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えれめんたる
その日の夜、ザーッザーッと音を立てて大雨が降った。その音で目を覚ました私は、ふとあの桜を思い出す。あの桜、この雨で散っちゃうかな。この2年、大学に進学してからあの桜がこうも気になったことはなかった。でも、なぜだがこんなにも考えてしまう。キツネさんと出会ってからどうしても彼の姿とあの赤い桜が頭から離れない。そんな思いを抱えながらも再び目を閉じる。
こっちだよ、こっち。おいで、僕はここにいるよ。キツネさんの声のように聞こえるが靄がかかったようにぼやけていてキツネさんの声とは別な低い声の二重で私を呼んでいるようだ。声がする方向に、霧の中を進むと目の前にあの桜が現れる。なぜだか、夕方に見ている桜とは同じようで違うような気がする。桜の枝は風が吹いていないのにゆらゆらとゆっくりと揺れており、あの赤い花びらは一切の桃色がなく、真っ赤に染まっている。
夕方の時のように木の影からキツネさんが姿を現す。でも、キツネさんはこちらをじっと見ているだけで声をかけてこない。それに、あのとき見たキツネさんとは何かが違う。彼は、ぶつぶつと何かを言ったかと思えば、お前だ、お前なんだ、と私を指差す。その声は、私の知っているキツネさんではなく、低く呻き声のような恐ろしさがある。それを理解した時には、あの彼ではない何かだ、そう直感し、すぐに逃げるために踵を返す。しかし、体は動かずただ目でその何かを追うことしかできない。すると、彼に似たその何かは、気づいた時には私のすぐ目の前に立っていた。
「お前だ。早く来い。」
ザシュッ!
はぁ、はぁ、はぁ、い、今のは夢?いたっ…、な、なにこれ、こ、こんなの昨日までなかったのに。痛みの根源である腕を見てみると、何かの獣の爪で切り裂かれたような跡がある。私は、あの夢とこの傷は一体何だったのかと思う一方で言葉にできない恐怖感で埋め尽くされる。きっとざくろ神社に行けば、キツネさんに会える。彼なら何か知っているかもしれない。そんな気持ちと、怖い、行きたくない、と言う気持ちが交差する。
結局、恐怖心が勝ち神社にも行かず、大学も休んでしまった。とてもこの状態では行けない。怖い、怖い。
バンッ!!
ビクッと体が跳ねる。どうやら何かが窓にぶつかったらしい。そっと窓を開けてベランダに出ると、1羽のカラスが頭から血を流して死んでいる。それを見た時、身体中に鳥肌が立ち、すぐにベランダの窓を閉め鍵をかけて、ベッドにうずくまる。偶然なのかそれともあの夢が関係しているのか、そんなことが頭をグルグルと巡る。
夜になってもベッドから出れず、夢のことを考え続ける。キツネさんと会ってから変なことばかり起こる。でも、あの人なら何か知っている。あの人に会わないと、でも、もし、あの人が夢で会った何かだったら…そんなことばかり考えているうちに、一睡もできぬまま朝になる。
何度も家のドアに手をかけては離しを繰り返したが、なんとか決心がつき、ドアに手をかける。ドアに手をかけて回す時に思わず力を入れた瞬間、包帯で巻かれている切り裂かれた傷が少し痛む。腕を庇いながら、神社につながるいつもの道を歩く。私の気分とは反して、よく晴れて澄み切っている。重い足取りで何とか歩き、とうとうあの神社に着く。相変わらず、赤い桜が風に乗ってひらひらと踊っている。
階段を上り、本殿の前に立ち、辺りを見渡してキツネさんを探す。キツネさん、いませんか?と声をかけながら辺りを探すが彼はおろか人の気配すらしない。さらに奥に行くと、あの桜が見えてくる。できればあの桜には近づきたくないとは思いつつも、彼と出会った場所でもあるため彼がいる可能性は高い。赤い桜に引き寄せられるように一歩、また一歩と歩みを進める。ふと周りを見ると、さっきまで晴れていたのに今は靄に包まれている。まさにあの夢のように…
キツネさん、キツネさん、お願いだから出てきて。お願い…
震える声で言うが、一向に彼が出てくる気配はない。その代わり、こっちだよ、こっち。と夢で聞いたあの彼に似た不気味な声が私を呼ぶ。逃げたいのに足は木に吸い込まれるかのようにそちらに向かう。すると、木の影から彼が現れる。夢で見たように、彼はぶつぶつと何かを言いながらこちらを見ている。やめて、怖い、行きたくない。強くそう思うが足は止まらない。すると急に当たりが真っ暗になり、赤い桜の木だけがそこに存在し、彼はどこにも見えない。
よ、よかった、そう思い帰ろうと後ろを振り向くと
お前だお前だお前だお前だお前だお前だ
彼に似た狐面のそれは、私の鼻スレスレの距離で、面を外しこの世のものとは思えないような赤黒い恐ろしい顔で私にそう言った。