メイド長の口から、祖国がカルスーン王国に戦争を仕掛けた理由が語られる。
「戦争の発端は、領土争いです」
「領土争い……」
私は二国間の国境線を頭に思い浮かべる。
そこで印象に残るのは、三百年前の爪痕である大きな窪みだ。それは初代ソルテラ伯爵の二つの秘術からできたもの。終戦のきっかけになった場所だ。
草木一つ生えない不毛の地。国境線には高い壁が作られ、両国乗り越えられないようになっている。
マジル王国では、犯罪者や侵略した他国の人間を集めた”強制労働所”。対して、カルスーン王国では観光地となっており、ソルテラ伯爵の凄さを感じられる場所になっているそうだ。
「エレノアさまは”強制労働所”で何をさせているか、もちろんご存じですよね」
「ええ。”|伝導石《カッラモンド》”を発掘させるためよ」
カッラモンド。
私たちの生活には欠かせない鉱石で、ほぼすべての魔法具に組み込まれている。
それを魔法具に組み込むことで”魔素伝導率”を格段に高められるからだ。
マジル王国の文明発展には欠かせないものともいえる。
産地は強制労働所がある大きな窪みの中で、そこに収容された人間たちはカッラモンドの発掘をさせられている。近年は窪みの奥まで潜らないと見つからず、採掘量は減少傾向にある。
「カッラモンドの発掘量は年々減少してる。だから価格も高騰しており、深刻な問題になっている」
「その通りです」
「それくらい、子供でも分かる話よ」
カッラモンドの問題は、学校に通っていれば真っ先に習う内容だ。
カッラモンドの代わりとなる材質を探してはいるものの、どれも性能が劣ってしまう。
依存からの脱却。それがマジル王国が抱える問題だ。
「では、カルスーン王国ではカッラモンドをどのように利用しているかご存じですか?」
「えっと、魔石として使っているのかしら……」
私はメイド長の質問に憶測で答えた。
強制労働所の反対側にあるのだから、カルスーン王国でもカッラモンドは採れるはず。
となれば、カルスーン王国でもマジル王国と同様の使い方をすると思われる。
カルスーン王国では魔法を補助する道具として”魔石”というものがあるらしい。
カッラモンドをそのように用いているのではないかと思い、そう答えた。
しかし、メイド長は首を横に振る。
「カルスーン王国ではカッラモンドのことを”ダイヤモンド”と呼びます。宝石として扱われ、指輪やネックレスなどのアクセサリーに加工されます。男性が結婚相手に送る宝石として定番ですね」
「カッラモンドをそのように――」
「特殊なカットをすると、綺麗に輝くのです」
「そう……」
カルスーン王国では宝飾品として扱っているらしい。
定番石といえどカット加工が難しいらしく、高価なのだとか。
「ダイヤモンドの採掘量はマジル王国と違って安定しています」
メイド長の話で、マジル国王の目論見が分かった。
「国王は領土を広げ、カルスーン領土にあるカッラモンドを奪うために戦争をしているのね」
「はい。その通りでございます」
「でも、それだったら兵器を使用したほうが被害を最小限に留められるでしょ?」
領土を奪うのが目的であれば、大勢の兵士を使って戦わせるのではなく最先端の兵器を使って蹂躙すればいい。兵器の性能を理解している私の疑問は晴れない。
メイド長の言葉が詰まった。
今までの会話は私が知っている常識、ここからが私の知らない真実が語られるのだ。
「……国王は戦時中に新たなカッラモンドの採掘場所を”造ろう”としているのです」
「造る……、それは――」
カッラモンドは初代ソルテラ伯爵の”秘術”によって造りだされた。
地層が深く抉られたことによる産物だと語る学者もいたが、昨今の研究により、カッラモンドの原料は当時その場にいた兵士たちの亡骸だということが判明した。
人間の遺体を高温で焼くことにより、カッラモンドを精製する魔術も確立されている。しかし、非人道的だと判断され、一連の魔術は”禁忌魔術”とされた。
「オリバーさまに”秘術”を使わせ、大勢の敵味方を焼き尽くすつもりね」
「はい。戦争を起こした真の目的でございます」
新たなカッラモンドの採掘場所、それを現ソルテラ伯爵の”秘術”によって造りだすのが戦争の真の目的。
だからマジル王国はわざと古い戦術でカルスーン王国と戦っているのだ。
一気に攻め込む戦術があるにも関わらず、それを使わないのはじわじわと敵国を劣勢に追いやるため。自国の言い訳としてはカルスーン王国の技術”魔道障壁”が原因で兵器が使えないと説明すればいいだろう。
真の目的を知っているのは上層部だけ。
父はこの戦争の総指揮をとっている。この目的を知らないわけがない。
(ああ、悪魔だわ)
マジル国王の命令とはいえ、”禁忌魔術”を自国民の兵士たちとオリバーを利用して行使しようとする父は悪魔だ。
私に対しても、父は非道なことをした。
だから私は国を捨てた。
父の手の届かないところへ逃げた。
「話してくれてありがとう」
メイド長の話から、私の疑問が晴れた。私は素直に彼女に礼を言う。
「交換条件、ですから」
「そうね」
この場ではメイド長に話を合わせたものの、私たちの約束は果たされることはなかった。
何故なら、数日後にブルーノの嘆願も虚しく、オリバーはカルスーン国王によって処刑され、八度目の【時戻り】をする条件を満たしたからだ。
私はすぐに八度目の【時戻り】を行い、祖国へ帰るのを拒んだ。