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最終選別
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11歳の誕生日から2ヶ月後。鬼殺隊の最終選別がいよいよ明日に迫っていた。
今日の稽古は真剣を使ってやってみた。でも相手をしてくれる柊依さんはいつものように木剣だった。
最初はこわごわだったけれど、思い切り打ち込むように言われて、俺と無一郎は意を決して柊依さんに対して真剣を振るった。
それぞれの呼吸の剣技で攻撃するのに、相手は木剣なのに。柊依さんには傷ひとつ付けられずに稽古が終わった。悔しいような、内心ほっとしたような複雑な気持ちだった。
最終選別当日。今日の夕方には俺たちは藤襲山にいるんだな……。
借りた日輪刀を手入れする。俺のは水の呼吸を使うから青い刀、無一郎のは風の呼吸の淡い緑の刀。かつての霞の呼吸の剣士が使っていた刀は、折れてしまっていて今回借りることができなかったらしい。
『2人とも、準備はできた? 』
柊依さんが部屋に来た。
「ある程度は終わったよ」
「僕も」
『そっか、よかった。…あとは出る直前に、おにぎりを持たせてあげるからね』
「「ありがとう」」
昼食はいつになく豪華だった。隠の人と、柊依さんも一緒に作ってくれたらしい。俺たちの誕生日の時のように、柊依さんも屋敷に仕える隠の人たちもみんなで食卓を囲んだ。俺たちの力が出るように、鶏の唐揚げや豚の生姜焼きなど、肉料理もたくさん並んでいた。どれもすごく美味しくて。作り方やコツを教えてもらって、最終選別から帰ってきたら自分でも作ってみたいと思った。
午後3時半。いよいよ出発だ。持ち物を入れた布の鞄を背負い、準備を整える。柊依さんにもらったお守り袋もちゃんと首から下げた。
『有一郎くん、無一郎くん』
柊依さんがおにぎりの入った竹の皮の包みを持って声を掛けてきた。
『選別が始まる前にでも食べてね』
「ありがとう」
「あったかい…」
おにぎりを潰さないよう、そっと鞄に入れる。
『あと、これも持って行って』
手渡されたのは、飴玉やチョコレート、ビスケットなどの甘いものが入った小さな巾着袋だった。
「嬉しい。元気出そう」
「柊依さん、ありがとう」
初めて会った時にも柊依さんはチョコレートをくれたな。甘くて美味しくて、不安な気持ちがほっと安らいだのを覚えている。
『…それとね、最後にこれ』
香り袋だ。
『藤の花のポプリが入ってるの。匂いがちょっと強いって感じるかもしれないけど、きっとあなたたちを鬼から守ってくれると思う。……だからね…』
ひと呼吸置いて、柊依さんが俺と無一郎をいっぺんに抱き締めた。
『…どうか生きて帰ってきて。最終的に剣士として生きていくかどうかはまた考えたらいいんだから。無傷で、とはいかないかもしれないけど、2人一緒にここに帰ってきてね』
柊依さんの少しだけ震えた声。俺たちのことを本当に大切に想ってくれているのが伝わってきて、目頭が熱くなった。
泣くな。泣くのは今じゃない。選別を突破して、ここに帰ってきてからだ。
「…っ…、絶対帰ってくるから!頑張るよ…!」
「僕も…!7日間生き延びて絶対帰ってくるから、そしたら今みたいにいっぱいぎゅってしてね」
『うん。うん。約束よ』
俺と無一郎も柊依さんの身体に腕を回す。少しの間静かに抱擁して、そっと身体を離した。
「じゃあ…、行ってきます」
「行ってきます、柊依さん」
『行ってらっしゃい。待ってるからね』
見送ってくれた柊依さんを何度も振り返りながら、俺たちは藤襲山へと向かった。
1時間と少し歩いて、目的地に到着した。辺り一面、時期じゃないのに藤の花が狂い咲いている。
まだ少し時間に余裕があるので、柊依さんが持たせてくれたおにぎりを食べた。もう既に柊依さんに会いたい。でも選別が始まる前から弱音を吐くわけにもいかない。
日が沈み、お館様のところの子供たち2人が参加者を集めた。説明の後、藤の花が咲く範囲を出て、いよいよ最終選別が始まった。
すぐに鬼に遭遇した。生け捕りにされている上にこの最終選別の時にしか人間がやって来ないので腹を空かしている鬼たち。
怖い。でも怯むな!負けるな!7日間生き延びて、絶対に無一郎と2人で柊依さんのところに帰るんだ!
