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「ごめん。今日は春凪、普通にお仕事の日だったでしょう?」
夜はなかなか宗親さんがいい顔をしてくれなくて。
結局私、接客業――私も大好きな人気アパレルブランド『リルスチュナート』のショップ店員――をしているほたるのお休みに合わせて、午後から有給休暇を頂きました。
「ううん。むしろ夜よりは動きやすいから」
ほたるに苦笑して見せながら、私はふと昨日の朝、宗親さんと交わしたやり取りに思いを馳せる。
***
「私、明日は午後から有給取って、ほたると会って来ますね?」
大分宗親さんの扱いに慣れてきた私は、「会って来ていいですか?」って聞き方をしたら、〝甘えたなワンコ婚約者〟兼〝腹黒ドS上司〟の宗親さんが、「ダメって言ったら休まないで僕と一日中仕事してくれるの?」とか返してくるのが分かっていた。
だから敢えて〝決定事項です感〟をバリバリに漂わせながら宣言したの。
同期たちとの飲み会があった日、仲直りをした宗親さんから、ワンコモードがいいか、腹黒ドSモードがいいか選択を迫られた私だったんだけど。
結局、あの時は彼が手にしたレッサーパンダを見て、「今まで通りでお願いします」とお答えして。
宗親さんはそんな私に「仕方ありませんね」って了承して下さったはずだったのですが。
仕事中はいつも通り「鬼上司」な宗親さんなのに、プライベートだと依然「デレ」全開で私を戸惑わせてくれています。
私たちはまだ入籍は済ませていない、いわゆる〝婚約〟状態のまま。
宗親さん的にはあの日どうしても未提出のままだった婚姻届を出してしまいたかったみたいなんだけど、私が却下したの。
だって、やっぱり出すからにはお日柄とか選びたかったんだもん。
***
「夜は動きにくいって……そんなに〝お盛ん〟なの?」
「おさかっ⁉︎」
会社近くにある喫茶店『Red Roof』でほたると向かい合って座っていた私は、声を低められて告げられた彼女のセリフに、思わず口に含んだばかりのアイスカフェラテを吹き出しそうになってしまった。
カラカラと涼しい顔で「本日のブレンド」で作られたアイスコーヒーを付属のストローでかき混ぜるほたるを見て、私は「ちょっ、ほたる!」と思わず声を張ってしまって。
周りからの視線を集めてしまう。
「春凪、慌てすぎ」
クスクス笑うほたるに、私は真っ赤になりながら俯いた。
今日私とほたるが座っているのは、奇しくも宗親さんの罠にまんまと嵌められた日に私が座っていたあの席で。
ほたると向かい合わせに座ってしまったことを、私、ちょっぴり後悔しています。
だってだって! バーMisokaで隣り合わせに座った時みたいに横並びの方が、ヒソヒソ話には向いてるんだもん。
(って、今日はヒソヒソ話をする予定じゃありませんでしたけどねっ⁉︎)
そんなことを思っていたら、ほたるがグッと身を乗り出すようにして私の方に顔を寄せてきた。
(なに、なにっ⁉︎ まだ何か爆弾落とす気なの、ほたるぅ〜!)
その仕草に警戒する私に、
「――で、結局、春凪はいつだったか宣言した通り〝下だけ脱いでる〟の?」
って聞いてくるとか!
「バカ! ちょっ! いま昼間っ!」
Misokaでのノリそのままに私に色々言ってくるほたるに、私はさっきからずっと振り回されまくりです。
「そうは言ってもアレコレ知ってる親友としては、その辺がすっごく気になるんだもぉ〜ん。それに――」
ニコニコ笑うほたるのお姉さん然とした雰囲気からは、こんなタチの悪いエロオヤジみたいな言葉が紡がれているだなんて、周りの人はきっと思ってもいないんだろうな。
そんなことを考えて恨めしげにほたるを見つめたら、不意に真剣な顔に切り替えたほたるが私を見つめ返してくるの。
「同棲してることも婚約してることも長いこと言ってくれずに音信不通にしてたこと、私が全然気にしてないと思ってる?」
その言葉に、私は宗親さんと暮らすようになってからも何度か、ほたるからメールが届いていたのを思い出す。
後で返事しよう、と思っていたら日々に忙殺されて忘れてしまうのは私の悪い癖で。
不動産屋や両親からの着信で同じことをして酷い目に遭ったくせに、全然懲りてないよね。
「いくら連絡しても全然返信がないから突撃してやれー!ってアパートに行ってみたら違う人が住んでるし! 本っ当、どこに消えちゃったの?ってめちゃくちゃ心配したんだからね?」
言われて、私はますます申し訳なさに縮こまってしまう。
同じことを私がほたるにされたら、「親友が行方不明なんです!」と警察に駆け込んでいたかもしれない。
送ったメッセージが割とすぐに既読になることで、ほたるは私がどこかで元気にしているのは確かだと冷静に判断してくれたらしいけれど。
……私だったらきっと、そんな風にはなれない。
そう思っていたら。
「実際にはね、春凪が来てやしないかとMisokaに行って、オーナーからちょっとだけ春凪の現状を聞かされてたの」
だから、私から連絡がくるまで待ってみようと思ってくれたらしい。
「春凪も色々大変だったみたいだし、貴女ってひとつのことに目がいくと周りが見えなくなるところがあるから」
言われて、私は「すみません。いちいちほたるさんのおっしゃる通りです」と面目無さに縮こまる。
「本当よ! だって春凪。ちょっと前まで、自分は入籍してると思ってたんだよね? 実際には違ったみたいだったから良かったけど、そういう人生の一大事も教えてくれないとか……私、本気ですっごく寂しかったんだからね?」
「ごめんなさいぃぃー」
これはもう、ただひたすらに申し訳ないばかり。
言い訳のしようもございません!