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誰も知らない、高嶺の花の裏側3
第96話 〚書かれていない答え〛
― 担任視点 ―
放課後。
職員室で、
修学旅行の振り返りプリントを
一枚ずつ確認していた。
「楽しかった」
「きれいだった」
「みんなで回れてよかった」
どのプリントも、
ほとんど同じ言葉が並ぶ。
それ自体は、
悪いことじゃない。
だが――
私は、
ある違和感に気づいた。
澪のプリント。
内容は、
きちんと書かれている。
字も丁寧で、
質問にもすべて答えている。
なのに。
(……薄い)
否定的な意味ではない。
感情の厚みが、
意図的に削られている。
「楽しかったこと」は、
場所だけ。
「印象に残った出来事」は、
班行動だけ。
「学んだこと」は、
“周りを見る大切さ”。
どれも、
正しい。
でも、
修学旅行という非日常を
三日間過ごした生徒の文章としては、
不自然なほど、
安全だった。
私は、
他のプリントも見直す。
……ある。
同じ傾向のものが。
数枚。
特定の班に、
集中している。
直接的な不満も、
不安も、
誰一人として書いていない。
だが、
全員が同じ言葉を使い、
同じ範囲で、
同じ温度でまとめている。
(これは……)
思い出が似ているのではない。
書けないことを、
共有している。
修学旅行中、
私は「問題は起きなかった」と
判断した。
だが、
このプリントは、
それを否定している。
生徒たちは、
ちゃんと感じていた。
違和感も、
緊張も、
怖さも。
ただ、
それを「書く場」ではないと
判断しただけだ。
教師の前では、
安全な言葉を選んだ。
――それは、
信頼されていないのではなく、
守ろうとしているのだ。
自分たちの空気を。
仲間を。
そして、
誰か一人を。
私は、
プリントをそっと重ねた。
(見逃してはいけない)
これは、
偶然でも、
気のせいでもない。
この違和感は、
修学旅行という出来事の中で
確実に生まれたものだ。
次は、
「振り返り」ではなく、
「聞き取り」が必要だ。
紙に書かせるのではなく、
言葉にならない部分を
こちらが受け止めなければならない。
私は、
明日の予定を見ながら、
静かに決めた。
この境目を、
曖昧なままにしない。
生徒たちが
“書かなかった答え”を、
教師である自分が
読み取らなければならないのだから。
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