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一方、その頃の社内では。
午後。営業車を走らせ、会社への帰路についていた俺(王子谷)のスマホが、コンソールの横で短く震えた。信号待ちの合間に目を落とすと、社内チャットに雨宮主任の名前がある。
『王子谷、出先の帰りなら薬局に寄れるかしら。……出来ればロキソニンを買ってきてほしいの』
心臓が、少しだけ跳ねた。主任が、俺に個人的な買い物を頼むなんて。
(……やっぱり、相当無理してたんすね)
朝のミーティングから、彼女の顔色は真っ青だった。ふらつく足取りを必死に隠して、凛とした上司を演じていた背中が脳裏をよぎる。
俺は最短ルートにあるドラッグストアへ滑り込んだ。
会社に戻り、僕は暗い仮眠室の扉をそっと叩いた。
「……主任、買ってきました」
「……ありがとう、助かるわ」
シーツの擦れる音。上半身を起こした主任の髪は少し乱れ、いつもの隙のない雰囲気は影を潜めていた。 薬と温かいお茶、そしてカイロを差し出すと、彼女は一瞬だけ驚いたように目を見開いた。
「これ……カイロとお茶?」
「妹に、よく頼まれてたので」
「本当に、気が利くわね。王子谷は、いいお兄ちゃんだったのね」
微笑みながら言われた言葉が、心臓の奥をチクリと刺した。 「お兄ちゃん」。主任のその声に、男としての期待なんて一ミリも混ざっていない。結局、俺はまだ、彼女にとって「親切な部下」というカテゴリーの中に分類されたままなのだ。
だが、夕方になっても主任の顔色は戻らないままだった。定時を過ぎてから帰宅の準備を始めた彼女だったが、その足取りは見るからに危うい。
「お先に、失礼するわね……」
壁に手を突きながら、ふらりとオフィスを出ようとする彼女の背中。
――もう、放っておけるわけがない。
俺は、自分のカバンをひっ掴むと、彼女の後を追って駆け出した。
芙月みひろ
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#王子