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花梨
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手の感触はなかった。でも手だった。なぜわかったかはわからない。
風見は目だけ動かした。焦点が合ったり合わなくて、声もでないしからだも動かない。
なんだ……光…?
「大変ですーーか、風見刑事がっ…」
スミスは持っていたグラスを離した。
ガチャン。
「き…危篤の連絡がっーー…」
「スミスーー!」
走っていくスミスは生け垣に靴を捨てた。速すぎてーー心臓が張り裂けそうになる。
敷地内にある警察病院はすぐで、スミスはあっという間にICUの前に張り付いていた。「や…やだ、いやぁっーー」「どいてください!」「離れて!機材が通りますーー」「スミス!」
集まれるだけの刑事がやってきた廊下は医師たちとごった返している。
だら、と風見の腕がベッドから落ちた。
「いや、いやぁぁあっーー」
「スミス!」
くそ……風見!「風見刑事!」「くそ…もうっ…」「だめ、だめ…」はあ、はあ、とスミスは肩で呼吸する。たまらず引き寄せたのは、彼女の為ではなかったかもしれなかった。わあっ!と泣き出す彼女は壁に頭をすり付けたまま腰を抜かす。
「かみさまぁああっ……!摘まないでえぇっ!」
え…?と全員はスミスを見た。「…お前は…」と降谷は静かに、風見から目を離さず言った。
「花を摘むとき……どんな花から摘む……」
「それは…」
1番…美しいものから。誰かが言った。
風見は違和感があったが、手を引かれて歩いているのがわかった。
歩いている?なぜ?わからない…「真っ暗だ」口にした。
「いいんだ」手の先から声がする。「僕には見えてるよ」と。
子供?
「あぁ…」医師は諦めたように心電図を見ながらそう口にした。
「君、名前は?」手の先から声は聞こえない。「君…」「お兄ちゃん。苦しい?」「え?」いや、と風見。「何もわからないよ」と。「僕もそうだった」
解放されたんだ。すべての苦痛から。
風見は素直に前を見た。「連れてってくれたんだ。レディが…」
はっ!と風見は目を開いたまま何かを見た。何か見えたのに、わからない。
「彼女が、僕の魂を解き放ってくれた。自分のほうが辛いのに……。だからお兄ちゃん。苦しそうだったから、僕は迎えに来たんだーーお兄ちゃん。レディを守ってくれたから」
医師らが首を振る。看護士らがベッドから離れていく。
「い、いや…いやいやいやぁあーー」
「スミスーー」
「で…」
スミスは天井を扇ぐ。
「お願いだからーー連れていかないでえぇっーー…ロイ…………!!!!」
医師が時計を見た瞬間、動いた心電図の一本の線に彼らは目を疑う。「動いた!」「はやくーー!」医師は風見に股がる。からだじゅうで思い切り心臓を押し始めた。
廊下はざわつく。「か、風見刑事!」「逝くな!風見…!」「頼むから!」
「かざっ…」
戻れーー風見。
「戻ってこい……!」
風見は立ち止まり振り向いた。「今…」
「お兄ちゃん」子供の声は続ける。「お兄ちゃんがうらやましい」「え?」だって、と子供。
「お兄ちゃんの魂は、レディに祝福されているから」
意味がわからず、暗闇で少し顎を引く。
「僕は…彼女に絶対に逆らえない。魂を捧いだ相手なんだ。僕が短く生きている間に見たものの中で、彼女は花よりも可憐で太陽よりも眩しい」
1番、美しかったから……
「きみ…」
「お兄ちゃん。もう時間だよ、目を覚まして」
「目を?」今も……と目の前に手をやる。
「レディがやめてって言った。だから、僕はお兄ちゃんを連れて行けない」
「レディ…?」
風見ーー
「!」
ああ、見えるーー向日葵がまわる。
「目が覚めたら、レディに会える。その代わり、僕のことはもう覚えてない…今はまだそのときじゃないから。だから、バイバイ。お兄ちゃん」
「きみは?きみはどこに……」
ねぇ、きれい?