俺は水の呼吸で、無一郎は霞の呼吸で鬼を倒していく。他の参加者たちと共闘することもあった。
やっと夜が明けた。最初の1日が終わった。
次の晩も、その次の晩も、鬼と戦い倒していく。日を重ねるごとに、参加者が減っていっているのを感じた。逃げ出したか、鬼に喰われちゃったか……。
昼間は木の実を採ったり山に流れている小さな川で魚を獲って焼いて食べたり。そして無一郎と交代で休息を取る。時には柊依さんが持たせてくれたお菓子を食べて、落ち込みそうになる気分をどうにか保った。
昼夜逆転の生活は、最終選別の2週間前からやっていたおかげで少し慣れていた。それでもやっぱり、日を追うごとに身体がきつくなっていく。
5日目の夜。疲労のせいで身体が重くてなかなか思うように戦えない。それは無一郎も同じみたいで、お互いに危うい場面を助太刀し合ってどうにかこうにか命を落とさずに済んだ。
6日目。明るい時間は休めるものの、食料をいつも充分に調達できるわけではないし、栄養も偏るし、睡眠も満足には取れないし、体力はもう限界に近付いていた。
石に躓いて転んだ俺のところに鬼が襲い掛かってきた。
「兄さんっ!」
スパンッ!
無一郎の移流斬りがすんでのところで鬼の頸を吹っ飛ばした。
無一郎に助けられた。俺1人だったら…、今ので死んでいたかもしれない……。
俺はいつだって誰かに助けてもらってばかりだ。初めて鬼に遭遇して柊依さんに助けてもらったあの夜と、家に鬼がやって来た時のことが鮮明に頭に蘇る。
「ハッ…、ヒュッ…、ハァッ…、ヒュッ、ヒュッ…!」
「…兄さん?どうしたの?」
俺の異変に気付いた無一郎が顔を覗き込んできた。
「…!兄さん顔が真っ青だよ!どうしたの!? 」
「ヒュッ…、ヒュゥッ…!」
どうしよう。息が上手くできない。苦しい。
こんな状況でもまた鬼がやって来る。
「…こんな時に…!」
無一郎が立ち上がり、鬼に向かっていった。
早く息を整えなくちゃ。苦しい。早く無一郎のとこにいかなくちゃ。俺のせいで無一郎が危険な目に遭ってるのに!
初めて会ったあの夜。今みたいに過呼吸を起こした俺を柊依さんが落ち着かせてくれたのを思い出す。
“吸うんじゃなくて、吐くのよ。吐いて吐いて吐いて…”
「ヒュッ…ハッ……、フッ…フゥッ…」
記憶の中の柊依さんの言葉通り、できるだけ息を吐くよう努める。
“そう、口をすぼめて。ふーーーっ、ふーーって、長く吐いてみて”
“そう。上手よ。続けて。ふーーっ、ふーーっ……”
胸元にぶら下げたお守り袋をぎゅっと握って息を吐く。
“そうそう。長ーく吐いて、短く吸うの”
「フウゥッ…フゥゥッ……、フウウウゥ……」
しばらくそれを繰り返して、やっと呼吸が戻った。
「はぁっ…はぁ…、げほっ…!……ふーーーっ…」
ゆっくりと深呼吸して、立ち上がる。もう苦しくない。頭もふわふわしない。大丈夫だ。
俺は刀を握り、無一郎のところへ駆けていった。
「しぶとい子どもだな!さっさとその肉喰わせろよ!! 」
「誰が大人しく喰われるもんか!!」
鬼と無一郎が戦っている。
鬼の攻撃を躱した拍子にバランスを崩した無一郎が尻餅をついた。
「あっ…!」
「お前もこれで終わりだ!!」
させるか!!
“水の呼吸・壱ノ型 水面斬り”
バシュッ!!
