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俺は聞いてしまった。
これが【真実】なのか
それとも巧妙な【嘘】なのかは、まだ判断できない。
ただ──
胸に沈んだ重さだけは、両方の可能性を拒まずに存在していた。
先ほどの言葉が、ゆっくりと脳内で反芻される。
「……という訳で、あの子の事を想うなら、もう近づかないでほしいの、これはお互いのためだと思わない?」
俺は口を開こうとした。
否定でも肯定でもいい、言葉を出すべきだった。
けれど
「…………」
一音たりとも、喉を通らなかった。
母親はため息ひとつ分の隙も与えずに続ける。
「貴方には婚約者の一人や二人、当然いるでしょう?
だからあの子の事、単なる遊び相手なら手を引いてほしいの」
「婚約者なんて今はまだ──」
言いかけた瞬間、彼女の声がその上からすべてを覆った。
「あの子には【婚約者】が居るの。正式にね。
だからお願い、邪魔しないでちょうだい」
脳が数秒遅れて意味を処理する。
婚約者
既に
俺の中で何かが軋んだ
「俺は──」
その先が出ない。
声帯が拒むのか
心が拒むのか
判断すら追いつかない
ただ、膝に置いた両手だけが
露骨に反応していた。
ぎゅ、と
指先が掌をつかむ音が聞こえるほど強く握りしめる。
爪が皮膚に食い込み、痛覚が戻ったおかげで
かろうじて意識だけは途切れずに済んだ。
けれど言葉は出なかった。