「あぁ……」風見は目を細めた。だんだん辺りが白くなっていく。
「きれいな場所だよ。お兄ちゃん…」
きれいだーー僕の世界で……1番ーーきみは……「レディ」美しい……。
「心拍戻りました!」ガラス越しに聞こえた声に、廊下はわあっーーという声で溢れ返った。大の男が抱き合って泣き、がくっ、とスミスは膝をつく。「はあっ!」息するのを思いだし、古降谷はガラスに額を張り付けた。
「せんせぇっ!」看護士が叫ぶ。「意識がーー!!」「意識が戻りかけてます!」「ライトを!風見さん!」
スミスは制止を振り切り病室に飛び込んだ。「風見!起きて!」「まだ中に…」「瞳孔の反応が!」「起きろぉっ…」スミスは髪を振り乱す。
「お願いいぃいっーー!」
ぴく、と指先につけた酸素計が動く。「……」確実にスミスを捉えた目が、口元が動く。スミスは酸素を外す。「なに、風見もう今…」「…だ」ふわ、と手が柔らかい髪に届く。
ふ、と笑う風見が弱々しく言う。
「き…れい……だーー」
「…!」
再びかくん、となった首にはっとするが、医師に止められる。「大丈夫です。山は……越えました」「どいてくださいーー」「道を開けて」動かされていくベッドに、スミスはそのままでいる。
「…零」
「わかってる」スミスは後ろから聞こえた声に、ベッドを追って走り出した。
降谷は前髪に指をいれて髪を握る。
「…ありがとう………君かい……」
降谷が空間に手を伸ばすと、それはゆっくり手のひらを通りすぎた。
「うわあ」降谷は林檎の皮をだらりと目の前にやり、林檎が可哀想になる。これじゃほとんど食べてもらえない。
「だから」ぐわ、とスミスが肩に寄る。
「わかってる」言うな。と口を動かした。ふん!と彼女が風見の座るベッドに座るので、座っていた病人は揺れた。
「ちょっ…」
「個室代全部はでないからな。風見」しゃっ、しゃっ、と林檎をまわす降谷に、風見もふんとした。「わかってます」「わたしが出すわーーヤクザの経理してたし…なにより銀座で……」はっ、と風見は話を変える。
「あの、すみません」
「ん?」降谷は皿に林檎を持ってくる。
「レディ」
彼女は急に風見に呼ばれ、びっくりしたような顔をした。
首をかしげる風見。「降谷さんも」「なんでだよ?」降谷もゆっくり腰かける。
「いいから…」
「ーーレディ」
風見はまださらに首をかしげる。
「もう1回…」
「…レディ…?」降谷も斜めを見る。
「違うな」
「なんだよ」降谷は皿を押した。「夢でも見てたの?だんな様」スミスはフォークがあるのに、手で口に林檎を当てる。素直に口を開ける風見に、色々思い出した2人はちらとお互いを見てふんとした。
「昏睡してる間ってどんななの」
「まるで煙の中を一生歩いているようだった。だがそこに意識はなくて、ただ、さ迷うだけで…」首を振る風見の頭にある包帯に、スミスはまた林檎を口に持っていく。
「ただ、欄干から落ちたあとはもう今ここに。まるで時間をジャンプしてるようだ。からだだけ時間が経過していて、頭とからだはバラバラ」
「ならやはり」とスミスは立ち上がり窓辺に手をやる。
「…死んでしまったほうが楽かもね」
「な」男2人は顔を見合わせる。
「おいスミス」
「だったら余計じゃないーー!」スミスは髪を振り乱して泣いていた。
「自分のせいで……わからないまま苦しんでいるなんて私にはっ…」かく、と頭を下げるスミスに、ぱたぱたと涙が床に落ちていく。
「おい…」
す、と風見は顎に手をやり悩み出す。
「…気のせいかもしれないが」
スミスは顔をあげる。
「起きる直前は…夢を見た気がする……」
「どんな?」と面倒そうに降谷。
「声が…」うん。と頷く風見。「思い出せない」がくり、となる降谷に「仕方ないでしょう!わたし、生死さ迷った…」
がっ!とスミスに頬を掴まれ思い切り血が顔に集まる。「いつもだろ、それは」と肩をすくめる降谷はもう見えていなかった。
「あなた」ぐ、とスミスのあの目が自分を離さない。「わたしが好きなの?」「っーー!」「欄干から落ちてすれ違うとき」
あいしてる……
「い、言ってない!」ばっと手を振りほどく風見。「言ったわよ!わたしが聞き間違えるわけないーーあいつの」と肩の向こうの降谷を見やる。「あいつの女なのよ。自意識過剰なの」「えぇ?そんなふうに見えてるのか僕ーー」「と…とにかく言ってない」「言った!それにさっきも、きれいだって言ったわ!あなた、そんなこと簡単に口にするの?ほんとに零に似てきちゃったじゃないーー」
「なっ」飛び火だ!と降谷は思う。「しない!僕だって簡単にはーーというかスミス」
きみが1番そんな感じじゃないか!男2人に言われて、スミスはパチパチ瞬きした。
「あぁ、うん。まあ、そうかも」
「はあっ…」男らは天井を仰いだ。
ざわ、とした音に風見は目を覚ました。
あぁ窓を開けたまま寝てしまったのか…カーテンを閉め、半分しか開かない窓が……「は?」ぐいっ、と向こう側に引っ張られる。ざわ、という大量の風と共に「ーーうわ!」スミスの顔があった。
