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それぞれの刀
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最終選別突破から1週間、しっかり身体を休めるように柊依さんから言われた俺たちは怪我の治療や休養に専念していた。でも3日目くらいから退屈してしまって、俺は隠の人と一緒に掃除をしたり食事の用意を手伝ったりしていた。…無一郎は言われた通りゆっくり(し過ぎなくらい)していたし呑気に紙飛行機なんて折っていたけれど。
「有一郎さんは本当に料理が上手ですね」
「俺なんてまだまだです。簡単なのしか作れないし」
隠の人が作ってくれるごはんも勿論美味しい。でも、時々柊依さんが作ってくれるごはんは特別美味しかった。俺も早くあんなふうに美味しい食事を作れるようになりたい。
「充分ですよ。その歳ですごいと思います。ご両親を亡くされてから無一郎さんとたった2人で生活されてたと聞きました」
「…すごくはないです。父さんと母さんが死んでから俺には余裕がなくて、無一郎につらく当たっちゃってたし。自分自身もしんどくて、よく1人の時に泣いてました 」
味噌汁を掻き混ぜながら話す。
「……柊依さんに助けてもらったのは、実は無一郎と一緒の時が初めてじゃなかったんです」
「えっ、そうなんですか?」
「1人で山菜を採りに行って。その時に限っていつもより遠い、慣れないとこまで行ったら道に迷っちゃって。夜になって鬼に襲われたのを助けてくれたのが柊依さんでした」
「そうだったんですか。それは初耳です」
「だって言ってないから。無一郎にも内緒にしてたし」
それなら我々が知らなくても納得ですね、と隠の人が笑った。
「柊依さんには2回も命を救われました。強くて格好よくて優しくて。俺たちのことを本当に大事に想ってくれてるのが伝わってくるし。ものすごく大好きなんだ…」
「隠の我々にとっても他の隊員にとっても、花柱様は憧れの女性ですよ。彼女は結構いいお家の生まれのお嬢さんで。料理やお裁縫は勿論、舞やお琴などの芸事、お茶やお花も厳しく叩き込まれたとか」
「へぇ…!」
いま思えば柊依さんのこと、あんまり詳しく知らなかったから新しい情報を得られて嬉しくなる。
「…そんないいところのお嬢さんが、なんで鬼狩りをしてるんですか?」
素朴な質問を投げかけると、隠の人が悲しそうに目を伏せた。
「ご家族を皆殺しにされたそうです。しかも相手は鬼の始祖である鬼舞辻無惨本人で」
「えっ!?」
そんな…、お館様や柱でさえ顔も知らなかった無惨に、柊依さんが会っていたなんて。
「どうして柊依さんは助かったんですか?」
「ご家族が折り重なるようにして必死に彼女を守ってくれたそうで。お父様もお母様も、お祖父様お祖母様も、歳の離れたお兄様お姉様たちも。それで運良く倭様は鬼舞辻の攻撃を免れて、たった1人生き残ったそうです」
そうだったんだ……。
「夜が明けてすぐに当時の炎柱が駆けつけたのですが、ご家族はもう既に息を引き取っていて。倭様は鬼殺隊の本部に保護され、それからご家族の仇を討つ為、血を吐くような鍛錬や修行をひたすら重ねて正式に鬼殺隊員となり、今では柱まで登りつめられました」
柊依さんにそんな過去があったなんて。仲のよかった先代の花柱のことは聞いていたけれど、それよりもっと前に、深く傷付いた経験があったんだな……。家族をいっぺんに喪って、しかもみんな自分を守ってくれて。たった1人生き残った柊依さんの悲しみややり切れなさを思うと胸がぎゅっと締めつけられる。
「齢たった8つの非力なお嬢さんは今では鬼殺隊最高位の柱です。自分の生まれや育ちのよさを周りにひけらかすことも、過去に経験したつらい出来事を表に出すこともせず、弱音も一切吐かない強い女性です。儚くて危うい一面もありますが。手に握る扇を剣に変えて、とてつもなく格好いいでしょ?」
「はい。めちゃくちゃ格好いいです」
隠の人と顔を見合わせて笑った。
「あっ、兄さんここにいた」
「無一郎」
台所にひょっこり顔を覗かせた無一郎。つまみ食いしに来たのか?