ギリギリのところで、俺の刃が鬼の頸を斬り落とした。
「無一郎!」
「兄さん!」
無一郎のところに駆け寄る。
「兄さん、もう大丈夫なの?」
「うん。ごめん。…無一郎のおかげで助かった」
「よかった。僕だって今、兄さんに助けてもらったよ」
朝日が昇った。やっと6日目の夜が終わった。明日の夜を乗り切れば最終選別は終わりだ。
いつもは交代で眠るけれど、体力が限界過ぎて。俺も無一郎もどちらが先に寝たか分からないくらい早く、昼過ぎまでぐっすり眠ってしまった。
目が覚めて、小川の水で顔を洗う。この6日間、身体を拭くくらいしかできていない。お風呂に入りたい。
見つけて採った木の実を食べる。柊依さんにもらったお菓子ももうあと残り2つ3つになった。
「やっと最終日だね……」
ぽつりと無一郎が呟いた。
「絶対生きて帰ろうね」
「うん」
「……早く柊依さんに会いたいなあ…」
そう口にした途端、無一郎の目からぽろぽろと涙が零れ落ちた。それを見て俺も涙が滲んでくる。
「…うっ…、ごめ…、止まらない……」
「……いいよ」
無一郎の肩を抱き寄せる。俺まで泣くな。俺は兄さんだぞ。弟につられて泣くんじゃない!
2人とも、体力ももちろんだけど、気持ちの面でももうとっくに限界を超えていたみたいだ。
苦しい。つらい。帰りたい。柊依さんが恋しい。
上を向いて高速瞬きを繰り返す。涙が零れないように。
俺たちの心情とは正反対に、見上げた空は雲ひとつない青空だった。
数時間前まであんなに晴れていたのに、日が沈む頃には厚い雲が空を覆っていた。
雨も降り出した。視界が悪い中、鬼と戦う。
冷たい雨に打たれて、体力がどんどん削られていく。でも負けるな。絶対に帰るんだ。無一郎と2人で。柊依さんのところに。
「なんか匂うと思ったら、このガキ2人のどっちかは稀血だぞ!」
「喰いてえ!俺に喰わせろ!」
稀血?俺たちのどちらかが?そんなの自覚もなかったし言われたこともなかった。
鬼たちが血相変えて襲い掛かってくる。
“霞の呼吸・陸ノ型 月の霞消”
“水の呼吸・参ノ型 流流舞”
「おい!なんか嫌な匂いがするぞ!藤の花の匂いだ!」
「首にぶら下げてる袋から匂うぞ!」
「邪魔だな!!まずはそれを千切り取れ!」
藤の花のポプリが入ったお守り袋の存在に気付かれた。でも大人しくむしり取らせるもんか。
“霞の呼吸・壱ノ型 垂天遠霞”
“水の呼吸・漆ノ型 雫波紋突き”
“どうか生きて帰ってきて。2人一緒にここに帰ってきてね。約束よ”
柊依さんの言葉と優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。
“水の呼吸・玖ノ型 水流飛沫・乱”
“霞の呼吸・参ノ型 霞散の飛沫”
負けるわけにはいかない。死ぬわけにはいかない。無一郎を守るんだ。無一郎だって俺を守ろうとしてくれている。
戦って、戦って、戦って。朝日が昇り、ようやく夜が明けた。
「兄さん!」
「無一郎!」
どちらからともなくぎゅっと抱き合った。今になって身体が震える。7日間晒され続けた命の危険への恐怖のせいか、雨に打たれて体温が下がったせいか、その両方か、俺たちには分からなかった。
最終選別が始まった場所へ向かう。全身が鉛のように重たい。けれど、藤の花が咲く区域に入り、酷くほっとした。
集まった参加者は、4分の1以下にまで減っていた。
お館様のご子息、ご息女の案内で玉鋼を選び、そして鎹鴉が俺たちの肩に留まった。
《アナタタチガ始マリノ呼吸ノ剣士ノ末裔ネ。ソンナ人ニ付クコトガデキテ光栄ダワ。アタシノ名前ハ銀子ヨ》
《俺ハ幸陽(こうよう)ダ。ヨロシクナ、有一郎》
流暢に人の言葉を話す鴉たち。
「よろしくね、銀子」
「幸陽、よろしくな」
そっと頭を撫でる。艶々の黒い羽に光が当たってきらきら輝いていた。
その場はそこで解散になり、やっと帰路につく俺たち。身体が重くて痛くて仕方なかったけれど、早く柊依さんに会いたいその一心で足を進めた。2羽の鴉も懸命に励ましてくれた。
夕方、また雨が降り出した。鴉たちの案内で鬼殺隊の者なら無償で世話をしてもらえるという、“藤の花の家紋の家”で休ませてもらうことにした。冷え切った身体をお風呂で温めて、美味しい食事をいただいた。着替えも清潔なものだ。7日振りに身体を横にして温かい布団で眠った。本当にありがたい。
昨夜は布団に入った途端、吸い込まれるように眠りに就いた俺と無一郎。朝ごはんまでご馳走になって、お礼を言って再び帰り道を急ぐ。激しくはないものの、雨はまだ降り続いていた。
その日の夕方、やっと柊依さんの屋敷に帰ってきた。雨は今は止んでいる。
『無一郎くん!有一郎くん!』
家の中から俺たちが見えたのか、柊依さんが走って出てきた。
「あっ!柊依さん!」
「柊依さんっ!」
足が縺れるのも構わず駆け寄る。
俺たちは夢中で柊依さんの腕の中に飛び込んだ。
あったかい…!柊依さんの匂いだ……!
