テラーノベル
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僕の心は奈落の底に落ちていく。
やっぱり、僕の勘違いじゃなかったんだ。
僕の知らないところで、岬くんには別に「本命」がいるんじゃないかって
そんな不安が現実になってしまったみたいで、全身から力が抜けていくのを感じた。
すると、岬くんが申し訳なさそうな顔で僕の方を向き、隣の女性を指差しながら、こう言った。
「ごめんねー驚かせて。この人、僕の姉さんなんだ。昨日、海外留学から急に帰ってきたんだけど」
その言葉を聞いた瞬間、僕の身体はガクンと崩れ落ち、そのまま床にへたり込んでしまった。
ああ、なんだ。そうだったのか。
僕は、ただのド派手な勘違いをしていただけだったんだ。
とてつもない恥ずかしさと、それ以上に
心の底から押し寄せてくる安堵に、僕はその場にうずくまってしまった。
「岬くん……!ごめん」
僕が掠れた声でそう言うと、岬くんと、隣にいるお姉さんが、心配そうな顔で僕に近寄ってきた。
「えっ?ど、どうしたの朝陽くん。急に座り込んじゃって…体調悪くなっちゃった…?大丈夫?」
岬くんの優しい声とお姉さんの心配そうな声に、僕の堪えていた涙腺がゆるんでいく。
「き、昨日……二人が抱き合って、タクシーに乗っていくの、たまたま見ちゃって……っ」
声を震わせながら、僕はなんとか言葉を続けた。
「誰なのか聞く勇気もないし……すっごく綺麗だったから……岬くんの本命って、僕じゃないのかなって、不安に…なっ、ちゃって……っ」
泣きながらそう訴える僕に、岬くんは
「や、やっぱさっきのって姉さんのことだったんだ?」と、やっと腑に落ちたように呟いた。
僕は頷くことしかできない。
「う、うん、そう……」
「一応言っとくと、全然違うからね!?姉さん、長いこと海外にいたからフレンドリーすぎるだけだし、俺の本命は朝陽くんだけだから!」
岬くんは僕の手をぎゅっと握りながら、必死にそう言ってくれる。
彼の言葉の一つ一つが、僕の不安をゆっくりと溶かしていくようだった。
「それに、俺が女の子にそーいう感情抱かないって、知ってるでしょ?」
彼の言葉は本当だと、僕も知っていた。
でも、どうしても拭いきれない不安があった。
「そ、それでも!僕、えっちだけじゃなくて、キスすらまだ、まともに出来てないし……っ」
「岬くんはただでさえ出会いの多い大学通ってるわけだし、やっぱり女の子の方が良くなっちゃったんじゃないかって……こわくて……っ」
僕がそう言うと、岬くんは僕を抱きしめてくれた。
彼の腕の中は、いつものように暖かくて、安心した。
「もう……そんなことあるわけないでしょ?俺が好きなのも抱きたいのも、朝陽くんだけなんだから」
僕の頭を優しく撫でてくれる岬くんの手に、また涙が溢れてくる。
「ほんと?ほんとにほんと?」
「本当に本当だよ。…ごめん、不安にさせてごめんね」
「ううん、僕も疑っちゃって……ごめんなさい」
「朝陽くんは悪くないって」
岬くんの胸の中で、僕は静かに泣き続けた。
そんな僕たちを見て、お姉さんが申し訳なさそうに言った。
「いやー、まじか……変な勘違いさせちゃって、本当にごめんね?」
「い、いいんです!こっちこそ、ごめんなさい……!」
そうやって僕が慌てて頭を下げると、岬くんが呆れたように言った。
「元はと言えば姉さんが街中でくっついたりしたからだからね?」
「ごめんって~」
そう言いながら、お姉さんは僕をからかうように笑っていた。
僕の勘違いで起きた騒動は、こうしてあっという間に解決した。
岬くんの本命は僕だけ。
その言葉が、僕の心の中に静かに響き
僕の心臓は、いつも通りの、安心したリズムを取り戻していった。
◆◇◆◇
その日の夕方
僕たちは三人でリビングのソファに並んで座り、他愛のない話に花を咲かせていた。
僕のド派手な勘違いから始まった一連の騒動を、お姉さんは笑いながら面白おかしく話してくれた。
僕も、もう恥ずかしさよりも安堵が勝っていて、時折照れながらも相槌を打つことができた。
「ごめんね、ほんと。まさかあんな風に勘違いさせちゃうなんて思ってなくて」
そう言って、お姉さんは少し申し訳なさそうに笑う。
僕は「いえ、僕が勝手に勘違いしただけなので!」と慌てて首を振った。
でも、お姉さんはそんな僕をからかうように
「にしても、こーんな可愛い年下彼氏くんだったとはな~岬に泣かされたらあたしに言いなよ?」
なんて言うから、僕はまた顔を赤くしてしまった。
岬くんは、そんな僕の様子を見て
「俺そこまでクズじゃないから」なんて言いつつ、くすくすと笑っていた。
その穏やかな笑顔は、昨日まで僕の心をかき乱していた不安を、すっかり洗い流してくれていた。
お姉さんの海外での生活の話や、岬くんの大学生活の話を聞いているうちに時間はあっという間に過ぎていく。
気づけば外はすっかり暗くなり、時計の針は夜遅くを指していた。
「あー、もうこんな時間か。じゃあ私そろそろ帰るわ」
お姉さんが立ち上がると、僕は名残惜しさを感じながらも「ありがとうございました」と頭を下げた。
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