「無一郎さん。今日もふろふき大根作りましたからね。たくさん召し上がってくださいね」
「やった!ありがとう!」
無一郎がぱっと顔を輝かせる。俺も正直、弟のこの表情が好きで。両親がいなくなって2人だけの生活になってからも無一郎の大好きなふろふき大根を作っていたところがあった。
カララ……
「花柱様、おかえりなさいませ……って、うわっ!?」
隠の人の慌てたような声が聞こえて見に行くと、そこには血だらけの柊依さんの姿があった。
「柊依さん!どうしたの!?」
「血がすごいよ!早く手当てしなくちゃ!」
こんな血まみれの柊依さんは初めて見たから。心臓がバクバク音を立てる。変な汗が背中を流れていく。無一郎に至っては涙目だ。
『大丈夫よ』
柊依さんがけろっとした様子で口を開いた。
『これ全部、鬼の返り血だから。私自身はちょっと掠り傷を負っただけ。びっくりさせてごめんね。驚かせないようにこっそり帰ってきたつもりだったんだけど見つかっちゃった』
いつもの優しい口調で話す柊依さん。本当に無理はしていないみたい。ひとまず安心する俺たち。
「花柱様。お風呂のお湯を溜めております。ゆっくり浸かっていらしてください」
『ありがとう。そうさせていただきますね』
にっこり笑って、柊依さんはお風呂場へと消えていった。
「ああびっくりした……。柊依さんの血じゃなくてよかったね、兄さん」
「う、うん…」
「私たちも一瞬心臓が止まりかけましたよ」
「ご無事でよかった~」
隠の人たちもほっと胸を撫で下ろしている。
あんなにたくさんの返り血を浴びる程、柊依さんは今日の任務ではたくさんの鬼と戦ったのだろうか。強い鬼だったのかな。
柊依さん…、生きて帰ってきてくれてよかった。彼女が俺たちに元気で幸せであって欲しいと言ってくれたように、俺だって柊依さんにいつまでも元気で幸せでいて欲しいよ。
柊依さんは柱だから。常に他の隊士たちよりも危険なところにいる。俺たちよりずっと位の高い相手だし強い人だし、そんな相手を心配するなんて失礼かもしれないけれど、でもやっぱり、柊依さんのことが大好きな以上、この心配はなくならないんだ。
夕飯の時間。お風呂を済ませてすっきりした顔の柊依さんと食卓につく。 お化粧を落とした柊依さんは、普段のお化粧している時より少し幼くて可愛らしい顔をしていた。
『明日、2人の隊服の採寸に縫製係の人が来るからね。それと、明々後日には日輪刀を持ってきていただけるそうよ』
「楽しみ!ねっ、兄さん」
「そうだな」
日輪刀は使い手が初めて鞘から刀を抜いた時に色が変わるらしい。この前借りた刀とはまた違う色になるんだろうな。俺もちょっと楽しみにしていた。
「ね、柊依さん」
『ん?』
「柊依さんの日輪刀見たいな」
無一郎が柊依さんに頼む。そういえば確かに、ちゃんと見たことがなかった。助けてもらったあの時はそれどころじゃなかったから。稽古中も彼女が使っていたのは木剣だったし。
『いいよ。じゃあ、ごはん食べて片付けが済んだらね。ついでにお手入れの仕方も教えてあげる』
「やった!」
「ありがとう」
食事を終えて食器を台所に持って行くと、柊依さんが洗い場に来た。
『片付けは私がするから、2人はお風呂に入っておいで』
「えっ、でも…」
師匠に皿洗いをさせるのは気が引ける。
『いいから。そのほうがゆっくりできるでしょ?』
「…うん。ありがとう」
「じゃ、お風呂入ってくるね」
『うん。しっかり温まってきてね』
