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僕に届いた差出人不明のメッセージ――恐らく送り主はパッツンさんから――には、幸いにも『明日の夜』と書いてあった。この前は届いたその日の夜に呼び出されたので何の準備もすることができなかった。
が、今回は違う。
恐らくこの件に関して、心野さんは何らかのことを知っている。事情を知っている。だから僕は学校に到着したら、少しでもいいから、心野さんと話しをしたかった。彼女との会話の中で手がかりになる情報を得ることができるかもしれないと期待していた。
しかし、それは叶わなかった。
心野さんは本日、珍しいことに学校を欠席していたからだ。
だけど、その代わりにビックリすることが起きた。教室に入り、自分の席に着くや否や、音有さんが興奮気味に僕に話しかけてきたのだ。
「ねえ但木くん! 聞いて聞いて!」
この一言で、教室中が一気にざわついた。考えてみたら、音有さんが僕に話しかけるところをクラスメイトの皆んなは初めて見るのだ。そりゃ驚くよね。僕が女性恐怖症であることは周知の事実なのだから。
にしても……皆んなからの視線、特に女子からの視線がやっぱり怖いよ! 多少マシになったとはいえ、この女性恐怖症はまだ完全に克服できたわけではないみたいだ。いやはや、情けない……。
「ど、どうしたのでござるか」
あー、周りを気にしすぎて音有さんにまで武士みたいな口調になってるし。どうして僕、こうなるのかな……。
「あ……ごめんね。そっか、女性恐怖症発動させちゃったみたいね。そりゃそうだよね、クラスの皆んながコッチをすごく注目して見てるもんね。誰もいないところで話すべきだったかな、ごめんね」
発動って。まるで特別なスキルみたいに言わないで!
「だ、大丈夫でござるよ……」
「うーん、全然大丈夫じゃないような……。うん、じゃあ聞くだけでいいからね。返事は無理はしないでいいから。あのね、昨日の夜にココちゃんから電話があったの!」
……え!?
「こ、ココちゃんって! それって心野さんからってことですよね!?」
「あら、元に戻った。うふふ。但木くんってほんと、ココちゃんのことになると別人みたいになっちゃうよね」
「そ、それはいいですから! 音有さん、続きを聞かせてください!」
「うん、了解! でね、ココちゃんとお喋りしたの。何年振りくらいだったかしら。たぶん三年か四年振りくらいかな。嬉しかった。すごく嬉しかった。だって私、もう二度とココちゃんとお話できるだなんて思ってなかったから。それに私のこと、昔みたいに『オトちゃん』って呼んでくれたの!」
その言葉を聞いて、僕は嬉しすぎて、ついつい泣きそうになってしまった。
これまでずっと自分の殻に閉じこもっていた心野さんが、音有さんに電話をしたんだ。会話をしたんだ。それは全て、心野さんが勇気を出してのことだ。僕はそう思っている。彼女は今、乗り越えようとしている。克服しようと頑張っている。
これ以上の喜びなんて、僕にあるはずもない。
「そうなんですね。音有さん、教えてくれてありがとうございます」
音有さんは頭を横に振った。
「ううん、ありがとうって言うべきなのは私の方なの。但木くんがココちゃんの心の扉を開いてくれたから、私とまた話してくれるようになったんだから」
「そんなことはないです。心野さんが頑張ったからです。僕はそのキッカケを作っただけにすぎない。それで音有さん。心野さん、今日は学校お休みみたいなんですけど理由知ってます? 風邪でも引いたんですか?」
「うん、学校に連絡する時は風邪を引いた、ということにしたみたい。本当はね、準備というか覚悟を決めたいからお休みしたんだって」
――覚悟?
「ココちゃんとは何時間もずっと電話で話してたんだけど、それで最後に言ってた。『もう逃げない。変わりたい。強くなりたい』って。あ、それと、『全てを元に戻したい』とも言ってたわ」
全てを元に戻したい。それを聞いて、すぐに分かった。
その『全て』の中に、パッツンさんの件も含まれていることが。
「あ、そうそう。話はちょっと変わっちゃうけど、但木くんにプレゼントを持ってきたの」
「……プレゼント?」
音有さんは一枚の封筒を手渡してきた。そして僕は中身を確認する。チケットが二枚入っていたんだけれど、まあ、それが、なんというか。
「私、但木くんに恋のキューピッドになるって言ったけど、もうその必要もないみたいだし。言うだけ言っておいて、結局何もしてあげられなかったなあって。だから、せめてものプレゼント」
「い、いやいや、音有さん。こ、これって……。あと、『その必要もない』って、どういう……あ! もしかして!」
「うふふー、ココちゃんからぜーんぶ聞いちゃった。うんうん、但木くんもやる時はやるのね。見直しちゃった。カッコいいじゃん、但木くん。それじゃ私、席に戻るね」
そう言い残し、音有さんは自分の席へと戻っていった。嬉しさを隠しきれないのか、軽快にスキップをしながら。
で、僕はというと、顔から火が出るのではという程に赤面中である。封筒に入れられていたチケットを見たまま、ただただ呆然としながら。音有さんに声を大にして言いたい。
音有さん! 色んなものすっ飛ばし過ぎでしょ!!