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僕と心野さんはファミリーレストランを出た。とは言ってもすぐではない。心野さんが大量の鼻血を出してしまったせいで、貧血を起こしてしまって意識が朦朧。それで、大体三十分後くらいかな。彼女の意識がはっきりしてからお店を出た。さすがにふらふらした状態で店外に出るのは危ないし。
で、ざわめく店内の様子で気付いたのか、女性の店員さんが鼻血を拭きに来てくれた、のだけれど……。
「あららー、またですか」と言いながら笑顔で対応。確かに以前もこのお店で心野さんは鼻血を出した。その時に対応してくれたのもこの人だった。でもさ、この店員さん適応力高すぎだろ!
「心野さん、もう大丈夫?」
「あ、はい。また但木くんに迷惑かけちゃって……ごめんなさい」
「謝らなくても大丈夫だよ。あと鼻血もそうなんだけど、胃の方は大丈夫? あれ、さすがに食べ過ぎだと思うんだけど……」
「胃ですか? 全然問題ないです。美味しかったですから」
人間って、美味しかったらいくらでも食べられるというわけではないと思うんだけど……。心野さんって、実は結構な大食漢?
そんなことを考えながら、僕と心野さんは歩く。ファミリーレストランを出た時には、もうすっかり夜になってしまった。春とは言っても、昼間はあんなに暖かったのに、やっぱり夜はまだ肌寒い。
「そ、そういえば但木くん。あ、ああ、あの、さっき私に言ってくれたこと、ほ、本当に本当なんですか?」
言葉に恥ずかしさを添えて、心野さんは言う。
『付き合うんだったら、僕は心野さんがいいな』
そう。僕は確かにそう言った。でも、我ながらヘタレだな。僕は心野さんに恋をしているのだとようやく理解ができたというのに、なんというか、上手く言えない。伝えられない。
だけど、キッカケは確かに作ることができた。僕はゴールデンウィークに入った時に、心野さんと一緒に遊びに行って、その時にしっかりした形で告白をするつもりだ。
そう決意したんだ。
とはいえ、心野さんに問いかけられたその答えを真っ直ぐに伝えられない。伝えることができない。『恋』という感情を抱いたことなんか、生まれて初めてのことだから余計に。なので、僕は軽くて中身のない返事をすることにした。
「うん、本当本当。その通り」
「……但木くん? なんか軽すぎません?」
「いいじゃん別に。ゴールデンウィークに入ったらしっかり伝えるよ」
「えーと……あ、あの、ま、待ちきれないんですけど……」
「ダメ。おあずけ」
「おあずけって……私、犬じゃないんですから!」
「そっか、じゃあ今だけは犬になってよ」
「嫌ですよ! ちゃんと私を人間扱いしてくださいよ!」
「あはは! 分かってるよ。心野さんはムッツリスケベな正真正銘の人間だもんね」
「ムッツリじゃないですってば!!」
心野さんは不服そうにしているけど、その様子を見て安堵した。いや、これは安堵じゃないか。希望が叶ったと言うべきなのかな。
僕と心野さんの日常が、また元に戻ったことに。
「ん? バイブ?」
ズボンのポケットにしまっていたスマホが振動した。それを取り出し、チェックする。
「またか……」
僕に届いたメッセージ。この前同様、差出人は表示されていない。でも、誰からのメッセージなのかは分かっている。パッツンさんだ。
あの時、パッツンさんは『心野雫』を名乗っていたけれど、僕はその名前を彼女に向かって呼ぶつもりはない。
だって、僕にとっての『心野雫』は、今こうして僕の隣にいる一人の女の子だけだから。大切な人の名前なのだから。
「但木くん、どうしたんですか? 歩きスマホは駄目ですよ? というか、なんか険しい顔をしてるんですけど……。も、もしかして……本当は、り、凜花さんと……」
「違う違う、そんな嘘はつかないよ。凜花さんとはなんの関係もない。だから安心して。でも、ちょうどいいや。訊くのを忘れてたよ。この前さ、同じようなメッセージが届いてね。それで公園に呼び出されたんだけど、その人が『心野雫』を名乗っていてさ。珍しい名字だから同姓同名とは考えられないし、失礼にも程があるよね」
「え!?」
よほど驚いたのか、珍しく大きな声で反応した。僕は勝手に名前を使われていることに対しての驚きなのだと思っていた。
でも、それは全くの見当違いだった。
「その話、詳しく教えてください!」
その言葉にはとても強い真剣味を含んでいた。色々と鈍い僕だけど、それくらいは感じ取ることができる。だからこそ、僕は『あの夜』の出来事を詳細に思い出す。そして、それら全てを心野さんに伝えた。
「……またですか」
「え? なんか言った?」
あまりに小さな声だったので、僕は聞き取ることができなかった。だけれど、感じるんだ。心野さんは何かに気付いている。知っている、と。
「あ、な、なんでもありませんよ。気にしないでください」
「う、うん。でも……」
「本当になんでもありませんから! でも――」
でも、その場所を教えてもらえませんか、と。
心野さんは言ったのだった。