無一郎と一緒にお風呂へ向かう。洗髪して、洗身して、お湯に浸かる。温泉気持ちいいなあ。自宅にいながら温泉に浸かれるっていいよなあ…。
入浴を済ませて柊依さんの部屋へ行く。
「柊依さん、お邪魔します」
「お邪魔します」
『はーい、いらっしゃい』
いつものように優しい声が聞こえる。襖を開けて部屋にお邪魔すると、柊依さんが日輪刀と手入れの道具を揃えて待っていてくれた。
「わあ…!」
無一郎が小さく歓声を上げた。
『鬼の血は先に拭いておいたから。じっくり見ていいよ』
ちゃんと見るのは初めてな、柊依さんの日輪刀。持ち主の扱う呼吸によって色が変わるって聞いたことがある。柊依さんは花の呼吸と水の呼吸両方使える為か、彼女の日輪刀は剣先が撫子色、そこから段階的に色合いが変化して鍔に近いところは空色。ところどころに、金粉を散りばめたような模様がきらきらと輝いていた。
「すごく綺麗…!」
思ったことをそのまま口にすると、柊依さんがにっこり笑った。
『ありがとう。私自身も気に入ってるの。色もそうだけど、模様が入ったりするのも持ち主によるんだって。2人の刀も何色になるのか楽しみね』
「「うん!」」
その後は刀の手入れの仕方をひと通り教えてもらった。分からなくなったらまたいつでも聞いてね、と柊依さんが微笑んだ。
「柊依さん、おやすみなさい」
『おやすみ、有一郎くん。無一郎くんもおやすみ』
「おやすみなさい。………あの…、柊依さん」
『どうしたの?』
部屋を出る直前、無一郎が柊依さんに向き直った。
「あのね…、ぎゅってして欲しいな」
俺たちより少し背の高い柊依さんを見上げる無一郎。
『いいよ。いくらでも』
そう言って、柊依さんが無一郎をぎゅっと抱き締めた。
「えへへっ…。嬉しい!」
無一郎もぎゅっと柊依さんにしがみつく。幸せそうに柊依さんの首筋に顔を擦り寄せて、まわした腕に力を込めているのが俺のいる位置からでも分かる。
こんな時、甘え上手な弟が羨ましく思える。俺も無一郎みたいに素直に相手に甘えられたらどんなにいいだろう。
無一郎が身体を離すと、柊依さんが俺のほうを見た。
『有一郎くんも、おいで。…嫌じゃなければだけど』
「!…い、嫌じゃない…!」
腕を広げた柊依さんに抱きつく。あったかい。嬉しい。
家には両親と弟の4人しかいなかったし、近くに親戚もいなかったから。父さんと母さんが死んでからは、こんなふうに歳上の人から抱き締めてもらうことなんてなかった。
すごく安心する、柊依さんの腕の中。いいにおい。規則正しい心音が俺の身体にも優しく響いてくる。
「柊依さん、ありがとう。嬉しかった」
『よかった。おやすみなさい』
「「おやすみなさい」」
今度こそ自室に戻った俺たち。布団に入って、朝までぐっすり眠った。
次の日。縫製係の人たちが俺と無一郎の隊服の採寸にやって来た。柊依さんもそこに立ち会ってくれて、俺たちの呼吸の特性やそれに合いそうな隊服の形を提案してくれた。隊服は1週間ちょっとで完成したものが届くらしい。
更に2日後。刀鍛冶の里から2人の鍛冶師が花柱邸を訪ねてきた。
無一郎の担当の刀鍛冶の鉄井戸さん、それから俺の担当になった鋼塚さん。手や身体つきを見るに、鉄井戸さんは結構なお爺さんで、鋼塚さんは30代半ばくらいかな。2人共ひょっとこのお面をしていてどんな顔をしているかは分からなかったけれど、出されたお茶を飲む時は少しお面をずらしていたから、ちらっとだけ顔が見えた。
『お世話になります。遠いところをありがとうございます』
