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レイラ様の部屋を出て、小さくため息を吐く。
いつも通りのやり取り。昨日からひとつも変わっていない。
何千冊もの本が並ぶ図書室。
彼の父、先代も愛用していた部屋だ。
レイラ様はお父様が亡くなってからというもの、以前よりも図書室で過ごすことが多くなった。
カーテンを閉め切って、太陽の光も差し込まない部屋で、ただ一人本を読んで過ごしている。
以前なら、散歩くらいなら付き合ってくれていたものも、今となっては迷うことなく「NO」と断られてしまう。
「問題ない」と言いながらも、レイラ様の目元にはくっきりと隈が浮かんでいたし、顔色も良くない。
いくら死ねない体だとしても、三日も食べ物を口にしないのはまずいんじゃないだろうか。
このままではいけない。
彼には、彼の父親と同じような末路は辿って欲しくないのだ。
乳母として、彼の家族として、切にそう願っていた。
深呼吸をして、再び図書室のドアを叩く。
返事はない。私は構わず図書室のドアを開けた。
私が部屋に入ると、レイラ様は少し驚いたように視線をこちらに向けて、再び視線を本に戻した。
閉め切られたカーテンの裾を掴み、勢いよくスライドさせる。
カーテンが靡き、部屋にホコリが舞う。
宙を舞うホコリは、真昼の太陽に照らされ、春の綿毛のようにキラキラと輝いていた。
「さぁ、レイラ様。
散歩の時間です。支度を…」
「行かない」
差し込んだ光に目を細めたレイラ様はいつものように「NO」と告げる。
いつもならここで引くけれど、今回は違った。
「いいえ、夕飯の買い出しに付き合っていただきます。さぁ、その本を置いて。」
不服そうな顔でため息をついたレイラ様は、読んでいた本を乱暴に閉じてエントランスへと向かって行った。
その背中を見送り、ほっとため息を吐く。
良かった。まだ、レイラ様は変わっていなかった。お父様をなくされて以来、まるで彼の生き写しのようになってしまったレイラ様。
まだ、乳母と一緒に買い物へ出かけてくれるような方だったのだと安心した。
***
レイラ様の後を追い、エントランスへ向かう。
エントランスには、二つに分かれた階段が設置されていて、階段の踊り場には、レイラ様のお父様の肖像画がかけてあった。
そこに、レイラ様はたっていた。
父の肖像画を見つめ、私が来るのを待っていた。
階段をそっと上り、レイラ様の隣に立つ。
「アルビー。」
「はい、なんでしょう。」
「俺は、父に似ているか。」
「……。」
自らの父の肖像画を見上げ、私にそう尋ねる。
「はい、お父様に似て整ったお顔ですよ。」
「…見た目の事ではない。 アルビー、俺は父に似ているか。」
今度は私の顔を見て、尋ねた。
彼の瞳はいつものような、冷めた目をしていなかった。 見えない何かに怯えるような、そんな瞳で私に尋ねた。
レイラ様は恐れていた。
自分が父のような人生を歩むことを。自分にも、その他の人間にも嫌い抜かれてその生涯を終えることを、何よりも恐れていた。
「確かに、お顔はお父様そっくりです。
しかし、レイラ様。内面だけは、お父様とは正反対ですよ」
表情を変えず、黙って私の目を見る彼の両肩に手を置いて答えた。
するとレイラ様は「そうか」と短く呟いて、玄関の方へと向かった。
私も彼の後を追って、明るい真昼の外へと一歩、踏み出した。
この日、レイラ様の運命を大きく変えるような出会いがあるとも知らずに。