一体、何が、どうなって、こうなってしまったの⁉
赤くなった顔を隠すことなく、ジャネットは私室へと、急いで向かった。廊下ですれ違う人物に驚かれようが、お構いなしに大股で歩いていった。
その者が、ジャネットの顔に驚いたのか、それともその行動に驚いたのかは分からない。ただジャネットは、自分の邪魔さえしなければ、なんだって良かったのだ。
バン! バタン!
扉を開け、閉めた後、そのまま扉を背に預けまま、ジャネットは重力に逆らうことなく、膝を曲げて座り込んだ。
手がまだ、熱く感じる。
ユルーゲルが触れた指先。
口付けられた、手の甲。
思わず、もう片方の手で包み込んだ。
そして、すぐに拒まなかった自分に驚いた。
なんで……。
誰に対しての、“なんで”なのかは、当のジャネットにも分からなかった。
なんで突然……。なんであんなことを言うの……? しかも、初恋の人に似ているって、告白としては、最悪な分類ではなくって!
それなのに、なんですぐに反論しなかったの。なんで完全に拒否しなかったの。最後に思わせ振りな言葉を残して去るなんて……。
本当、どういうつもりよ!
両手で顔を隠し、蹲った。まだ顔が赤いのか、火照っているようにも感じる。
ユルーゲルの言う通り、時折警戒はしているものの、以前の様な種類のものとは違っていた。敵意ではなく、親しい者同士のじゃれ合いみたいな、そんなものだった。
しかし、好きかと言われると、まだ数ヵ月……あり得ないわ。
確かに、相談相手としては、誰よりも適していた。
将来、大魔術師になるような人物だからなのか、頭の回転は同じくらいで、話し易い。且つ、魔法によるサポートも助言も、とても助かっていたのだ。
執務室に籠りがちになっている時は、お茶を入れ、適度に休憩を入れるよう、世話までしてくれていた。こないだは、寝室まで運ばせるようなことまでさせてしまった。
今は、銀竜の件での相談も含めて、これ以上ない側役だった。故に、こんな気まずくなると分かっている状況を、作ってほしくはなかった。
今更、ユルーゲルを傍から外すことは出来ないし。それよりも、今までの私に対する行動は、つまりそういう気持ちがあってやっていた、ということなのよね。そう考えれば、腑に落ちるところがないわけじゃないし……。
「~~~~~~」
ジャネットは頭を抱えた。すると、背にしている扉から、ノックの音ともに、振動が伝わってきた。相手は聞かなくても、誰だか予想がついた。
恐らく、執務室に戻るよう、催促しに来たのだろう。まだ、顔が赤いような気がした。
「しばらくしたら、執務室に戻るから、貴方だけでも、先に作業をしておいてちょうだい」
返事はしたが、扉の向こうの相手は、何も言わなかった。
ユルーゲルではなかった?
ジャネットは立ち上がり、扉に手を当てた。
「申し訳ありません。本日中までの書類があるので、執務室に来られないようでしたら、持ってきますが……」
「大丈夫よ」
「ですが……」
こんな事態にした張本人が、尻込みなんてしないでよ。何もなかったような態度でいてくれていた方が、こっちもそのつもりでいられるというのに。
そうしないのは、やはり意識してほしい、ということなのよね。忘れないでほしい、と暗に伝えている。でも、私はすぐには答えないと言った。
だから、ここは仕事。仕事。仕事。仕事にだけ集中するのよ!
ジャネットは、扉を思いっきり開けた。そこには、今まで見たことがなかった、ユルーゲルの不安そうな顔があった。思った以上に、それが可笑しくて、気が抜けていた。
あぁ、そんなに気にすることは、なかったのかもしれない。こんな顔されたら、心配かけないようにしないとって思えてしまうから。
思わず笑みが零れ、ジャネットはユルーゲルの肩を叩き、その横を通り過ぎながら言った。
「本当に大丈夫だから。さっ、仕事に戻りましょう」
「ジャネット様」
「いつまで、そうしているつもりなの? やるべきことは、山のようにあるのよ。休んでいる暇なんてないことくらい、わかるでしょう?」
シャキッとなさい、と背中まで叩いた。
「当てにしているんだから」
極めつけに、笑顔を見せると、ユルーゲルもようやく表情を変えた。ジャネットとは違い、苦笑いだったが、それでも構わなかった。
うん。大丈夫。普通に接せられる。
先頭を歩きながら、ジャネットはどうあるべきか、気持ちの整理をつけた。
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