「いいえ、こちらこそ。里長も花柱様に会いたがっておりました」
穏やかに話す、柊依さんと鉄井戸さん。
「刀…!早く刀を見てくれ…!」
すごい迫力の鋼塚さんに気圧される。
「こら、蛍。そう急かすものじゃない」
鉄井戸さんに宥められる鋼塚さん。それを見て柊依さんがくすくす笑っている。
『有一郎くん、無一郎くん。2人も楽しみにしてたでしょ?早速刀を見せていただいたら?』
「うん!」
「そうする!」
ドキドキしながら、手渡された刀を鞘から抜く。
銀色に輝く刀身が、ゆっくりと色を変えていく。無一郎の刀は霞がかかったように真っ白な刀身に、俺の刀は淡い浅葱色に変化した。
「美しい…!」
鋼塚さんが嬉しそうに呟いた。
『ほんと、両方とも綺麗な色ですね!』
「一切の曇りのない美しい刀身ですな」
柊依さんと鉄井戸さんも頷いている。
「ありがとうございます!」
「大事に使います!」
俺たちがお礼を伝えると、鉄井戸さんが少しずらしたお面の下で優しく微笑んだ。
「刃こぼれしたり、何か不具合が起きたら遠慮なく言ってくだされ。いつでも新しい刀をご用意します」
鉄井戸さん優しいなあ。
「大事に使うのは当たり前だ!折ったりしたら許さんからな!万死に値する!いいな!?」
対照的に、鋼塚さんがすごい形相で俺のほうに迫り、ぐりぐりとほじくるように人差し指を胸に当ててきた。
「は、はい…!」
あまりの迫力に顔が引き攣る。
「こら、蛍。相手はまだ10と少しの幼い子どもじゃぞ。お主ときたら三十路にもなって大人げない。見苦しいと思わんか」
鉄井戸さんにぴしゃりと言い放たれ、一旦大人しくなる鋼塚さん。それを見てまた柊依さんがくすくす笑っている。
「…さて、美しい刀を見せてもらって、可愛い剣士たちにも会えたことだし。儂らはそろそろお暇いたします」
「えっ、もう帰っちゃうんですか?」
名残惜しそうに無一郎が眉をハの字に下げる。優しい鉄井戸さんにすっかり懐いたみたいだな。
『刀鍛冶の皆さんはそれぞれ大勢の剣士の刀を担当して作ってくださってるの。ものすごくお忙しいから無理に引き留めちゃだめよ』
柊依さんが無一郎を優しく宥める。
「いつでも里に遊びにおいで。旬の食材をふんだんに使った料理を用意してお待ちしておりますぞ。温泉も里の自慢のひとつだからね」
「はい!絶対行きます!」
無一郎が目を輝かせて笑った。
鉄井戸さんが柊依さんに向き直る。
「花柱様もこれからのご武運をお祈りいたします。またいつでも里においでくださいませ」
『ありがとうございます、鉄井戸さん。あなた様もどうかご自愛くださいね。鉄珍様にもよろしくお伝えください』
にっこり笑って鉄井戸さんと握手を交わす柊依さん。
刀鍛冶の2人が屋敷を出る直前、柊依さんがこそっと俺に何かを耳打ちした。
「!…は、鋼塚さん!」
「何だ坊主」
「里にお邪魔する時はみたらし団子いっぱい作って持って行きますから、これからよろしくお願いします!」
「…おう」
短くてぶっきらぼうな返事。でもあれですごく喜んでいるんだと柊依さんがまた教えてくれた。
2人を見送り、柊依さんが俺と無一郎の背中を軽く叩く。
『…さあ、2人だけの日輪刀も来たことだし、早速それを使って稽古をしましょうか』
「うん!」
「お願いします!」
柊依さんに促され、届いたばかりの日輪刀を握りしめて、俺たちは道場へと向かった。
続く
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