かけ離れた風見に、「ちょっと」と手を伸ばすスミス。「あげてよ」「は…」まだ心臓がバクバクしている。
「もう」よっ、とあがってきたスミスに、ようやく理解して風見はスリッパを鳴らし駆け寄った。「不法侵入だぞ!何しに…」「わからない?」「だーー」からだが熱くなり、ブンブン首を振る。
「いい加減にしろ!きみは!降谷さんが…」「すき。でも」だから?というスミスに、黙る自分が少し恨めしい。
「っ、誠実じゃない!」
「誰が誰に誠実でなきゃいけないの?」
「ーーそれはっ…ていうかーー」
スミスは自身のこめかみをつつく。
「病人だからって言い訳するのね、なら横になったら?」
「わっーー」ばさ!とベッドに落っことされ、風見は後頭部を押さえる。
「き、傷口が開くっーー」
「風見」膝に乗られ、胸元にスミスが寄りかかってくる。
「ごめんなさいーー」
はっ、と風見は目を開いた。事故を謝罪したのではないとわかったからだ。
「あなたの気持ちには……」
「…言うな」す、と彼女のからだに手をまわす。痛いほど力を入れたかった。でも、したらいけない。離せなくなる。
「空気より必要だった。頭がおかしくなりそうなくらい…好きになった」
「…」
「まるで…」はは、と風見は呆れてしまう。「君は火だな、スミス…」熱くて形を変え揺れて、目を奪っていくーー「だけど……」「そうね」スミスは顔をあげた。
「彼は……零はガソリンね…」
「火がつけば……あとはもう…混ざり合うだけだ……」
「爆発を起こすには…」
まっすぐ火が走っていくには、絶対に…必要なの……
ああ、と風見は彼女の頬に手をやる。
魂を捧げたのは天使じゃない。
わかってます。降谷さんーー
「正直な話…」と気まずそうな風見が、目をそらす。「もう……君にあげられるものはないよ……」「え?」「空っぽなんだ。わかるだろ?」風見は胸を握りしめる。
「から…?」
「でもまだ、なにか欲しいのか?」
「風見…」
「わたしから…これ以上……何を奪えばきみは…」
それでも美しいと、思わずにはいられない……。
「なら、今夜は…わたしたちの最後の夜?」
す、とスミスは膝で立ち、風見に腕をまわす。
「…出会わなければよかったと思う?」
「いいや」風見は強く言う。
あの雨の夜に、彼女が振り上げる手を取ったときから……
「ずっとーー」
「風見」
「好きだよ……レディ……」
手放さなければ。行かなければならないんだろ。「でもっ…あと少しだけは……」今だけは……。
「風見」という声にスミスを見る。
「零に…」はあ、と息をつく。前髪がその瞳にひとふさ垂れる。
「まるで…からだじゅう…隅々まで抱かれていると……あなたなら、と…思ったことが……ないわけじゃない……」
スミスは胸を拳で押さえる。
「でも、でもあなたはっ!」
「スミス」
「わたしみたいな女には…優しすぎるのよ……風見刑事……」
スミスが撫でた傷が疼いた。
「……風見」
「わかってる…君が望むなら」
「傷つくとわかってるのに?」
「そういう女なんだ、レディ。君がそうさせるから…」
くる、と風見は枕の側へ彼女を寝かせる。そうやるから…とスミスは切なくなった。
「今夜だけでいいから…【わたし】に抱かれてくれ…」
「あなただけを見てる」
スミスは両手を広げた。
愛していたよ。でも時間だーー
風見は彼女を見たあと、心から言った。口にはせずに。
……愛してる。レディ。レディ・スミス。
彼女が首をかしげたまま目を閉じるから、そのまま風見は引き寄せられた。
夜勤の看護士が立ち上がる。「急患ですか?」その人はずぶ濡れで、うつむいたまま。「あ…」「自販機…」「は?」まだうつむいたままの人物に看護士は立ち上がる。
「お水…飲みたくて…」
「気分が?あ、座っててください」
降谷はベンチにどっと倒れかかる。
違う。気分が悪いんじゃない……胸を掴んだ。
「ふざけやがって…」
蛍光灯を見て呟く。愛のままに生きていたって、誰も守れやしないのに。
それでも馬鹿みたいに、狂ったみたいに求めあって引きちぎりあって、何事もなかったように朝になって……何回やれば気が済む?後悔ばかりして。
君も僕も……君も、風見も。馬鹿野郎だ。救いようがない……。
いや、と降谷は顔だけ傾けた。
望んでいないか…そんなことは……「は」
看護士が戻ってきたとき、降谷は笑っていた。もちろん、声は、あのときスミスに喉を掴まれたように出ない。
コメント
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うわっ…今回はもう、胸が締め付けられるようなエピソードでしたね。昏睡状態の風見と少年の死者との対話のシーン、特に「レディがやめてって言った」で連れていけなかったくだり、すごく好きです。あの少年が風見を羨んでいたのも切なかった…。スミスが「風見!起きて!」と叫ぶところでは思わず声が出ました。それでいて最後はそれぞれの距離感を感じさせる展開に。降谷が病院の自販機コーナーで膝を折るラスト、刺さりました。続きも読ませてください!