『…っ…、2人とも、おかえりなさい。無事に帰ってきてくれて…、ほんとに、ほんとによかった……!』
柊依さんの声が震えていた。出発する時よりも。
そっと身体を離して彼女を見ると、澄んだ大きな瞳から透明な雫が零れて白い頬にいくつもの筋を描いていた。
初めて見る、柊依さんの泣き顔。俺と無一郎の目からも今まで堪えていた涙が溢れ出して止まらなくなった。
「わあああああぁぁぁ……!!」
「ひよりさんっ…!ひよりさん…っ!」
再び柊依さんにぎゅっと抱きつき、声を上げて泣いた。堰を切ったみたいに後から後から涙が出てくる。
柊依さんも俺たちを強く強く抱き締めて、華奢な肩を震わせていた。時折、鼻をすする音も聞こえた。
『…頑張ったね!ほんとによく頑張ったね……!約束守ってくれて…、2人一緒に帰ってきてくれて…、ほんとにありがとう』
「うわあぁぁん…!怖かった!死ぬかもって、何回も思った…っ!」
「柊依さんっ、会いたかったよおぉ…!うっ…、ぅわああぁぁ…っ!」
あったかくて、安心して、涙はなかなか止まってくれない。
柊依さんは途中から、俺や無一郎の背中をさすったり頭を撫でたりしながら抱き締めてくれていた。
しばらくして、ようやく落ち着いた俺たち。
『…ね、2人とも、あれ見て』
「「?」」
身体を離し、柊依さんの指さしたほうを見る。
「…わあっ!」
「綺麗…!」
空を覆った雨雲から射し込むいくつもの光の筋。
『“天使のはしご”っていうんだって。…綺麗ね……』
まだ潤んだ瞳で、柊依さんが微笑んだ。
『幸運の前兆なんですって。2人がものすごく頑張ったから、神様がご褒美をくださったのね、きっと』
「天使のはしご……」
「綺麗…。柊依さんと無一郎と見られたのが何より嬉しいよ」
涙を拭い、3人で顔を見合わせて笑った。
神様も仏様も危ない時に守ってなんかくださらないけれど、たまにはこんなご褒美をくださることがあるのかもしれない。
『……さあ、疲れたでしょ?中に入って。みんなで2人のお祝いしましょ。最終選別突破おめでとう。有一郎くん、無一郎くん、おかえりなさい』
「「ただいま!」」
柊依さんの左右で手を繋ぎ、屋敷の中に入った。そこで働く隠の人たちからも揉みくちゃにされて、ちょっと苦しいけれどとても嬉しく思った。
雨に濡れた身体をお風呂に浸かって温める。久し振りの花柱邸のお風呂。温泉を引いてあるらしくて身体が芯から温まった上に、肌がすべすべになった。
新しい着替えからは柊依さんの屋敷で使っている石鹸の香りがする。ふんわりと優しい香りだ。
俺たちが入浴と着替えをしている間に、柊依さんは今日もご馳走を作ってくれて。隠の人たちも一緒にみんなで食卓を囲んだ。
温かくて嬉しくて、幸せで胸がいっぱいになった。
大好きな父さん、母さん。俺たちは元気だよ。鬼殺隊の剣士として、これから頑張るから。天国から見守っててね。
続く