅力がない、だった。……選評のプロは誤魔化せねぇってことだな。人間に関心がないから、奥深い心情が書けねぇんだよ。薄っぺらい棒人間しか、俺には生み出せない。あの選評を見つめて頭抱えていた時に、受賞者が決まった。いつも眺めていた名前が、そこにあった。……なんなんだろうな? 知らねぇ奴なのに、顔も見たことねーのに、歳とか、男とか女とか、何を考えてるのかも全く知らねぇ。そんな奴に、気付けば激しい嫌悪感みたいなのがあった。本屋でそいつのデビュー作見かけて、もう二度と行きたくねーと思うぐらいに! ……次の文学賞に向けてプロット練ろうとしていたのに胸の中にドロっとしたものが湧き出て、アイデアなんて浮かばなくて、キャラクター性ってなんだよと色々な作品読み漁っても分からなくて! そんな時だったんだよ、あの騒動が起きたのは。……だから、俺は執筆を辞めた。クラスの奴らに笑われてまで、大切な親友を失くしてまで、やることじゃねぇーと」
「だけど、見苦しいくらいに未練タラタラで、やらない理由探して逃げるくせに頑張ってる奴見て一丁前にイラついて。身勝手に夢を託して、そいつがへこたれたら責め立てて、八つ当たりまでして。……腹立つよな、俺? こんなダセー主人公居てたまるかよ? 才能ある主人公っていうのはな、彼女のような奴のことをいうんだよ。作品ダメ出しされても、落選繰り返しても。さあ次は何を書こうかと、考えられずにはいられねぇほどの執筆狂なんだよ。結局、書き続けるか、辞めるかはこっちの自由。代わりなんていくらでもいる、イス取りゲームみたいな世界。やるか、やめるか、全て自己責任。それが文学賞で受賞するってことなんだよ!」
「俺は、文学の大学受験するから。三年振りに親父と話して、そう頼んだから」
一方的に吐き捨てた俺は、殴った相手の体を気にかけることも、謝罪を口にすることない。
ただこいつから背向け、砂を鳴らして、暗くなっていく浜辺より離れていく。
「……達也の名前、見つけんの楽しみにしてるからな」
そう、言葉を残して。
浜辺を抜けると、いつもの見慣れた風景である桜の並木道が広がっていた。
行きと違い、緊張により張り裂けそうな痛みはなくなったが、全身びしょ濡れでおまけに頬の痛みがジンジンと痛むという、圧倒的マイナスの要素を抱えつつ戻ってきた。
せっかくの絶景だというのに、あまりにもミスマッチなヤボったい自分に苛立ちより、なんか笑えてくる。
あいつに達也とのやり取りを話したら、どんな反応するだろうな?
『暴力はダメだよ!』
……殴ったことは、黙っておくか。
『また、小説書くの? どんな話!』
言えるかよ……。
『達也さんに会ってみたいなー!』
ぜったいに、会わせねぇよ! ……まあまあの男になってたし、横に並ばれたら正直キツイし!
じゃあ、なんだったら話せるんだ? と自身に問うが、それが無駄な考えだと気付き、上がっていた口角が自然と下がっていく。
顔を上げれば、風に揺られた木々がサワサワと葉音を立てている。その隙間から満月は黄金に輝きに、星は幾千に輝き降ってきそうなぐらいに輝く空が見通せる。
そういえばここで、流れ星を見たことがあった。
高一の文化祭前日、あいつに呼び出されて、この並木道に来させられたんだったよな?
『何を、願いたかった?』
それを尋ねたら、あいつは泣きそうな顔をして、また笑った。
あの時期は、かなり病気が進行していたらしい。そうあいつの母親から聞いたし、相当溜め込んでいたんだろうな。
もう一度、目を覚ましてくれないか? 話したいことがんだよ。
お前の人生について、聞かせてほしいんだよ。
公募の結果を見届けて、作家として有終の美を飾ってくれ。悔いなく、その時を迎えてくれ。
だから、頼む。もう少しだけ、あいつに時間をくれないか……?
手を合わせ、空を見上げれば、キラキラと輝いていた星が瞬く間に流れていった。
「……流れ……星?」
あまりにも一瞬で、前振りもなくて、当然確認することも出来なくて、俺はしばらく立ち尽くして呆けていた。
ピロロロロ、ピロロロロ。
制服のズボンポケットから鳴る着信音にビクッとなった俺は、反射的にスマホを取り出す。
……達也か? ま、まあ、そうだよな? 一発ぶん殴ったし、何言われても……。
しかしその名前を目にした途端、全身に心臓が生えているのかと思うぐらいに体全てよりドクドクと音を鳴らしているような錯覚を起こさせる。
吉永未来。
その名前から着信があったら。
「もしもし!」
あいつの母親の可能性は充分過ぎるほどにあるのに、俺はいつもの調子でダミ声を響かせる。
「……き、くん……」
受話口から聞こえる声は掠れているが、誰か分かる。名前なんか、確認しなくても。その後に続く言葉がなくても。
「バカやろう、寝過ぎなんだよ!」
通話口を顔から遠ざけて鼻を啜り、ただ耳に神経を注ぐ。鼓膜に響くのは空気を切る声で、あいつが笑っているのだと充分に伝わってくる。
足は当たり前のように動き、夜道を駆けていく。
速攻で風呂に入って今から行けば、面会時間ギリギリ間に合うよな?
痛む顔の腫れすら忘れ、ただ走る。
見守ってくれるように空に広がる、星空の下を。
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